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第十話

「来たれ氷の精。神速の矢となりて敵を討て。魔弾の射手、集束、氷の一九九柱」

 

ディアナの手から放たれた一九九の鋭い氷柱が、獲物を打ち抜かんと殺到する。単発で巨岩を粉砕する氷の弾丸が着弾するたびに、前方に突き出した右腕に重い衝撃を感じる。


「っ、なんて威力だよ、まったくっ」

 

全力で障壁を展開することおよそ十二秒。ようやくおさまった氷弾の雨にほっと一息つく。

間違いなく、今までの人生で最も長い十二秒だっただろう。もし途中で障壁を破られれば、それは命に関わるのだから。


「ほう、これも受け切れるか」


「おいこら、何意外そうな声出してんだよ……。止め切れなかったら死んじまうじゃねぇかっ」

 

驚いたように言うディアナに、流石に腹が立った。

確かに、気を抜けば死ぬぞとは言われたが、止められるかもわからないようなものを食らうなんて聞いてない。ぎりぎり止められたからよかったものの、駄目だったらどうするつもりだったんだ。


「今のは結構本気だったんだがな……」


「……もういいや」


「マア、頑張レヨ」

 

悔しそうに呟くディアナに肩を落とし、半ば投げやりに言った俺をヴァルが励ましてくれる。

ヴァルは口は悪いが良い奴なんだと気付いたのは、ディアナとの修行が激化してからすぐのことだった。こうして励まされたのは、もはや数えるのも面倒な回数に上っている。


「ソレニシテモ、アンナニ楽シソウナ御主人ヲ見タノハ久シブリダゼ」


「あれが楽しそう、なのか?こっちとしてはかなりきついんだが……」


「御主人ハ気ニ入ッタ相手ニシカ感情ヲ見セネェカラナ」

 

そう言ってディアナを見るヴァルの顔は、人形である以上表情こそ変わらないが、とてもうれしそうに見えた。


「おい、統也。誰が休んでいいと言った」


「ああ、わりぃ」

 

ヴァルを頭の上に乗せ、ディアナに近付く。


「まったく、出鱈目だなお前は。時間の流れの遅い『楽園』内で修行しているとはいえ、まだ一週間だぞ。そんな短期間で私の本気の魔弾の射手を受け切るとは」


「お前ね、かなりぎりぎりだったんだぞ。お前は俺を殺す気か?」


「うっ……。お、お前が悪いんだ!」


「ケケケケケ、嫉妬カヨ御主人。ミットモネェゾ」


「うるさいっ、このボケ人形が!」


からかうように笑うヴァルに制裁を加えようとディアナは俺の頭上に手を伸ばすが、いかんせん身長差があるせいで手が届かない。それを見てヴァルが笑い、ディアナの怒りをさらに煽る。


「お前ら、いい加減にしろって」

 

ぴょんぴょん跳びはねるディアナの頭を撫でながらヴァルの頭を小突く。抗議の声を上げる一人と一体を無視して、脱線しかけた話を元に戻す。


「いくら頑丈だっていっても、全魔力注ぎこんでこれだぞ?あんまり意味ないんじゃないのか?もし破られたらすっからかんだもんよ」


「まあ、それはそうだな。だが、障壁の展開に慣れてくればより少ない魔力で効率的な形成が可能になる。魔力量を増やすのは簡単なことではないが、経験さえ積めば効率的に使えるようになる。今の段階でこの強度ならかなりのものだ」


「そんなもんか」


「……さて、そろそろ次の段階へ進むぞ。防御面は上々、魔力量も少しづつ増えてきている。あとは攻性魔法のバリエーションが増えれば、晴れて一人前だな」


「攻性魔法、ねぇ。あんまり柄じゃないんだよなぁ、ああいう放出系のって」


「バカ者、確かにこれから教える上級以上の魔法は魔力の消費量こそ多いが、使いどころを誤らなければ、下手に中級以下の魔法や体術で戦うよりも遙かに消耗の度合いが小さくなるんだぞ?」


「それは分かってるんだけどなぁ……。まあ、仕方ないか、使えないよりは使えた方がいざって時に役に立つだろうし」


「そういうことだ」

 

ディアナは呆れたように言って、足元に置いてあった分厚い魔法書を手に取った。


「お前の使える属性は、火、雷、闇、と言ったところか。攻性魔法に関してはどの属性もそれなりに使えるようだが、威力、効率の点ではこの三つが抜きんでている。逆に、補助系統の呪文は属性に関わらずほとんど使えんようだがな」

 

こんな所も出鱈目だな、と呟くディアナに苦笑するしかない。

ディアナの言うとり、俺の特性は攻性魔法に偏っているらしい。初日に魔弾の射手が使えるようになったのも、これが関係しているのだろう。もっとも、補助系統の魔法がほとんど使えない以上、誰かのサポートがなければ長時間戦うことは出来ないのだが。


「とりあえず、この三つの属性に絞っていくぞ。といっても、防衛戦までに修得できるのは一つか二つだけだろうがな。統也、希望の属性はあるか?」


「そうだなぁ、ディアナから見て一番短期間で行けそうなのはどれだ?」


「適正から判断するなら、火、だろうな」


「だったら、火でいくか。中途半端になるよりは、少しでも完成度を上げた方がいいだろうし」


「ほう、珍しく真っ当な意見だな」


「変ナモンデモ食ッタンジャネェノカ?」

 

どいつもこいつも好き勝手言いやがって。俺だってそれくらいのことは考えてるっての。


「オイ、それじゃあ俺がいつもバカげたことばっかり言ってるみたいじゃねぇか」


「ふん、私が気付いていないとでも思っているのか?ここでの修行以外に一人で隠れてやっているような奴が言っても、説得力の欠片もないぞ」


「うっ……」

 

