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第十六話

明けて翌十二月三十一日。

人々が目前に迫った新年に思いを馳せる中、重々しい空気に包まれた集団が居た。

霧生防衛戦において魔法師側の主力とも言える各方面の責任者たちだ。

日本魔法協会本部の一室に集まった彼らの表情は一様に暗い。

幾多の戦いを潜り抜けてきた歴戦の猛者である彼らをこれほどまでに恐れさせる存在。

伝説級の大鬼神、酒吞童子。

その腹心、茨木童子。

彼ら脳裏に浮かぶのは、斬られ、砕かれ、蹂躙される己の姿。何度試みてもニ柱の大鬼神と相対した自身を待つのは『死』という事実のみ。

最後に立っているのは朱に染まった大地を闊歩する異形だった。

そしてそれは、こうして彼らの表層意識を覗き見ている自分も同じこと。

一対一なら勝つ自信はある。しかし、ニ柱が連携して挑んできたら?

負ける気はしないが、勝てる気もしない。時間を稼ぐのが精一杯だろう。

隣に座る統也を見遣る。

昨日の戦闘による負傷は完治しており、十分な休養のおかげもあってか、調子は良さそうだ。

目を閉じ、まるで瞑想でもしているかのような横顔から連想するのは、磨き上げられた鏡の如き水面。しかし、水面下では闘志の炎が燃え盛っているような静かな気迫が漲っている。

おそらく脳内では、今まさにニ柱の大鬼神を相手取り戦っているのだろう。

その場に私はいるのだろうか?

ふと、そんな考えがよぎる。


「報告は以上です」

 

健吾の声に思考を止める。

腰を下ろした健吾と入れ替わるように爺が立ち上がった。


「聞いての通り、今回の防衛戦は例年になく厳しいものになるじゃろう。じゃが、わしらは負けるわけにはいかん。今日一日、なんとしても守り切るのじゃ、明日という日を迎えるために」

 

その言葉に全員の士気が上がるのを感じた。

この場に集まった者は皆、理解しているのだ。

霧生の霊脈、その起点となる『大樹』が妖魔の手に渡った時、世界にどれほどの被害をもたらすのかを。そして、霊脈の上に広がるこの霧生の街が真っ先にその被害を受けることを。

例外もあるだろうが、防衛戦に参加する者の大半はこの街に愛着を持っている。そして、そこには守りたい人達がいる。

だから負けられない。負けるわけにはいかない。

こうして、史上最悪の防衛戦が本当の意味で幕を上げた。



「そろそろだな」

 

室内に設置された時計を見ながら呟くディアナに、ああ、とだけ返事を返す。

時刻は午後九時を少し回ったあたり。俺の予想が正しければあと三十分足らずで大攻勢が始まるはずだ。

もっとも、ここまでの推移から考えればほぼ確実だろうが。

立ち上がり、傍らに置いていた外套を纏う。

それだけ、たったそれだけの動作でこの身は万物切り裂く刃となる。


「いくのか?」


「ああ、まだ時間はあるけど、一応な」

 

