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第十八話

「やはりお前達もか、統也」

 

妖魔たちによって作られた道の先、開けた場所に出たところでそう声をかけられた。


「ディアナ、お前もいたのか」

 

見ると、向かって右手、五メートルほど離れたところに、腕を組み不機嫌そうに佇むディアナが居た。


「それにしても、一体何のつもりなんだか」


「そんなこと私が知るか。ただ一つ言えることは、私たちが『呼ばれた』ということだ。なにしろ連中と直接戦ったのはここにいる四人だけだからな」


「そんな馬鹿なこと……」

 

言いかけて、涼は言葉を切った。

そう、決してあり得ない考えではないのだ。

酒吞童子が姿を消す直前の一言。


「『世界樹』の袂で待つ。あいつはそう言った。『世界樹』と『大樹』が繋がらなかったからあの時は分からなかったけど、確かに『世界樹』って呼び方も分からなくはない」

 

目の前にそびえる『大樹』を見上げながら言う。


「酒吞童子がそう言ったのか?ならば間違いないだろうな。今でこそ『大樹』と呼ばれているが、昔は『世界樹』と呼ばれていた時期もあったはずだ」

 

つまり、俺達は酒吞当時と茨木童子、ニ柱の大鬼神の意思によってここに招かれた、ということだ。


「よく来たな、常闇、黒き娘、若き退魔の子らよ」


「勝負の続きを、いざ」

 

『大樹』の手前、俺達から二十メートルほど離れた空間が歪み、そこから滲みだすように姿を見せた酒吞童子と茨木童子。

理不尽なことに、以前与えた傷は跡形もなく消えていた。ディアナが消し飛ばした茨木童子の左腕も、しっかりとそこに存在している。


「よく来たも何もないだろう」


「まったくだ、お前らが呼んだんだろ。それに何度も言ってるが、俺は女じゃねぇ」

 

今すぐにでも戦わんとする茨木童子には言葉を返さず、玉兎を呼び出すことで答えとする。ディアナは相変わらず腕を組んでいるが、魔力が活性化しているのが分かる。


「氷雨、涼、お前らは下がってろ」


「巻き添えを食らっても知らんぞ」

 

視線は正面に向けたまま、背後に控える二人にそう声をかける。口調こそぶっきらぼうだが、ディアナも同様にまだ若い二人を気遣っている。


「茨木童子、常闇は任せたぞ。我は黒き娘をやる」


「相分かった。しかし、殺さんでくれよ?あの娘は我が妻とするのだからな」


「承知しておる」

 

あいつら、相変わらず人の話聞いてねぇな。


「ディアナ、手は抜くなよ」


「ふん、言われるまでもない。お前こそぬかるなよ?」

 

笑みを交わし、拳を打ち合わせる。


「さあ、やろうか酒吞童子。俺は鷹司統也、混血の忌子だ」


「行くぞ茨木童子、準備はいいか?」

 

不敵に笑う二人とニ柱。四つの声が重なった。

 

(パーティー)の始まりだ―

 


直後、俺達は同時に地を蹴った。

ディアナと茨木童子は右へ、俺と酒吞童子は左へ。

着地の瞬間に空中で瞬動を発動、酒吞童子の着地を狙う。

全体重をかけた渾身の正拳は交差された両腕に防がれた。そのまま振り払われた腕に逆らわず後方へ跳び距離をとる。

遅れることなく追従し、お返しとばかりに振るわれた右腕を交わし、わき腹を狙う。

これも不発。素早く引き戻された肘に止められた。

連続して放たれた、すくい上げるような左のアッパーを右肘を支点にして跳び上がることで回避。そのまま側頭部を蹴りつけさらに上へ。落下速度を上乗せした最速の斬撃を叩き込む。

響く甲高い金属音。

必殺を期して放った一撃もまた、どこからともなく現れた槍の柄に阻まれた。

槍を力任せに振り抜かれ、吹き飛ばされる。


「ちぃ、何かあるだろうとは思ってたけど、よりによって槍かよ」

 

五メートル近い長さの柄の先に、さらに一メートルほどの穂先。

本来刺突用の武器である槍だが、この長さになると斬撃もかなりの脅威となる。さらに、魔力を纏っていた様子がなかったにもかかわらず、その柄には全く傷が見られない。あれで殴打されるだけでも、人間にとっては致命傷となるだろう。


「危ういところだった。やはり混血だけのことはある、脆弱な人間とは比べ物にならんわ」


「お褒めにあずかり光栄だが、残念ながら今の俺は普通の人間と変わらないさ。人外の血は封じてるんでな。もっとも、あまり時間がないんでな、解放させてもらう」

 

