第七話
「来たれ雷の精。神速の矢となりて敵を討て。魔弾の射手、散弾、雷の二十三柱」
放たれた二十三条の雷が同数の異形を貫き、眩い閃光と共に無に帰す。
巻き上がる粉塵を目くらましにして、いまだ残る数体の異形に接近。最も近くにいた一体を袈裟に斬り伏せ、別の一体が振り下ろした剛腕を身を捻ってかわす。
手当たり次第に異形を斬り裂く。袈裟掛けに叩き斬り、横に薙ぎ、上段から打ち下ろす。背後の異形を振り向きざまに両断し、左から迫る一体に掌底を叩きこむ。
「火龍掌」
発勁の要領で吹き飛ばしつつ、至近距離で炎弾を撃ち込む。
燃え上がる異形を尻目にその場で跳躍。袈裟に振り下ろされた拳をかわし、最後の一体を脳天から股下まで一直線に切り裂いた。
「ふう、これでラスト、かな?」
玉兎を消しながら呟く。
あたりを見回しても、さっきまで闘っていた異形の姿はどこにもない。
「それにしても、鬼ってのは面倒だねぇ。概念武装さえあれば消滅させることも出来るんだろうけど、そんなもん持ってないしなぁ……」
また近いうちに現れるであろう鬼たちに肩を落とす。
この世界に来てから一週間、学園の防衛に参加し始めてから三日が経った。
その間もディアナの監視の下で修練を積み、魔法を併用しつつの戦闘にもようやく慣れてきた。先ほどの火龍掌もその成果の一つだ。玉兎の使い難い至近距離での戦闘のためにディアナが考案したもので、魔弾の射手を掌底に乗せて発勁による打撃と共に叩きこむ、というものだ。無詠唱となるため多少威力は落ちるが、殴り合いではかなり使い勝手がいい。
しばらく周囲の気配を探ってみたが、これ以上魔物はいないようだった。
一仕事終えて帰ろうと踵を返す。煙草を取り出し火をつけてから、歩き出す前に背後に潜むそれに声をかけた。
「で、いつまで隠れてるつもりだ、お二人さん?」
「おや、ばれていたのか」
「流石ですね」
振り向くと、そこに居たのは両手に大口径の銃を携えた長身の少女と野太刀を携えた小柄な少年。ともに敵意はないようだが、値踏みするような無遠慮な視線を向けてくる。
「あなたが鷹司統也ですか」
「そういうお前らは誰だ?見たところこちら側の人間のようだが……」
言葉遣いこそ丁寧だが、疑念を隠そうともしない少年の言葉にそう返すと、銃をホルスターにしまった少女が口を挟んだ。
「涼、そんなにあからさまに疑うのは感心しないよ。……すまないね鷹司さん。私は菊川氷雨、こっちのちっこいのは弟の涼。二人ともここの生徒だよ」
氷雨と名乗った少女はもともと細い眼を更に細め、にこにこと笑いながら涼と呼ばれた少年の腕を捻り上げていた。
「それで、俺に何の用だ?」
どう反応すればいいのか分からなかった俺は冷や汗をかきながら、顔が引き攣らないように気を付けつつ無難な質問を選んだ。
「いやね、彼の大吸血鬼『常闇の吸血姫』が弟子をとったと聞いたものでね。気になって見に来たというわけさ」
「なるほどね……。そっちの少年はそれだけじゃなさそうだけど?」
いまだに親の仇でも見るような目つきでこちらを睨む菊川弟を視線で示しながら言うと、肩を竦めて弟の頭を小突いた。
「私たちは退魔の家系の出身でね、私はそれほどでもないんだが、こいつはどうもそういうのに敏感なんだ。鷹司さんから人外の臭いがするって聞かなくてね」
「ああ、そういうこと。……まあ、いろいろと事情があってさ。涼君、だっけ?俺はこの学園に害になるようなことはしないつもりだから、大目に見てくれないか?」
「気安く呼ばないでください」
どうやら徹底的に嫌われたらしい。にべもなく言われ、肩を落とす。
「それにしても、いつ気付いたんだい?仕事がら気配を消すのは得意なつもりだったんだけどね」
「最初から見られてる気はしてたさ。特に弟君の方は、あからさまだったし」
