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第三話

鷹司統也。

黒の長髪に黒の瞳、黒い長袖のシャツに黒のパンツ、黒い外套を纏った黒一色の男。

年の頃は二十前後だろうか、見ようによっては高校生くらいにも見える。

長身痩躯、眉目秀麗、男にしては珍しい長髪と、一度見れば記憶に強く残るだろう。

魔術師を自称し、両手首にかなり高度なアーティファクトと思われる革のリストバンドをつけている。

異世界の住人であると主張し、今現在私の目の前に緊張の面持ちで座る不審人物。

更に付け加えるなら、やけに料理が上手い。


「どうした?ひょっとして口に合わなかったか?」


黙り込んだ私に不安を感じたのか、オロオロし始めた。

それは私に対するあてつけか?

とてもではないが、私にはこんなに美味い料理は作れん。


「まあまあだな」


そう答えてやると、心底安心したような笑みを見せる。

わからない。

この男は相当過酷な生活を送ってきたのだろう。森での一件がそれを証明している。

あの時私が叩きつけた殺気は、そこらの奴ならまともに動くことも出来なくなるレベルのものだ。

にもかかわらず、この男は咄嗟に飛び退ってこちらの攻撃をかわし、あまつさえ逆に奇襲を仕掛けてきた。

その上、最後の一撃の時、攻撃を受ける直前まで全く気付けなかった。

殺気すらも、だ。

それに、過去に触れるような話題が出た時の反応も気になる。

懐かしむような遠い目をするのだ。寂しそうな、自嘲するような微笑を浮かべて。

これだけの情報があって気付かない方がおかしい。

まあ、気にする必要はないのかもしれない。こいつは異世界の住人だ。この世界へ来た以上過去のしがらみなどどうでもいいことだろう。

そこまで考えて気が付いた。私はなぜこんなことを考えていたのだろうか?


「ディアナ?どうかしたのか?」


どうやら考え込んでしまっていたらしい。


「いや、なんでもない。それより、お前の使う魔術とはどういうものなんだ?」


そう尋ねると、腕を組み、天井を見上げた。


「うーん、そうだなぁ。簡単にいえば自己暗示だな」


「ほう」


「自分の持つ魔力を練り上げて、指向性を持たせて打ち出す。その時に属性が生じる。上級魔術師になると相反する概念を無理やりねじ込むなんてことが出来る奴もいる」


ふむ、なるほどな。道理で魔法に比べて詠唱が短いわけだ。魔術における詠唱は、自己改変の為のトリガー、といったところか。


「そう言えば、さっき詠唱がどうのとか言ってたよな?」


「うむ。こちらの魔法はそちらの魔術とは根本的に違う。魔法は詠唱によって世界に呼び掛け、精霊の類の力を借りることによって神秘を成す。答えを自らの内に求めるか、世界に求めるか、という違いだな」


「なるほど、そうなると戦闘時には魔術の方が使い勝手は良さそうだな……」


「それだ!」


あの程度の詠唱であれだけの威力があるのなら、戦闘時、特に近接戦闘においては大きなアドバンテージになるではないか。


「統也っ、私に魔術を教えろ!」


テーブルに身を乗り出し詰め寄ると、統也は気まずそうに視線をそらした。


「あー、悪いんだが、それは無理だ」


「なぜだっ?」


「俺は、ほとんど魔術が使えない……」


は?

今こいつは何と言った?

魔術が使えない?

魔術師ではなかったのか?


