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第二話

ディアナに連れられてたどり着いた場所は、レンガ造りの建物だった。

道すがら聞いた話によると、ここは日本の関東地方にある国内最大級の学園都市であり、『霧生市』というらしい。幼等部から大学院まであり、生徒の総数は八千人を超える。さらに、国内最大の霊脈が流れ、日本魔法協会の本部も置かれているという。

この建物は中等部の校舎らしいが、とんでもなく広い。普通の学校の三倍はありそうだ。

そんなことを考えていると、目の前を歩いていたディアナが突然立ち止った。

目の前には大きな扉。

その上にあるプレートには『学園長室』の文字。

ディアナは僅かの躊躇もなくその扉を開き、中へと入っていく。


「爺、面白い奴を連れて来たぞ」

おい、学園長を爺呼ばわりかよ……。いや、ディアナは四百年以上生きているって言うし、いいのか?

ディアナに続いて扉をくぐると、かすかな違和感を覚えた。

それを無視して視線を巡らすと、重厚なデスクの向こうに目が細く、豊かな白髭を蓄えた、禿頭の小柄な老人の姿があった。穏やかな微笑を湛え、好々爺然とした雰囲気を漂わせながらも、その根底には確固たる強い意志の光が見える。

ディアナの説明を聞くその様子にかつての師匠の姿が重なった。


「おいっ、聞いているのか!」


ディアナの大声で我に返ると、二人の視線が俺に集中していた。ディアナの不機嫌そうな様子から察するに、何度も俺を呼んでいたらしい。


「ああ、悪い悪い。」


目の前にあったディアナの頭を撫でる。


「っ、子供扱いするなと言っているだろうが!」


「あ、悪い、つい癖でな」


「どんな癖だ!」


「ほっほっほっ、お主が鷹司統也か。ディアナにそんなことをするなど命知らずじゃな。恐ろしくてわしにはとても出来んわい。わしは月森孝造じゃ、この学園の学園長をしておる。」


穏やかに笑いながら言う老人に気勢を削がれたのか、ディアナはそっぽを向いて黙り込んでしまった。


「お主もわかっておるとは思うが、今のお主の存在は非常に怪しいものじゃ。ディアナは心配はいらんと言っておるし、それを疑うわけでもないんじゃが、万が一ということもあるからのう。いくつか質問させてもらうぞ?」


当然の処置だろう。

学園長ということは、この学園都市の最高責任者だということ。

突然現れた素性のわからない男を放置しておくわけにもいかないだろう。


「構いませんよ。自分が不審人物だということは理解してますから」


「うむ。では最初に聞くが、お主が異世界の人間であるという証拠は?」


「そんなものある訳がないでしょう。この世界のことも知らないのに、どうやって証明しろというんですか?」


「では、君の世界について、話してはくれんか?」


探るような視線に晒されながら、俺の世界の歴史や、魔術の位置付け、その体系などを話す。

しばらく黙っていた学園長だったが、姿勢をただすと深々と頭を下げた。


「疑うような真似をしてすまなかったのう。お主の言葉に嘘はないようじゃ」


そこで最初に感じた違和感の正体に気付いた。


「虚言探知、か……」


「その通りじゃ。それにしても、よく分かったのう。いつから気付いておった?」


「初めから違和感はありましたけど、気付いたのは今ですよ」


そういうと、学園長は流石じゃのう、と呟いてディアナを見る。


「して、ディアナよ、わしにどうしろというのじゃ?」


「ふざけた奴だが、実力は確かだ。広域監査員としてでも雇ってやれ」


「確かに実力はあるようじゃし……よかろう、手続きはこちらでしておくが、構わんかの?」


何やら俺の知らないところで話が進んでしまっているようだ。とはいえ、内容もわからないような仕事をするのは流石に遠慮したい。


「広域監査員?」


「分かりやすく言えば警備員のようなものじゃ。生徒同士の喧嘩の仲裁が主な仕事じゃが、それはあくまで表向きのものでな。お主も知っての通り、此処の地下には大規模な霊脈がある。

それを狙って現れる魔物の類を迎撃することが本来の目的じゃな。」


まあ、向こうでも似たようなことをやっていたわけだし、別にいいか。


「分かりました。そちらがよろしければお願いします」


「では、明日もう一度来なさい。その時に正式に契約するからの。それから、念のためにしばらく監視をつけることになると思うが、構わんじゃろ?」


「妥当な判断ですね」


「では、ディアナ、頼んだぞ。統也君、しばらくはディアナの家に住むといい」


学園長が言うが早いか、ディアナは踵を返して理事長室を後にする。色々言いたいことはあったが、仕方なくディアナの後を追おうと振り返ったところで、理事長に呼び止められた。


「ディアナはああ見えて寂しがり屋じゃ。なにせ、人生の殆どを一人で生きてきたからのう。良ければ、話し相手になってやってくれんか?」


その言葉に頷くことで答え、ディアナの後を追った。



ディアナと合流し、ディアナの家へと向かう。時刻は午後四時を回っており、辺りは徐々に暗くなってきているが、広々とした道の両側には沢山の店が並び、人通りも多い。俺の暮らしてきた街は、どこもこの時間には閑散としていたから、この雰囲気は新鮮だ。あたりを見回しながら歩いていると、不意にディアナと目が合った。


「そんなに珍しいのか?」


ディアナにとってはこの風景が日常の一部なのだろう、不思議そうに聞いて来る。

取り出した煙草に火をつけてから答える。


「ああ。俺は向こうじゃいろいろと訳ありでな、こんな賑やかな街に居た記憶がほとんど無いんだ。」


ディアナは、そうか、と呟いて黙り込む。

悲しげに揺れる碧眼は何を見ているのだろうか。

もしかしたら、ディアナにも似たようなことがあったのかもしれない。

向こうの世界でも、吸血鬼は存在そのものが認められていない。教会に見つかれば問答無用で殲滅されるのだ。

こちらの世界でも似たようなものだろう。

見つかったら最後、生き残るためには戦わなければならない。

そんな生活を続けてきたのだとしたら……。


「考えるだけ無駄か……」


「ん?何か言ったか?」


「いや、なんでもない」


いくら考えても答えが出ることのない問題を思考の外に追いやる。

考えるのをやめると空腹を感じた。

目覚めたのがこちらへ来てすぐだとしてもほぼ丸一日何も食べていない。


「なあ、ディアナ」


「なんだ?」


「お前、飯とかどうしてるんだ?」


「食べるに決まっているだろう」


お前はバカか、と言わんばかりにため息をつくディアナに、バカはお前だ、と言いたくなるのを堪える。


「いや、そうじゃなくてな、自分で作ったりするのか?」


自分の勘違いに気付いたディアナの顔が羞恥に赤く染まる。


「そ、そんな訳ないだろう。なぜ私がそんなことをせねばならんのだ!」


あまりの豹変ぶりに思わず苦笑すると、睨まれた。

ディアナの頭をわしゃわしゃと撫でながら考える。ディアナが妹弟子と同じくらいの見た目だからだろうか、なんとなく放っておけない。

まあ、そんなことはどうでもいい。


「よし、じゃあ、今日は俺が作ろう」


俺の手を払いのけようと唸っていたディアナを見ると、呆気にとられたような顔をして固まっている。

周りを見回すと、ちょうどいいところにスーパーを見つけた。

俺の腕を掴んだままになっていたディアナの手を掴んでスーパーへと向かう。

落ち着かない様子のディアナを引き連れて買い物を済ませた後たどり着いたのは、意外なことにどこにでもあるようなごく普通の一軒家だった。

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