第十五話
「ごめん。それから、ありがとう……か。まったく、そんなことより自分の心配をしろと言うのに。このバカ者が」
あのあと、謝罪と感謝の言葉を残して意識を失った統也を抱えて本部に戻ってから六時間。すでに日付は変わり、一年の最後の一日が始まっている。非戦闘要員によって治癒の魔法が施され、治療が済んだものの、統也は一向に目を覚まさない。
それにしても、と思う。
あの上級妖魔、一体何者だ?
あの場では知ったようなことを言ったものの、その正体がさっぱりわからない。
統也があそこまで追い込まれたことや私の最大級の一撃を受けてなお平然としていることから考えて、かなりの大物、それも伝説級の妖魔だろう。それはいい。
それよりも問題なのは、私が割って入る寸前に感じた強大な魔力。
おそらく全開の私よりも強いだろうそれからは、妖魔の魔力のような邪なものは感じられなかった。
どちらかと言えば人の物に近い魔力。それが意味するものは一体なんだ……?
「う、うぅ……」
呻き声に視線を下げると、うっすらと目をあけた統也が間抜けな顔で天井を見上げていた。
「目が覚めたか?」
私の声にこちらを見た統也は、数回瞬きした後飛び起きた。
「ディアナっ、あいつはっ、あいつはどうしたっ」
私の肩を両手で掴み、これでもかと顔を近づける統也に、思わず顔が熱くなる。
直後、計っていたとしか思えないタイミングでドアが開き、菊川の小娘と小僧、その後ろから健吾が顔を覗かせた。
数秒の沈黙。最初に動いたのは私だった。
ドアを、正確にはそこに立つ三人を見て呆然とする統也をベッドに突き飛ばし、平静を装って口を開く。実際のところは心臓がうるさいくらいに早鐘を打っているのだが。
「と、統也、落ち着け。ここは本部の医務室、あの大鬼は退いた」
わずかに声が上ずってしまったが、問題はないだろう。
にやつく健吾が余計な事を言い出さないうちに菊川のガキどもを医務室に入れる。そのあとについて入ってきた健吾の腹に一撃入れるのも忘れない。
腹を押さえてもがく健吾を不思議そうに見る二人を備え付けの椅子に座らせ、自身も腰を下ろす。
「統也さん、大丈夫なのかい?」
躊躇いがちに口を開いたのは小娘。確か、氷雨と言ったか。
その隣では小僧が俯いている。
ああ、そうか。統也があの大鬼と戦った場所の担当者は、此処にいる二人だったはずだ。それで責任を感じているのだろう。
「ああ、大丈夫みたいだ。体の方は問題ない」
「そうか。……よかった」
統也の言葉にあからさまに安堵の表情を見せる二人。
それを見て微笑む統也になぜか無性に腹が立つ。
「まったく、あの程度の鬼にやられるとは。情けないぞ」
「う、……すまん」
私の辛辣な物言いにガキどもからの視線が険しくなったのを感じるが、そんな物に怖気付くほど落ちぶれてはいない。一睨みで黙らせると、統也にあの鬼について尋ねた。
「それで、あの大鬼は何者だ?何も知らんとは言わせんぞ?」
「ああ、それなら多少は情報を掴んだ。あいつの名は茨木童子。本人が名乗ったんだから間違いないだろう」
「い、茨木童子!?」
声を上げたのは涼と氷雨。退魔の出身であるこいつらが驚くのも無理はない。
茨木童子と言えば今なお語り継がれる大鬼神。退魔の一族にとって最も忌むべき存在の一つなのだから。
どうやら、私の読みは当たったようだ。
「なるほど、それならあの力も納得がいく。それにしても厄介だな……。あいつだけなら大したことはないが、あいつが出てきたということはまず間違いなく酒吞童子もいるはずだ」
「そうだろうな。たぶん、今回の首謀者は酒吞童子だと思う。戦う前に茨木童子が言ってたんだ、計画の発動がどうとかって。……ディアナ、結界の揺らぎが一番大きくなる時間は?」
「そうだな……」
「それなら、明日の午後八時から十二時までの四時間。その中でも、午後十一時半頃だろう。最新の計測結果からの推測だから、誤差はほとんどないと思うよ」
いつの間に立ち直ったのか、平然と立つ健吾が口を挟む。
