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第八話

「爺、入るぞ」

 

いつものように学園長室の扉を開けて中に入っていくディアナに続いて足を踏み入れる。初めのころはこの言葉遣いに苦笑していたものの、学園長の人となりを知った今では、別にいいじゃん、といった感じだ。俺も敬語使うのやめようかな……。

部屋の中にいたのは、いつものように重厚なデスクの向こうに悠然と座る学園長、月森孝造。その斜め前に立つ温和な顔立ちをした三十代半ばの長身の男、広域監査長を務める森崎健吾の姿があった。


「おお、待っておったぞ」


「やあ、ディアナ、統也君。こんにちは」


「森崎さん、こんにちは。学園長、俺に話って何です?」


「わしには挨拶はないのかのう?」


「そういうことは自分の行動を鑑みてから言ってください」


俺の言葉にディアナと森崎さんが頷く。それを見て落ち込む学園長に仕方なく声をかける。


「分かりましたよ……。こんにちは、学園長」


「さて、揃ったところで本題に入ろうかのう」


打って変わって機嫌よく切り出す学園長の切り替えの早さに呆れながら、学園長室の空気の変化に合わせて意識を魔術師、いや魔法師としてのそれへとシフトさせる。


「今日集まってもらったのは他でもない、十日後に迫った学園防衛戦について話すためじゃ」

 

そこに先ほどまでのふざけた様子はなく、圧倒的な存在感を放つ大魔法師の姿があった。

初めて目の当たりにする日本魔法協会の重鎮としての姿に魂が震える。


「統也君は知らんじゃろうが、此処学園都市霧生の周囲を囲む結界は、一年に一度、人々の煩悩が最も高まる大晦日の晩に極端に弱体化してしまうのじゃ。もちろん一般人を守るための最低限の結界は維持するが、霊脈の起点となる『大樹』を守り切ることは出来ん」

 

そう言って学園長は視線を窓の外へと向ける。その先にそびえるものこそ、霧生のシンボルであり、日本最大の霊脈の起点である巨木『大樹』。

その大きさは、霧生市のどこに居ても望むことができるという事実からも窺い知ることが出来る。霧生市民にとってなくてはならないものだ。


「わしらは全戦力を以て『大樹』を守らねばならん。統也君にも防衛線の一角を受け持ってもらいたいのだが、どうじゃろうか」

 

学園長の言葉と共に、三人の視線が俺に集中する。森崎さんとディアナの様子から察するに、二人にはあらかじめ伝えられていたのだろう。すべては俺の返答次第、というわけだ。

三人の顔を見回した後口を開く。


「防衛戦に参加することについては異存はありません。それが俺の仕事ですし、今の俺は霧生の住人ですから。……ですが、一つ聞いてもいいですか?」


学園長が頷くのを確認して続ける。


「俺は今回が初めてですからよくわかりませんけど、何かいつもと違うことでもあるんじゃないですか?」


「どういうことじゃ?」


「だってそうでしょう。さっきも言ったように、霧生を守ることは俺の仕事の内です。本来なら有無を言わせず参加させるんじゃないですか?実際、四日前はそうだったじゃないですか。にもかかわらず、わざわざ呼び出して俺の意思を確認している。それを疑うなって方が無理な話ですよ」

 

肩をすくめて見せると、静かに聞いていた学園長が諦めたように息を吐いた。


「その通りじゃ。どうも今回は例年とは様子が違う」


「どう違うんです?」


「それが、わしらにもよく分からんのじゃ」


「どういうことです?」


「結界の揺らぎが例年以上に大きくなっとるのは確かなんじゃが、その原因も、それによって何が起こるのかもさっぱりなんじゃ」


そういうことか。確かに気にはなるが……。


「ふん、何があろうがやることは変わらん」


「ディアナの言う通りだ。僕たちにできることは警戒を怠らないことと、万が一の時は全力を尽くすことだけさ」

 

二人の言葉に頷き合い、異変を察知した場合は直ちに連絡するように徹底することで落ち着いた。

対策というのもおこがましい常識レベルのものだが、何が起こるか予想できない以上、後手に回らざるを得ない。もどかしさを感じながら、それは皆同じなのだと無理やり納得させる。