半眼で睨まれ、思わず言葉に詰まる。


「気付いてたのか……」


「当たり前だ。まったく、お前は修行と苦行を勘違いしてるんじゃないのか?この間のように魔力切れで倒れても知らんぞ?」

 

追い打ちをかけられ、両手を地面に突いてうなだれる。


「まあ、今更何を言ったところで聞かんのは分かっているが、そんなことを続けていたら近いうちに死ぬぞ?」


「ついさっき殺しかねない攻撃を仕掛けた奴のセリフとは思えんね」


「うるさい」

 

せめて一矢報いようと放った一言も、ディアナの一睨みであっさり斬って捨てられた。

師匠、アリア、俺はこの吸血鬼な金髪少女には勝てないようです。


「ほら、いつまでそんなことをしている。さっさと始めるぞ。……まずはこのあたりから行ってみるか」

 

そう言って魔法書を開いて見せるディアナに、気を取り直して立ち上がり、ディアナの示すページに視線を落とす。何やら小難しそうな事が書かれているが、全部読むのはめんどくさいので重要そうなところだけに目を通す。


「えーと、なになに。燃え盛る浄化の炎」


「なっ、おい、よせっ……」


「我が手に宿りて其を食らい尽くせ。紅焔っ」

 

ディアナが何か言っていたようだが、無視して詠唱を完了させる。

頭上に掲げた右手を振り下ろすと、かなりの魔力が吸い出されていくのを感じた。しかし何も起こらない。首をかしげていると、ぽかんとしていたディアナとヴァルが噴き出した。


「く、くくくくくっ、あっはっはっはっは。な、何をしているんだ?くくく……」


「ケケケケケケケケ、面白スギルゼ侍ッ」

 

笑い続ける一人と一体にムッとして、先ほどよりも生きよいよく右腕を振り下ろした。すると肘のあたりを起点として、右手が紅蓮の炎に包まれる。そのまま地面に叩き付けるように振り抜くと、炎が爆発的に肥大化し巨大な火柱を形成した。


「なっ」


ディアナの驚愕の声を無視して、しなりながら振り下ろされた火柱が大地に叩きつけられた瞬間、轟音とともに土煙が舞い上がった。


「ごほっ、ごほっ。な、なんだこれ……」


「ば、バカ者っっっ!殺す気かっっ!」

 

呆然と呟いた俺に物凄い勢いで掴みかかってきたディアナが、目に涙を浮かべながら今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。


「そ、そんなこと言われたって、俺だってこんなことになるなんて……」

 

目の前の大地に穿たれた巨大なクレーターに開いた口がふさがらない。上級魔法の桁違いの破壊力に言葉が出ない。この世界の魔法師と呼ばれる連中は、こんな恐ろしいものを使うっていうのか……。


「……お前、本当に人間か?」

 

ディアナがこぼした呟きに、一瞬体が強張る。


「本当に、どこまで出鱈目なんだ……。初めて使った魔法でここまでの破壊力を叩き出すなど。信じられん……」

 

単純に驚いているだけのような様子に、思わず安堵の息を吐く。

そんな俺の様子を不審に思ったのか、ディアナが不思議そうに見てくるのに気付かないふりをして、何事もなかったように口を開く。


「一体何だったんだ?一回目は何も起こらなかったのに……」

 

ディアナはそれ以上追及することもなく、思案顔で顎に手を当てた。


「ふむ、一回目の段階で発動したのは確かだろう。問題は、なぜその時すぐに放出されなかったのか、ということか……。統也、何か気付いたことはないのか?」


「気付いたことっていうか、二回目は一回目よりも強く腕を振り下ろしただけなんだよな……。そこに何かあるんじゃないか?」


 一回目と二回目の違いといえば、それくらいしか思い当たらない。


「分からん以上は仕方がないな。こいつを使うときは可能な限り強く腕を振る、か。こんなケースは初めてだぞ。本来魔法の発動に外的要因は関係ないはずなんだがな……。まあ、そもそも出鱈目なんだ、この程度の例外は気にするだけ時間の無駄だな」


「人のこと出鱈目出鱈目言うなよ」


「実際お前は出鱈目なんだ、事実を言って何が悪い」

 

ディアナの呆れたような物言いに反論できない。認めたくはないが、ディアナの反応を見る限り俺は本当に出鱈目なのだろう。ヴァルも最初に会った時に同じようなことを言っていたわけだし。どうやら、俺はどこまでも異端らしい。


「消費した魔力量と威力から見れば、まずまずと言ったところだな。もっとも、威力を調節できないようでは実戦では使えんが。とりあえず、こいつをある程度コントロール出来るようになるまで次はお預けだな」

 

そう言って今日の修行の終わりを告げたディアナを追ってゲートへ向かう。

その途中、先程自分で作ったクレーターを見て、背筋が寒くなった。上級魔法であれだけの威力を生み出すのだ。もし純粋な魔力が暴走したらどれほどの破壊をもたらすのか、考えただけでもぞっとする。

無意識に右手首のリストバンドを握りしめていた自分に苦笑する。何を恐れているんだ。これを使わなければならないような事態になれば、それ以外に選択肢はないということ。そんなことになる前にけりをつければいい。そのための修行なのだから。

胸にわだかまる不安を押し殺し歩き出す。今は自分に出来ることをするしかない。それが、俺を送り出してくれた師匠やアリア、この世界で俺を受け入れてくれたディアナたちに報いることになるはずだから。

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