もう一撃くれてやろうかと思ったが、おもむろに口を開いた統也に止められた。
「午後九時半からの二時間。向こうも同じ情報を持っているとすれば、この間に大攻勢をかけてくると思う。たぶん、いや、間違いなく連中の目的は霧生の霊脈。何をするつもりかは分からないけど、その二時間『大樹』を守り切ればいいはずだ」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
涼が首をかしげながら尋ねる。氷雨も同感のようで興味深そうにしている。
統也を見ればじっとこちらを見ていた。私に説明しろと言いたいようだ。
仕方なく軽く咳払いをしてから口を開く。無論、視界の端でにやにやと笑う健悟に制裁を加えることを心に刻んでからだ。
「確かに奴らの物量は圧倒的だが、それも無限というわけではない。本来妖魔というものは自分の意思で人間界に出てくることは出来ない。今のように大気にマナが満ちているような状況でもなければな。それも上級妖魔に限った話であり、中級以下の妖魔には出来んことだ。おそらく連中の大半は酒吞童子が大気中のマナを使って無理やり呼び出したものだろう。妖魔の性質上、より力のある者に従う。それが召喚者ならなおさらな。つまり連中は酒吞童子の指示で動いているということだ。そうである以上、むやみに攻めてくることは考えにくい。来ないなら来ない、来るなら……総力戦だ」
わかったか?と二人に視線を向けると、涼は得心がいったように頷き、氷雨は首をひねっている。
「なるほど、そういうことか……」
「……涼、今ので分かったのかい?」
「うん、大体はね。……姉さん、分からなかったの?」
「ま、まさか、簡単じゃないか。うん、ははははは……」
涼の疑わしげな眼に冷や汗を流しながら乾いた笑い声を上げる氷雨を見て確信する。
絶対分かってない。
統也もその様子に苦笑している。健吾も同様だ。
「それにしても……。健吾、今までにこんなことがあったか?私の知る限りではこれほど組織的な襲撃はなかったはずだが……」
「そうだね、僕も初めてだよ。……っと、悪い」
私の疑問に頷いた健吾は、携帯の呼び出しに医務室から出て行く。
しばらくして戻ってくると、私に学園長室へ行くように言い、三人には今日は休むように伝えて去って行った。
わずかに焦りを見せるその後ろ姿に違和感を覚え、早々に医務室を出て学園長室に向かう。
「ディアナ、もういいのか?」
「ふん、あれだけ焦りを見せておいて良く言う」
困ったな、と頬を掻きながら苦笑する健吾を促して学園長室へと足を向ける。
健吾は魔法協会の幹部クラスの中では最年少だが、それでも周囲にいらぬ動揺を与えぬよう本心を隠す術には長けている。その健吾をして周囲に焦燥を悟らせるような振る舞いをさせる出来事とはどれほどのものなのか。
不穏なものを感じながら足を踏み入れた学園長室で私たちを待っていたのは爺一人。
たった三人?
健吾を動揺させるほどの出来事を話すのにたった三人だと?
怪訝に思いながらも手近なソファに身を沈める。
「統也君の様子はどうかの?」
「身体、精神ともに問題はありません。今頃は氷雨君たちと話しているでしょう」
「そうか、それは良かった」
「爺、さっさと本題に入ったらどうだ?」
痺れを切らしてそう切り出すと、爺は楽しそうに笑う。
「おお、これはすまなんだな。では、本題に入るとしよう。ディアナも統也君のところへ行きたいじゃろうからの」
「う、うるさいっ!」
叫んでから後悔する。これでは爺の言ったことを肯定しているようではないか。
「ほっほっほ、まあ落ち着け。……それで、本題というのはじゃな、六時間ほど前、B―27エリアにて確認された魔力についてじゃ」
B―27エリアの魔力。間違いない、あの時のものだ。
たったそれだけの言葉で、先程までのふざけた空気が霧散した。
健吾が体を強張らせていることに気が付いたが、今はそれどころではない。
「計測された魔力のパターンを照合した結果、その魔力を発した人物が特定できた」
魔力を発した人物?