見上げてくるディアナにそう答えると、ディアナもまた立ち上がった。

視線を合わせ、頷きをかわす。

酒吞童子と茨木童子。伝説級の大鬼神。

二体の大鬼を相手にして勝てるかどうかは分からない。

今のままでは無理だろう。もしかしたら、この身に秘められた力を解放しても勝てないかもしれない。

しかし、そんなことは関係ない。

俺は誓ったのだ。

守ると。ディアナや氷雨、涼。その身に宿された力のせいで『こちら側』に関わらざるを得なかった子供たちが、平穏に暮らせるようにするのだと。

ならばすべきことはただ一つ。

この手が血に塗れても。この命が燃え尽きようとも。『俺』という存在が消え去ろうとも。

奴らはこの手で倒す。

それが『鷹司統也』という存在に許された、ただ一つの存在理由なのだから。



「姉さん、そろそろみたいだよ」

涼の声に無駄か、と思いながらも周囲の魔力を探る。

そしてやめておけばよかったと少し後悔した。

魔力探査の苦手な私でもわかる。微弱な、けれど膨大な数の魔力が近付いて来るのが。

正確な距離こそわからないが、その数が今までに相手にしたどんな集団よりも多いことは明白だ。


「こいつを持ってきて正解だったね」


左手を腰の後ろに回すと、滑らかな木の手触り。あの日、燃え盛る里から持ち出せた唯一の品。今は亡き父が、この世を去る数日前にくれた小太刀だ。

医務室で統也さんの話を聞いた後に自室のクローゼットから引っ張り出したこれは、一族に伝わる霊剣のうちの一つ。

霊刀『白光』。

涼の持つ霊刀『白夜』と並び一族の有力者が持つべきであるはずのこれを、なぜ私に持たせたのか。父の真意のほどはわからない。しかし、一つだけ確かなことがある。

今この場において、弟と並んで最も頼りになるのがこれだということ。

右手にデザートイーグル、左手に白光を携え前方を見据える。

見れば、隣に立つ涼も白夜を正眼に構えている。

木々の隙間から無数の妖魔が見え始めたころ、白光に魔力を流し込む。

それに呼応して、その名が示す通りの輝きを発する白光を一薙ぎ。

白銀の斬撃が妖魔の先頭集団を蹴散らすのを確認して打って出る。

駆け出した私のすぐそばを白夜から白光と同様に繰り出された斬撃が駆け抜け、数十体の妖魔を消し飛ばした。

耳につけたイヤホンからは、各地で戦闘が始まったという報告が聞こえる。

戦闘の一体を白光で斬り伏せ、その後続をデザートイーグルで穿つ。

昨日の二の舞にならないよう、可能な限り弾を温存しながら迫りくる妖魔の大群を屠る。

正面の鬼を一閃し、上空から襲いかかってきた鳥族を撃つ。

手近な妖魔を片付け、次のターゲットを探そうと視線を巡らせる。

そこで悪寒を感じた。

辺りに蠢く妖魔たちとは比べ物にならない、濃密な魔力の気配。

涼の様子を窺えば、同様に手を止め、険しい表情で周囲を警戒していた。

周囲を取り囲んでいた妖魔たちも、一様に距離を取っている


「あの黒き娘や『常闇の吸血姫ダーク・ブリュンヒルド』の他にも、これほどの使い手が居たとは。やはり人間界は面白い。これもあの御方のおかげか……。感謝せねばならんな」

 

愉悦を隠しきれない低い声が響く。

木々がざわめき、風が啼く。

姿を現したのは、三メートルを超える大鬼。


「お初にお目にかかる。我が名は酒吞童子。突然で悪いが、手合わせ願う」

 

名乗りと共に吹き荒れる爆発的な魔力に肌が粟立つ。


「な、なんだよ、こいつ……」

 

一歩、視界の端に映る涼が後退る。

すぐさま一歩踏み出したものの、目の前の鬼に気圧されていることは明らかだ。

かく言う私自身、膝は震え少しでも気を抜けば二度と立ち上がることは出来ないだろう。

左手の白光がかちゃかちゃとうるさいくらいに音を立て、体の震えを如実に示している。

退魔師としては落ちこぼれである私ですらこれなのだ、遙かに感覚の鋭い涼が感じている恐怖はこれの比ではないだろう。


「これが、伝説級の大鬼神の力か……。まいったね、圧倒的だよ……」


私程度では足止めにすらならないだろう。それでも諦めるわけにはいかない。

統也さんかブリュンヒルデさんが来ればなんとかなるはずだ。

その時間が稼げればそれでいい。

見た限り、酒吞童子というのは伝承とは違い生粋の武人らしい。ならばやりようはある。


「涼、本部に連絡を。統也さんかブリュンヒルデさん、森崎先生あたりに来てもらえるようにするんだ」


「わ、わかった」

 