「どういうことだ?」


低い声で脅すように言うと、統也は冷や汗をかきながらのけぞった。


「ど、どうやら、俺には魔術の素質が無いみたいでさ。使えるのは身体強化といくつかの攻勢魔術だけなんだ。は、はははは……」


顔を引き攣らせながら乾いた笑い声を上げる統也に、がっくりと肩を落とす。


「その、すまん……」


申し訳なさそうに謝られて、柄にもなく罪悪感に駆られた。

一つ息をついて心を落ち着かせる。

統也の方を見ると、私が呆れているとでも思っているのか、情けない顔で視線を床に落としていた。


「まあ、初めからあまりあてにしてない。第一体系から違うのだ。魔法に慣れている私に魔術が使えるとも思えん」


それに今のままでも私は強いからな。と付け加えると、統也は苦笑した。


「しかし、勿体無いな」


そう呟くと、統也は「何がだ?」と言わんばかりに首をかしげた。


「お前のその魔力だ。見たところ、並みの魔法師よりも遥かに強い魔力を持っているようだが、魔術が使えんとなると宝の持ち腐れもいいところだな」


そこでいいことを思いついた。

おそらく今の私は獲物を見つけた狼のような笑みを浮かべているに違いない。

統也のひきつった顔を見れば一目瞭然だ。


「よし、統也、お前に魔法を教えてやろう」


嫌がる統也を戒めの魔法で拘束し、地下室へと向かう。

誰かに魔法を教えるの初めてのことだ。

さて、まずは何からいこうか……。



「さっき俺の魔力がどうとかいってたけど、俺の魔力ってそんなに強いのか?」


ディアナに無理やり連れてこられた地下室。

何か準備するものでもあるのか、魔具やら魔術書らしき物が雑多に詰め込まれた棚を引っ掻き回しているディアナの背中に問いかける。


「うむ。そうだな、お前の世界ではどうだったか知らんが、こちらでは魔力の保有量でランクが付けられている」


ランクはSからEまでの六段階で表される。


「細かい説明は省くが、Aランク以上、つまり、魔力総量五千以上の者を上級魔法師と呼ぶ。その数は全魔法師の一割程度、この学園では私と健吾、それに爺くらいのものだな。それに対してお前の魔力は……」


棚から魔具らしき物を取り出したディアナは、振り返ってそれを俺に向けた。

しばらくしてピッと音がすると、ディアナはそれを覗き込む。


「……八千弱、といったところか。魔力保有量に限って言えば、お前はこの世界ではなかなかの力を持っているといえるな」


「ディアナの魔力はどれくらいなんだ?」


「私か?私は、そうだな……四万弱、位だろう。」


「よ、四万……」


「ふん、私は吸血鬼の真祖だぞ?人間と一緒にするな」


ディアナは用済みだと言わんばかりに魔具を放り捨て、別の物を引っ張り出した。

見ると、その中には中央に周囲を海に囲まれた宮殿のような物の模型が入っており、その上を半透明のドーム状の物が覆っている。

ディアナそれを部屋の隅に置かれていたテーブルの上に置くと、手招きをした。


「こいつに手を置いて目を閉じろ」


言われた通りにすると、ドームの上に置いた右手が引っ張られるような感覚を覚えた。


「力に逆らうな、身を委ねろ」


その言葉を信じて体から力を抜く。

すると、地下の停滞していたはずの空気が流れるのを感じた。


「もう眼を開けてもいいぞ」


どこか楽しげな、悪戯の成功を目前にして喜びを隠しきれない子供のような声に、何があっても驚かないと子供じみた決意をして目を開く。


「なっ」


抜けるような青い空、時代錯誤な巨大な宮殿、振り返れば広大な石畳の広場、その向こうには彼方まで続く海。


「どうだ?」


その声に隣を見ると、腕を組み、どうだとばかりに胸を張るディアナがいた。


「お、おい、ディアナ?ここは、どこだ?」


「一種の結界だ。あのアーティファクトを見ただろう?あの中だ」


なんて出鱈目。


「この中での一日が外の一時間に相当する。長い間使っていなかったから、若干不安はあったが、大丈夫そうだな」


ここにきて改めて魔術と魔法の違いを思い知った。

魔術でこんな理不尽なことはできない。


「おい、いつまでそんな所にいるつもりだ?」


呆然と辺りを見回していると、ディアナの呆れたような声が聞こえた。

すでに宮殿の入り口付近にいるディアナに慌てて近づくと、ディアナはそう言えば、と口を開いた。


「統也、お前の戦闘スタイルはどんなものだ?」


「そうだな……さっきも言ったように使える魔術が少ないから、森でディアナと戦ったときみたいな形だな」


「つまり、魔法剣士タイプ、ということか……」


「魔法剣士タイプ?」


「ああ。魔法師は大きく二つのタイプに分類できる。それが魔法使いタイプと魔法剣士タイプだ。前者は従者に前衛を任せ、自身は後方で詠唱に専念する。それに対して、後者は自身も前線で戦いながら詠唱を行う」


