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第十三話

「本当に出鱈目な奴だな、あいつは」

 

眼前で蠢く無数の異形を薙ぎ払いながら嘆息する。

統也が警戒を強化するように言ってきたのはほんの十分程前。

その必要はないと思っていたが、従って正解だったようだ。

各方面に総勢千を超える大群が現れ、どこもかなりの乱戦になっているらしい。

大半は下級の鬼や鳥族のようだが、数体の中級妖魔も確認されたという。

どちらも近年、少なくとも、私がここに来てからは無かったことだ。


「それにしても嫌な予感、か……」

 

嫌な予感。統也が警戒の強化を命じた理由がそれだ。

確かに、長年『こちら側』で生きてきた者は、少なからずそういた不穏な空気を感じ取ることが出来る。いや、それが感じ取れない者は早々に散っていく、と言った方が正確かもしれない。

しかし、これは些か行き過ぎではないだろうか。

数百年の長きにわたり『こちら側』に携わってきた私にも、統也の言う嫌な予感は感じられなかった。それはこの霧生にいる魔法師や傭兵も同じだろう。

統也の持つ、いわゆる第六感というものがずば抜けている、と言ってしまえばそれまでかもしれないが、仮にそうだとしてもここまで都合良く行くものだろうか。


「まあいい、私には関係のないことだ」

 

鷹司統也という人物が一体何者なのか、ということに疑問を感じないと言えば嘘になる。あの男には謎が多すぎるのだから。

それでも、それは今考えることではないだろう。

あいつは、私が信じるに足ると認めた数少ない人物の一人なのだから。

それに、私は……。

自分の考えに顔が熱くなるのを感じた。

二度三度と頭を振り、思考を切り替えようと試みるが、一度頭に浮かんだ考えは簡単には消えてくれない。むしろ、一層思考が加速する。

周りに鬼どもがうじゃうじゃいるという状況で何をしているのか……ん?鬼ども……うじゃうじゃ……?


「なんだ、簡単なことじゃないか」

 

思わず笑みが浮かぶ。

視線の先には何も知らぬ哀れな亡者ども。

貴様らに踊ってもらおうか。くくっ、せいぜい楽しませてくれよ?」


 

背後に迫る剛腕に気付いたあの時、死を覚悟した。

野太刀を振り切り、完全に動きの止まった僕にそれをかわす術はない。

絶望に塗り潰された思考の中で、姉に謝った。ごめん、と。

しかし実際はどうだ。

無様にも尻餅をついた僕の視線の先、そこにあるのは漆黒の背中。

なぜ彼がここに?


「生きてるか?菊川弟」

 

僕をこんなふうに呼ぶのは一人しかいない。しかし、彼は今本部にいるはずだ。


「どうして、あなたが?」

 

何とか絞り出せたのはそれだけ。それでも闇色を纏った彼、鷹司統也は笑って答えた。


「どうも嫌な予感がしたんでな。無理言って出てきたらこれだろ?流石に焦った」

 

その間も休むことなく群がる異形を屠っていく。

一切の無駄なく、この場に存在するすべてを見通しているかのごとく縦横無尽に刀を振るう。

その動きは止まることを知らぬ流水の如し。銀の剣閃が煌くたびに、数体の異形が断末魔の叫びを上げて崩れ落ちた。


「あー、とりあえず手伝ってくれねぇか?流石に二人を守りながらじゃきつい」

そう言われて初めて気が付いた。呆然とする僕の周囲にいた異形は駆逐され、姉さんを取り囲んでいたモノたちも消え去っている。


「そ、そうだね。でも、残念ながら弾切れなんだよ」


「そうなのか?」

 

まいったな、と頭を掻きながらさらに一体斬り捨てた。そのちぐはぐな姿に笑ってしまう。


「じゃあ、こいつ使えるか?」


差し出されたのは今まさに異形を斬り捨てた日本刀。

かなりの業物なのだろう、美しい刀身がわずかな光を受けて輝いている。

かすかだが魔力も感じられる。アーティファクトだろうか?


「あ、ああ、一応使えるよ……?」

 

だったら使うといい、と日本刀を地面に突き立て背を向ける。


「それは俺の父さんの形見だ、切れ味は保証する」


「統也さんはどうするんだい?」

 

刀を引き抜きながら尋ねる姉さんに、握った拳を掲げて笑う。


「心配しなさんな、俺にはこれがある」

 

右足をわずかに下げた半身の態勢で、両腕はだらりと下げたまま。

構えらしい構えをとることもなく、一見すると隙だらけだ。

しかし、細められた漆黒の瞳は前方に蠢く異形を射殺すかのように鋭い。


「お二人さん、準備はいいか?」

 

剣呑な眼差しとは違い、何ら気負いのない声音。


「いつでもいいよ」「いつでもどうぞ」

 