そう言って菊川弟に目をやると、うっ、とばつが悪そうな顔で俯いてしまった。その様子に苦笑していると、突然顔を上げて先程までよりもなお強い視線で、挑むように叫んだ。
「あんた、何しに来たんだよ!何が目的なんだよ!あんた達は、また僕から大切なものを奪っていくのか!」
「涼っ……」
暴れる弟を押さえ付ける菊川に、身振りでそれをやめさせる。
銜えていた煙草を捨てその火をもみ消してから、憎悪に顔をゆがませながら俺を睨みつける菊川弟を見据え、静かに口を開く。
「君に何があったのかは知らないし、知るつもりもない。仮に俺が普通の人間じゃないとして、君はどうするんだ?俺を殺すかい?」
「……」
「殺したいのならかかってこいよ。もっとも、簡単には殺されてやらないけどな」
薄く笑いながらそう告げると、菊川弟は一歩後ずさり、なぜ後ずさったのか自分でも分からないような顔をした。その後ろで菊川も顔を凍りつかせている。
俺は歩み寄りながら続ける。
「言って置くけどな、復讐なんて楽しいもんじゃないぞ。そんなことしたって、得られるものなんかありゃしない。時間の無駄だよ」
腰を抜かしてへたり込んだ菊川弟に目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「まあ、口を挟む権利なんて、俺にはないんだけどな。結局のところ、決めるのは他の誰でもない、君自身だ」
頭をぽんぽんと叩きながらいう俺を不思議そうに見つめる二人を残し、立ち上がって踵を返す。
「もう夜も遅いから、早く家に帰れよー」
振り向かずに手をひらひら振って歩き続ける。
二人の姿が完全に見えなくなったころ、頭上から聞きなれた声がした。
「ずいぶんな御高説だったな、統也」
見上げると、すぐそばの木の一際太い枝の上にヴァルを従えたディアナの姿があった。
「なんだ、いたのか」
皮肉のこもった台詞を受け流すと、少し不満げな表情を見せ、すぐ目の前に音もなく着地した。当然というかなんというか、ヴァルは俺の頭の上に乗っている。
「いつから聞いてたんだ?」
「いつまで隠れてるつもりだ……、のあたりからだな」
「最初からじゃねぇか……」
俺の呟きなどどこ吹く風とばかりににやにやと笑うディアナに嘆息する。頭上からはケケケ、という心底愉快そうな声も聞こえる。
「あれもお前の経験からくる忠告か?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ、あんな子供がそんな下らないものに身をやつすのを見てられなかっただけだ」
「ふん、相変わらずお人好しだな」
「ほっとけ」
一週間ほど前の家族宣言以降、俺たちの間にあった無用な遠慮はどんどんなくなってきた。俺の口調が変わったのがその証だろう。俺としても変に遠慮されるよりはこの方が気が楽でいい。ディアナたちに言わせれば「変な奴」らしいのだが、そもそも堅苦しいのは好きじゃない。記憶の片隅に僅かに残る父さんの影響もあるのだろうが……。
「ところで、こんなところにいていいのか?学園長と話があるって言ってただろ?」
「ああ、それならもう済んだ。統也、明日はお前も爺のところに行くぞ」
「まじかよ……」
行きたくねぇ……。
あの爺、もとい学園長の性格はこの一週間で嫌というほど思い知らされた。
三日前に引き合わされた広域監査部長の森崎さんの「子供みたいな人だから」という言葉の意味がよくわかる。あの時の森崎さんの哀愁に満ちた表情を忘れることはないだろう。
「まじだ。詳しい話は爺に聞けばいい」
「はあ、分かったよ……」
「ケケケ、マア頑張レヤ」
ヴァルのどう考えても楽しんでいるとしか思えない励ましに、気分が沈んでいくのが分かる。
拭いきれない不安を抱えたまま、前を歩くディアナを追って帰途に就いた。