携帯を取り出す涼を庇うように、前に出る。

不思議と震えは止まっていた。

目を閉じ、深く息を吸い、細く吐き出す。

耳障りなノイズが消え去り、集中力が極限まで高まったのを確認して目を開く。

蒼く染まった視界に映る酒吞童子。その顔に驚きの色が浮かぶ。


「ほぅ……実に面白い、これほどの魔眼は久しく見ておらん。これは楽しめそうだ」

 

魔眼?何のことだろうか。


「姉さん、統也さんとブリュンヒルデが来てくれるらしい」


「それじゃ、それまでの時間を稼ぐことにしようか」

 

気になるが、今はそれどころではない。

魔力切れでただの業物と化した百光を鞘に戻し、もう一丁のデザートイーグルを手にする。

デザートイーグルの装弾数は七発。現在の持ち弾は右に三、左に七、予備のマガジンが五本の計四十五。退魔術式を施した五十口径弾とはいえ、大したダメージは与えられないだろう。出来ることと言えば、着弾の衝撃で牽制することくらいか。

いや、それすらあやしい。何せ相手は三メートルを超える巨体。そのうえ、この地球上に存在するどんな生命体よりも頑強な肉体を誇っているのだ。自動式拳銃としては最強クラスの威力を持つデザートイーグルも結局は対人用の銃器に過ぎない。化け物と呼ぶに相応しいこの大鬼神にどこまで通用するか。

魔力量の少ないこの身が恨めしい。せめて一般の魔法師程度の魔力があれば、白光が使えるのだが……。

とめどない思考を打ち切り、正面を見据える。

その先に威風堂々と立つ酒吞童子は攻撃に移る気配を見せない。

こちらの様子を窺っているのか、あるいは……。


「そんな必要もないのか……」


口に出してみても何も変わらない。

白夜を構え前に出る涼に前衛を任せ、後退。直撃を確信し、引き金を絞った。



「どけっ!」


目の前の妖魔を純粋な魔力の塊で吹き飛ばし、開いた道を駆け抜ける。

今は一秒の時間も惜しい。

つい先程出現した巨大な魔力。昨日対峙した茨木童子をも遙かに上回る魔力は、疑うまでもなく、妖魔の首領、大鬼神酒吞童子のそれだ。

そしてその傍にある二つの魔力。氷雨と涼、あのエリアを担当する二人だ。


「くっ」

自分の浅はかな行動に腹が立つ。

二人の実力は確かだが、いかんせん経験が足りない。経験さえあれば、倒すことは出来なくとも時間を稼ぐ方法はいくらでもある。だからこそ、俺は二人の担当エリアの近くに配置されていたのだ。

本来ならば、すでに二人の援護に入れていたはず。にもかかわらず俺は今、こうして走っている。それはなぜか?

予想を上回る中級妖魔の出現により、各エリアが苦戦。そのために俺やディアナを含めた遊撃隊は支援に追われたのだ。

つまりは陽動。

一部の防衛線の崩壊が即、敗北に繋がる俺たちに対して、これ以上無く効果的な戦術だ。事実、主力と言える者は皆、件のエリアから引き離されてしまっている。

酒吞童子の知略を侮っていたがゆえの失態。

茨木童子の存在が確認されていないことも気になる。万が一、二体の合流を許してしまえば目も当てられない。数人がかりで挑めば倒せないわけではないが、そうなれば各エリアの機能が低下、結果的に防衛線は崩壊するだろう。

それを防ぐためにも、一刻も早く酒吞童子を倒さなければならない。それが二人を救うことにもつながる。

走る俺を迎撃しようと腕を振り上げる鬼をすれ違いざまに両断。足止めのつもりか、行く手を遮る妖魔の壁を強引にこじ開ける。それによって出来た僅かな隙間が閉ざされるより早く瞬動を発動。一息に駆け抜けた。

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