そんなものは決まっているだろう。あの場には統也と茨木童子しかいなかった……!?
ま、まさか、そんなはずはっ!
「その人物の名は……」
やめろ、その先は……!
「鷹司統也じゃ」
「バカなっ!そんなはずはないっ、統也にあれほどの魔力はないんだぞ!?」
「じゃが、事実じゃ。計測された魔力と統也君の魔力。二つの魔力パターンが完全に一致したんじゃ、疑う余地などありゃせん」
そんな……、あいつが、統也があれほどの魔力を……?
「ディアナ、お主に鷹司統也の監視を命ずる」
「学園長、それはっ……」
「何、することは今までと変わらん。じゃが、もし不審な動きを見せた時は……」
学園長室での爺の言葉が耳から離れない。頭の中をぐるぐる回って木霊する。
『もし不審な動きを見せた時は……処分せよ』
『見せた時は……処分せよ』
処分。その言葉の示す意味はただ一つ。
それは嫌というほどわかりきっている。この霧生において、その手の仕事を最も多くこなしてきたのは、ほかならぬ自分なのだから。
判断としては間違ってはいない、いや、むしろ、正しい。
あれほどの魔力だ、それを解放した統也の存在は、ただそれだけで脅威だ。処分できるのは私以外には存在しない。それは分かっているのだ。
それでも、出来ない。出来る訳がない。
統也は私を家族だと言ってくれた。最古の吸血鬼として忌み嫌われた私を、無条件に受け入れてくれた。一人にしないと約束してくれた。
その統也をこの手で処分することなど、私には出来ない。
私は弱くなった。鷹司統也という一人の男とであったことで、どうしようもなく弱くなってしまったのだ。
足を止める。見上げた先には医務室のプレート。
室内に感じられる気配は一つ。まずまずの魔力を内包したそれは間違いなく統也のもの。
あの時は気付かなかったが、確かにあの強大な魔力は統也の魔力とまったくの同一。少なくとも、知覚出来る範囲での違いはない。
軽く頭を振って思考を切り替え、ドアノブに手を伸ばす。
そこで異変に気が付いた。
これは、人払いの結界?
気付かれないように注意しながら結界に干渉し、室内の様子を覗く。
明かりはついておらず、室内は闇に沈んでいる。目を凝らすと、中央に置かれたベッドの上に蹲る人影を見つけた。統也?
耳を澄ませば、聞こえてきたのはくぐもった苦悶の声。
それに気付いた時には、結界を相殺し室内に飛び込んでいた。
「おいっ、どうした……っ!」
その背中に触れてぞっとした。
熱い。
こちらへ来てすぐのころに『楽園』内で倒れた時同様、信じられないほどの熱を持っている。
馬鹿な、魔力は十分にある。こんなことになるはずがない。
いったい何が起こっているっ!?