やり切れない思いのまま防衛戦時の各関係者の配置についての話を聞く。ふとテーブルの上に広げられた見取り図の中に気になる名前を見つけた。どうやらあの二人も参加するようだ。

結局、俺は他のメンバーとの連携が難しいだろう、ということで遊軍的な位置付けになることが決まった。ほかのメンバーには申し訳ない気もするが、異変が起きた時点ですぐさま行動に移れるというのは精神衛生上非常にありがたい。


「ディアナ、健吾は言うに及ばず、統也君もこの学園内ではトップレベルの魔力の持ち主じゃ。お主ら三人が実質的なこちらの主力である以上、負担も大きくなるじゃろう。勿論最優先でフォローはさせるが、万が一の時はお主らが矢面に立つことになるはずじゃ。気を引き締めてかかってくれい」

 

神妙な面持ちで告げる学園長に、俺たちは図らずも不敵な笑みを浮かべた。

それを見た学園長もまた相好を崩し、その威厳を霧散させた。



学園長室からディアナの家へ向かう途中、人だかりができていたのを不審に思って近付いてみると、どうやら喧嘩のようだった。

普通街中で喧嘩か起きていれば見て見ぬふりをするものではないのかと思いながら、広域監査員としての職務を果たすためにディアナの先に帰っておくように言って輪の中へと入っていく。

密集する人込みを苦労してかき分けながら中心近くにたどり着いた時には、すでに一触即発。

何やらやけに熱くなっている十人余りの男子高校生と、その正面に立ち不敵な笑みを浮かべる女子中学生。明らかにおかしい。つーか止めろよ、野次馬ども……。


「はいはい、そこまで。何があったか知れないけど、天下の往来でこんなことしてんじゃねぇよ。俺の仕事が増えるだろうが」


ぱんぱんと手を叩きながら、めんどくさそうに言う俺に周囲の視線が集まる。


「あ?てめぇ誰だ?邪魔すんじゃねぇよっ」

 

そう言って問答無用で殴りかかって来た一人の顎にカウンターの掌底を打ち込んで黙らせる。舌噛んでなきゃ良いけど。


「うるせぇっての。先生の言うことは素直に聞いた方がいいんじゃねぇの?」

 

ため息をつきながらやれやれと肩をすくめると、完全に標的をこちらに切り替えたのか取り囲み始めた。全部で十一人。

怪我させるのはまずいよなぁ、と考えていると一斉に殴りかかってきた。これなら何もしなくてもいいかも、と四方八方から迫る拳を上体の動きだけでかわす。痛そうな音とともに数人が倒れる。カウンター気味に味方の拳を受けた五人が脱落。あと六人。

同士討ちに唖然としている連中の顎を掌底で打ち抜く。

後に残ったのは折り重なるように伸びている十二人の少年とその中心に立つ俺、少し離れたところで呆然としている少女と何が起こったのか分からずキョトンとする野次馬連中。

ぼーっとしたままの少女に近付き声をかけると、びくっと身をすくませた後こちらを見た。


「で、なんでこうなったのか聞かせてもらえるか?」


「え、えーっと、あ、あはははは、なんでかなー?」

 

冷や汗を流しながら、ぎこちなく笑って首をかしげる少女に笑いかける。


「聞かせてもらえるか?」


「はっ、はいっ、一から十まで包み隠さず話させてもらいますです!」


顔を引きつらせながら、やけに早口で言う少女を不思議に思いながら話を聞く。心なしか顔色が悪い気がするが、気のせいだろうか?