ほぼ同時に発せられた僕と姉さんの声に「それじゃあ、行きますか」と言ってわずかに腰を落とす。


「無理はするなよ」

 

その言葉を残して鷹司統也の姿が消える。

直後、大地を揺るがすような踏み込みと共に一体の鬼が爆散した。

刀を振るっていた時とは違い、立ち塞がるものを悉く叩き潰すかのような拳打の嵐。

そこに巻き込まれた鬼達は、見る間にその数を減らしていく。


「圧倒的だ……」

 

大半が鷹司統也に群がり、僕たちの方へ向かってきたのは三割にも満たない。

数十の異形に囲まれてなお、その顔から余裕が失われることはなかった。

掌底が、拳打が、蹴撃が叩き込まれるたびに、炎に焼かれ、雷撃に苛まれ消え去っていく。

わずかな停滞もなく、暴風のごとく異形の群れを薙ぎ払う。

その動きが止まった時、この場に居たのは僕たち三人だけだった。


「ふう、これで一段落かな」

 

百近い数の異形を殲滅した直後とは思えない軽い口調に気が抜ける。


「そうみたいだね」

 

姉さんも口調こそ普段通りだが、その口元がわずかに引き攣ったのを僕は見逃さなかった。

鷹司統也は背を向けたままポケットから携帯を取り出し、どこかに連絡を取っている。おそらく遊撃隊の本部だろう。他地区の状況を尋ねているようだ。

やがて安堵の息とともに携帯をしまい、振り返った。


「ここは俺が受け持つから、お前らは今のうちに休んどけ。特に氷雨、弾切れじゃまずいだろ」

 

正直に言って疲労はかなりのものだ。時間を確認すると午後六時過ぎ。配置に着いてからすでに六時間が経過していることになる。深夜から明け方にかけて最も忙しくなることを考えると、そろそろ休息を入れた方がいいかもしれない。

視線を向けてきた姉さんに頷きを返す。


「そうだね、そうさせてもらうよ」


「ゆっくり休めよ。まだ長いんだからな」


「あなたに言われるまでもありません」

 

やっぱり姉さんと鷹司統也が話していると面白くない。

苦笑する鷹司統也に背を向けて歩き出す。

途中で一度だけ立ち止まり、振り返ることなく言う。


「……あ、ありがとう、ございました」

 

口に出してから後悔した。

ただでさえ恥ずかしいというのに、そのあとの沈黙がさらに羞恥を煽る。

ちらりと背後を窺うと、呆気にとられたような二人。

沈黙に耐えきれなくなって足早に立ち去ろうそしたとき、鷹司統也が口を開いた。


「そんなこと気にしてたのか?」

 

思わず振り返ると、困ったような苦笑いを浮かべながら続ける。


「別にいいさ、そんなこと気にしなくても。俺達は仲間だろ?仲間を助けるのに理由なんかいらない。しいて言うなら、俺がお前らを死なせたくなかったからだ。まあ、それで弟君の気が済むなら、礼は礼として受け取っておくけど」

 

そう言って笑う姿に、姉さんが惹かれた理由が分かった気がした。

鷹司統也という人物は今まで出会ったどんな大人よりも純粋なのだ。子供がそのまま大きくなったように純粋で、自分のことなど顧みず。おそらく、誰かを守ることで自分が傷つき倒れても、笑ってそれを受け入れるのだろう。


「……涼」

 

気付けばそう言っていた。


「ん?」


 聞き取れなかったのか首をかしげる鷹司統也に、もう一度はっきりと言う。


「涼でいいです」

 

呆気にとられる鷹司統也。視界の端で苦笑を浮かべる姉さんに気恥ずかしさを感じる。

視線を逸らしてしまってから、これではまるで照れ隠しではないか、と気付く。余計に恥ずかしくなった。


「さ、先に戻ります」

 

逃げるように歩きだしたところで呼び止められ、仕方なく足を止めた。


「あ、おい、待てよ。俺のことも統也でいい……といっても、呼びたくなければ別にいいけど」

 

そんなことでいちいち呼び止めるなよ、僕は早くここから立ち去りたいのに。

こちらの内心のことなど露知らず、と言った様子で嬉しそうに微笑む姿にため息一つ。

恥ずかしがっている自分が馬鹿みたいだ。


「分かりました、では、統也さんと」


もういい、開き直った。


「ああ、分かった。しっかり休めよ?頼りにしてるからな、涼」

 

そう言って笑う鷹……統也さんに僕も笑って返す。


「ええ。それでは、先に休ませてもらいます。統也さんもお気を付けて」

 

驚きを隠せないのか、姉さんが目を瞬かせているが、気にしない。

手を振る統也さんに軽く頭を下げて本部の仮眠室へ向かう。

妙に心が軽かった。

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