「ああ、そういうことか」


確かに向こうでもそう言うのはあったな。

向こうじゃ、単純に前衛、後衛としか言わなかったけど。


「魔法剣士タイプということは、何か得物があるのか?それともあの時のように徒手空拳か?」


「向こうではずっと日本刀を使ってたな」


「日本刀、か……用意しておかなければならないか……」


「いや、たぶん必要ないと思うぞ?」


「どういうことだ?」


不思議そうに首をひねるディアナから少し距離をとる。

右手を左手首に添え、意識を集中する。

目を閉じてイメージするのは鍔のない、抜き身の刀。


「玉兎」


左手首にほのかな熱を感じ目を開く。

右手を握り込むと確かな感触。

そのまま右へ振りぬくと、鍔のない、白木造りの日本刀が握られていた。


「ほう」


感心したようなディアナの声を聞きながら軽く数回振ってみる。

違和感はない。


「かなり高度なアーティファクトだと思っていたが、そういうことか。ということは、右手首のものも同じか?」


ディアナの問いに首を横に振って答える。


「これはちょっと違うんだ」


右手首のリストバンドを左手で軽く握りながら空を見上げる。


「これは、俺の父さんの形見なんだ。顔も覚えてないけど、初めてこれをつけてくれたときのことは覚えてる」


視線を下してディアナを見ると、難しい顔をしてこちらを見ていた。

どことなく気まずそうに佇むその姿に苦笑する。


「そんな顔するなって。案外まだどっかで生きてるかもしれないし。それに……」


「それに?」


「……俺があの人の子供だってことは変わらないしさ」


じっと俺の顔を見ていたディアナは、ふんとばかりに顔をそらした。


「楽天的だな」


ちらちらとこちらを窺いながら憎まれ口を叩いても、こちらとしては苦笑するしかない。


「ああ、俺は楽天的なんだよ」


ディアナは付き合いきれん、と呟いて肩を落とした。


「まあいい。さっさと始めるぞ」


そう言い残して宮殿の中へと消えていくディアナの後を追う。

右手に提げた玉兎が幻想の陽光を浴びて輝いていた。



本当にこの男は出鱈目だ。

目の前で中級魔法、『魔弾の射手』を繰り返し撃ち出す統也を見ながら嘆息する。

攻性魔法としては初歩的なものだが、それでもわずか数分で使えるようになるとは思わなかった。

統也の魔法師としての素質は、一流の魔法師のそれを凌駕している。

ある程度予想していたとはいえ、とんでもない男を弟子にしたものだ。


「ケケケ、楽シソウジャネェカ、ゴ主人」


傍らに置かれた人形の言葉にはっとする。

どうやら、知らず笑みが浮かんでいたらしい。


「うるさいぞヴァル。……お前から見て、あいつはどうだ?」


「ナンダ御主人、珍シイジャネェカ。俺ノ意見ヲ訊クナンテヨ。デモマア、ソコラノ雑魚トハ違ウンジャネェカ?」


ケケケ、と耳障りな笑い声を上げるヴァルを無視して改めて統也を見る。


「確かにな」


こうしている間にも統也の放つ魔弾の威力は上がってきているし、発動までのタイムラグもほぼ無くなっている。

このままの調子でいけば、防衛戦までにはそれなりの形になるだろう。

もともと、戦闘能力は高いのだ。今のままでも中の上程度の力はある。

『常闇の吸血姫(ダーク・ブリュンヒルド)』の名に懸けて、一流の魔法師にしてやろう。


「統也、その辺にしておけ。そろそろ休んだ方がいい」


「いや、まだいける」


「バカ者、それ以上やってもたいした意味など無い。時間の無駄だ」


それを聞いて不服そうな顔で戻ってくる。

こいつはこちらが黙っていれば、一日中でもやっていたのだろう。

熱心なのはいいことだが、こいつの場合は行き過ぎているような気がする。


「ケケケ、ヤケニ熱心ジャネェカ、侍」


ヴァルが喋るのを聞いても別段驚いた様子はない。それどころか、興味深そうに観察している。


「ディアナ、お前、人形遣いだったのか?」


「驚かんのだな」


「まあな、こんな出鱈目な空間があるくらいだ、もうちょっとやそっとのことじゃ驚かないさ」


「出鱈目ッテイウナラ、侍ノ方ダト思ウガナ」


「そうか?」


「ソウダゼ。マア、ヨロシクナ、侍」


「ああ、よろしくな。ところでディアナ、こいつの名前は?」


「ヴァルだ。それにしてもお前ら、軽すぎるだろう」


そうか?と首をひねる統也とヴァルにがっくりと肩を下す。


「もういい、好きにしろ」


顔を見合わせる一人と一体を置いて歩き出す。

後ろから聞こえる話し声に無性に腹が立って魔弾を打ち込んでやった。

突然の一撃に慌てるバカ者たちに、口元がほころぶ。

なぜだか知らないが気分がいい。それを、突然目の前に現れた不思議な異邦人のせいにして、歩を進めた。

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