「ちっ、うろたえている場合かっ」
とにかく、なんとかして体温を下げなければならない。
原因は分からないがこれだけの高熱だ、放っておけばまずいことになる。
視線を巡らせれば、部屋の隅に小さな冷蔵庫が備え付けられていた。
あの中には氷か何か、体を冷やせるものが入っているはずだ。
そう考え立ち上がろうとしたところで腕を掴まれた。
「統也、少し待っていろ。体温が下がれば少しは楽になるはずだ」
そう言って手を放させようとするが、外れない。
決して強く掴まれているわけではないのだが、どれほど力を入れても指の一本すら外すことが出来ない。
「だ、大丈夫……だから。しばらく……すれば……収まる……」
息も絶え絶え、と言った様子で、けれど強い意志を込めて言う統也に、仕方なく椅子に腰を下ろす。
統也の口振りから察するに、この手の症状が出たのは初めてではないのだろう。実際、この部屋に入った時に比べて、僅かではあるが落ち着いてきているように見える。もっとも、統也がそれを演じていなければ、ということを前提としての話ではあるのだが。
それにしても、といまだに荒い呼吸を繰り返す統也を眺めながら思う。
こいつに関しては分からないことが多すぎる。
あの時観測された膨大な魔力然り、今のこの状況然り。
落ち着いたら一度問い詰めてみる必要があるだろう。元よりそのつもりでここへ来たのだ。
そのことに思い当って頭を抱えたくなった。
いくら突然の出来事だったとはいえ、一時でも本来の目的を忘れていたことが、それほどまでに動揺してしまったことが情けない。
この男が目の前に現れてからというもの、調子を狂わされてばかりだ。
らしくない。かつて、闇の眷族『常闇の吸血姫』として怖れられた、現存する最古の吸血鬼たる、このディアナ・K・ブリュンヒルデともあろう者が。本当にらしくない。
しかし、同時に思う。こんな生活も悪くはないと。
統也がこの世界に現れてから二週間。たった二週間だ。それでも統也とヴァルと自分、この二人と一体での生活は、そう思わせるのに十分過ぎるものだった。ともすれば、この十数年間よりも遥かに濃密だったと思えるほどに。
口元が緩むのを感じながら目を閉じれば、瞼の裏にこの二週間で目にした様々な光景が甦る。
すべての始まりとなった夜の森での邂逅(出会い)。そこで見せた桁外れの戦闘力。一転して困ったように笑いながらヴァルと戯れる姿。料理を口にする私を見つめる不安そうな顔。まあまあだと言ってやれば無邪気な笑顔。そして、時折見せる穏やかな微笑。
思い出して、かぁっと顔が熱くなるのを感じた。あわてて記憶の反芻をやめ、目を開く。
視界いっぱいに映ったのは、俯き加減の私の顔を覗き込む何とも奇妙な表情を浮かべた統也の顔。
「……何やってんだ?」
見られたっ!?
何とか誤魔化そうと口を開くが、こんな時に限って言葉が見つからない。
中途半端に口を開いたまま、ただ時間だけが過ぎていく。
その気まずい沈黙を破ったのは統也の方だった。
「ま、いいや。で……どうしてここに?学園長に呼ばれたんじゃなかったのか?」
話題を変えてくれた統也に、胸中でひそかに感謝。
「そ、それはもう終わった。……ここに来たのは、聞きたいことがあるからだ」
若干の間をとり、意識を魔法師『常闇の吸血姫』としてのそれに改変する。
それによって『こちら側』の問題だと気付いたのだろう、統也も表情を引き締めた。
「単刀直入に聞く。お前は一体何者だ?」
「……」
その問いに対する答えは沈黙。一見無反応のようにも見えるが、ほんの一瞬、表情が強張ったのに気付いた。
やはり、こいつは何かを隠している。
「今から六時間前、いや、もう七時間前か、お前が酒吞童子と対峙したエリアにおいて、莫大な魔力が観測された。その総量はおよそ五万」
ここまで語ってもなお、すべての感情を排したかのような無表情に変化はない。否、努めてそうしている、と言った方が正しいか。
しかしそれも無駄なこと。眼光にそれまで以上の力を込めて統也を見据える。
そして、ジョーカーを切った。
「観測された魔力とお前の魔力、その魔力パターンが一致した。……あれをやったのはお前だな、統也」
問いかけではなく確認。
私とてにわかには信じられなかったが、これは事実。確定事項だ。覆ることは、無い。
統也もその考えに至ったのだろう。ふっと表情を和らげると、困ったように苦笑した。
「はぁ、こっちの魔的技術を甘く見てたな、まさかあの一瞬でそこまで分かるなんて。……ああ、そうだ。あれをやったのは俺だよ、ディアナ」
「何故黙っていた」