できることなら使いたくはなかった。だが、酒吞童子に隠し玉があった以上、今のままでは勝つことなど到底不可能。

もちろん、最悪の場合俺の精神はこの身に潜む人外の本能に飲み込まれてしまうだろう。

それでもやるしかない。このままここで時間を無駄にしていては、多くの人命が失われることになるのだ。

玉兎を前方に突き出し、伸ばした右手の手首に左手を添える。


「リリース・アクセル・イグズィウス」

 

解放の瞬間に飲み込まれてしまわないよう、『此処にある自分』を強くイメージする。


「オーヴァー・ドライヴ」

そして解放の言葉を口にした。



「すごい……」


伝説級の大鬼神に対して、一歩も引くことなく戦いを挑む統也さんの姿に、隣でそれを見ていた涼が感嘆の声を漏らす。

私もそれに同感だ。有効なダメージこそないものの、こうしてみている限り統也さんの方が優勢だ。

しかし、一つ引っかかることもある。配下である茨木童子が大剣を振るっているのに対して酒吞童子は徒手空拳。確かにそれでも強いのだが、上級妖魔ともあろう大鬼が得物を持たないなどということがあるのだろうか。

そして、その疑問はすぐに解消されることになった。

酒吞童子が虚空から取り出した長大な槍。

その瞬間、統也さんの表情が変わった。距離をとり、酒吞童子と何か言葉を交わすその横顔は、何かに耐えるような沈痛なものだ。

日本刀を一振りした後、正面に立つ酒吞童子に向かって右腕の肩から切っ先まで、一直線に突き出す。左手は右手首に添えられた。

軽く目を閉じ、朗々と言葉を紡ぐ。


「リリース・アクセル・イグズィウス」


聞いたことのない詠唱。しかしそこからは途方もない力を感じる。


「オーヴァー・ドライヴ」

 

その言葉は、そこかしこから聞こえる轟音の中でもかき消されることなく響き渡った。


 

突如巨大化した統也の魔力に思わず振り返る。


「なっ、これは、まさか……」


「ほぉ、これは見事だ。我らの妖力が路傍の小石に思えるわ」

 

そう、まさに圧倒的。昨夜感じた魔力が霞むほどの魔力の奔流。

その静謐でありながら力強さを併せ持った流水の様な魔力に驚嘆すると同時に、それを解放した統也に不安とそれ以上の苛立ちを感じる。

昨夜ですら相当の苦しみを伴ったというのに、これほどの魔力を解放してはどうなるか分かったものではない。

それだけならばまだいい。要は精神力の問題なのだから。幾多の苦しみをその身に受けてきた統也の精神力ならば、その苦痛にも打ち克てる可能性は高いだろう。

問題はそのあとだ。昨夜の統也の言葉から察するに、これが統也の全開なのだろう。つまり今、統也の体内では、普段は封じられている人外の血が活性化しているはず。

これが意味するところは一つ。

こうしている間にも、統也の体はその血によって浸食されているということだ。


「バカ者がっ……」

解放などせずとも、私がこいつを倒した後、二人で戦えば済む話ではないか。むしろ、私はそうしてしかるべきだと思っていた。

それでは間に合わないと思ったのだろうか。

私は統也にそう思われるほど信用されていないのだろうか。

そう考えると腹が立ってきた。その怒りをぶつけるべく、目の前の茨木童子を睨みつける。


「おお、お主もやる気になったようだな」


「ふん、そんなことはどうでもいい。私は今機嫌が悪いんだ、さっさと終わらせるぞ」

 

そう言って、返事も待たずに跳び出した。


 

何とかうまく行ったか。

目を開いた後、最初に浮かんだのはそんな安堵だった。

体には異常はない。意識も、今のところははっきりしている。

体内をめぐる魔力の流れも正常。

懸念していたことが杞憂に終わったことに安堵しながら、目の前に立ち、動きを止めている酒吞童子を見据える。


「それが、汝の力か……」

 

目を見開き、驚愕をあらわにする酒吞童子は、しばらくの間をおいて心底楽しそうに笑い出した。


「ふ、ふふふ、ふはははははっ。これはいい、いいぞ、最高だ。我の目に狂いはなかった。この身生まれ降りて数百年、これほど心躍ったことはない」

 

天を仰ぎ、愉悦に体を震わせる酒吞童子を冷ややかに見つめる。


「お楽しみのところ悪いが、さっさと始めないか。さっきも言ったが、こっちにはあまり時間がないんだ。それで勝ちと出来るほどあんたは小物じゃないだろ」


「無論だ。では、改めて始めよう」


「ああ、第二幕の開演だ」

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