少女の話を要約するとこうだ。

彼女の名前は水瀬夕夏。女子空手部部長を務めており、先ほどの連中は男子空手部の部員。男子空手部と女子空手部は仲が悪く、その上水瀬が男子空手部員を軽くのしたことから、事あるごとにリベンジマッチを申し込まれている。それは一種の名物と化しており、それ故に先ほどの騒ぎでも誰も止めに入らなかったのだという。


「なるほど、喧嘩じゃなく試合ね……。


「そう、そうなのっ、あの人たちに吹っかけられて仕方なく」


「それにしては楽しそーに笑ってた気がするけどな」


「うっ……」


「それにあんなところでやるな、やるなら道場でやれ。俺の仕事が増える」


はーい、と元気に返事をする水瀬に、本当に分かっているのか不安になる。それにしても、この学園は異常だ。魔法関係者が互いに協力し合っていることもさることながら、それに関係のない生徒も戦闘力が高すぎる。どうなってるんだこの学園は。


「ところで、先生?は名前なんてゆーの?」


「ああ、俺は鷹司統也。一応指導教員ってことになってる。もっともまだ一週間くらいしか経ってないけど」

 

指導教員とは、広域監査員の表向きの名称だ。そんな物が必要なのか、とも思ったが、あくまでここは学園都市。広域監査員も書類の上では学園の教員の一人になっているのだから、物騒な名称は流石にまずいらしい。


「へー、そうなんだ?ってゆーか、先生いくつ?」


「ん?十九だけど?」


「えぇっ?うそっ」


「嘘なんて言ってどうすんだ。正真正銘十九歳だぞ、俺は」


「そんなに若かったんだ……」

 

そんな反応されると流石に凹むぞ。俺ってそんなに老けて見えるのか?自分では結構な童顔だと思ってたんだが……。


「……まあ、いい。とにかく、街中で騒ぎは起こすなよ?」


そう言って、煙草を取り出しながら水瀬に背を向ける。野次馬たちはいつの間にかいなくなっており、代わりに不機嫌そうなディアナの姿があった。律儀に待っていてくれたらしい。

職務を果たしただけなのになぜ半目で睨まれなければならないのか、とも思ったが、せっかく待っていてくれたディアナにそれを言う気にはなれず、とりあえず礼を言っておく。


「待っててくれたのか?ありがとな」


「う、うるさいっ。手をどけろ!」

 

くしゃくしゃと頭を撫でたのが悪かったのか、顔を真っ赤にしたディアナに怒られた。素直にディアナの頭から手をどけると、恨めしそうに睨みつけてくるディアナを促してディアナ宅に向かう。周囲の喧騒を横目に見ながら、最後にこんな平和な日常を過ごしたのはいつだったかと思考を巡らす。断片的にしか思い出せない自分に自嘲の笑みが浮かんだ。

銜えたまま火をつけていなかった煙草に火をつけ、紫煙を深く吸い込む。もし平和な世界で生きていたら、煙草も吸っていなかったのだろうか。


「くくっ、ばかばかしい……」


くだらないことを考えた自分の愚かしさに嫌気がさす。

過去は変えられない。

それはよく分かっているはずなのに。過去を否定することは今まで関わってきた多くの人をも否定することになると、嫌になるくらい分かっているはずなのに。まったくらしくない。

視線を落とすと、顔をしかめてこちらを見るディアナと目が合った。


「また下らんことを考えているのか?」


「まあ、そんなとこだ」


「余計なお世話かも知れんが、後悔しても何も得るものはないぞ?もっとも、そんなことはお前が一番分かっていると思うがな」


「別に後悔してるわけじゃないさ。ちょっと感傷的になってたのは否定しないけどな」

 

そう言って肩をすくめると、ディアナは面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「ふん、まあいい。さっさと帰るぞ。今日からは今まで以上に厳しくいくからな」


「げっ、まじかよ……」


「ああ、まじだ。確かにお前の魔法の成長には目を見張るものがある。それでも私や健吾に比べればまだまだだ。小物を相手にする限りでは問題ないが、高位の悪魔や鬼神クラスが出てくれば苦戦することになるだろう。そうならないためにも今日からは上級魔法の修行も入れていく。気を抜けば、死ぬぞ」


「最後のは聞かなかったことにしたいが……、まあ、よろしく頼む」

 

満面の笑みで告げるディアナに、とてつもなく嫌な予感がするがそれを気にしたら負けだ。いくらディアナでも、命にかかわるような無茶な修業はさせないだろう……多分。そう信じたい。

とたんに上機嫌になったディアナの後を追いながら、内心の不安を隠すように新たな煙草に火を付けた。

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