「聞かれなかったから」
「質問を変えよう、なぜあれほどの魔力を隠していた。お前の目的はなんだ」
「……」
固く口を閉ざしたまま、統也は答えようとしない。
その態度に業を煮やし実力行使に出ようかと考え始めた頃、ようやく統也が口を開いた。
「俺は、純血の人間じゃない」
その言葉に耳を疑った。しかし、同時に納得している自分がいる。
「俺は、人外と人の間に生まれた混血だ」
統也の言うことが事実だとすれば、あの時観測された魔力にも説明がつく。
人間という種は本来脆弱な存在だ。
私たち吸血鬼のような超越種や妖魔と言った人外の存在は、個体差こそあれ、もともとその体にある程度の魔力を秘めている。もちろんそれは人間も同じだが、一般的な人間の魔力は下級妖魔にさえ大きく劣る。だからこそ、人の身でありながら大きな魔力を宿す者が魔法師などと呼ばれるのだ。
それでも、人間と人外の間には越えられない壁がある。
どれだけ魔力量が多い人間であっても、その上限はせいぜい三万程度。
それに対して、あの時統也が発した魔力から算出された潜在魔力量はおよそ五万。どう考えても人間の範疇を越えている。
統也が人間であるという前提のもとで考えれば異常な数値でも、人外との混血だとすれば充分有り得る話だ。もちろん、驚嘆に値するものではあるのだが……。
だが、そこで疑問が生じる。
統也が混血だとするなら、今まで私が気付けなかったことがおかしいのだ。
魔力探査はあまり得意ではないが、それでも人間と比較すればその制度は遙かに高い。詳しい種族の特定は出来なくとも、混血であるということくらいは分かる。そのはずなのだ。
にもかかわらず、私は統也が生粋の人間であると信じて疑わなかった。
そこであることを思い出す。
いつだったか、夜の森で菊川の小僧が言った言葉。
『鷹司統也からは人外の臭いがする』
いや、あれをあの場で言ったのは小娘の方だったか。まあ、そんなことはどうでもいい。
一つだけはっきりしていることは、統也が現れて間もないころにはすでに材料は与えられていたということ。
あまりに無様。あまりに滑稽。
己の不甲斐無さを自覚し頭を抱える。
「ディアナも知ってるだろうけど、人間という存在は、妖魔や超越種に比べてその概念が遙かに軽い」
そんな私に気付くことなく統也は続ける。
「本来ならそうそう起こることじゃないけど、俺の場合、人外である父親の存在が持つ概念が重すぎたんだ。それを放っておけば、鷹司統也という個人を形成する概念のうち、人外としての概念が人間としての概念を押し潰してしまう。そうなったら最後、究極の一たる万物の根源『アカシック・レコード』に記録された『鷹司統也は混血である』という記録と、そこに存在する『鷹司統也』との間に矛盾が生じる。その結果として、混血として生きてきた『俺』という人格に世界の修正力が働き、俺の自我は崩壊。理性という鎖を失った『鷹司統也』は、本能のままに破壊と殺戮の化身と化す。それを防ぐための拘束具が、この腕輪なんだ」
右手首にはめられた革の腕輪を左手で握りながら言う統也の横顔は、穏やかな微笑。
「これには父さんの魔力が込められてる。その力によって俺の中に潜む人外の血を封印し、浸食を防いでるんだ。つまり今の俺は、ちょっと魔力の多いだけのただの人間、ってことだな。あの時はかなり追いつめられてたからさ、仕方なく封印を解除しようとしたんだ。観測されたのは、たぶんその時に溢れ出した魔力だと思う」
なるほど、人外の血を封印していたのならば、私が気付けなかったのも無理はない。
血の薄まった統也でさえあれほどの魔力を秘めているのだ、その父親となればそれこそ桁外れの魔力を持っていたのだろう。
そんな、文字通り次元の違う魔法師、いや、魔術師の施した封印だ。本人から聞かされなければ誰も気付けないだろう。
そこでもう一つの疑問が浮かぶ。
「もう一つ聞いていいか?」
「さっきのこと、だろ?」
間髪入れず帰ってきた確認の声に頷く。
「あれは、何て言うか……魔力の暴走、かな」
「魔力の暴走だと?……なるほど、そういうことか。封印を施した状態のお前はあくまで普通の人間。そこに開放しかけた莫大な魔力が取り残されたために、行き場を失った魔力が体内で暴走した、というわけか……」
「まあ、そんな感じだな」
その言葉を聞き、思考に埋没した私は気付かなかった。それに続くかすかな呟きに。
それを聞いていれば、もしかしたら気が付いたかもしれない。
苦痛に苛まれながら統也が発した言葉の本当の意味に。
統也の危うさの正体に…。