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003 『塵は塵に』

「御意のままに」


 無感動に拳銃が応えると、レッドライダーがアクセルを吹かしながら前輪を持ち上げた。オフロードのバイクレースで良く見る、ウイリー走行だったか? 見た目が派手で如何にもこれから突っ込むぞ、と言った風だが、ホースマンはそうはしなかった。

 燃え盛る炎が一瞬で消えたかと思えば、肩を回すようにフロントフォークがくるりと半回転。いや、回転しているのはフロント部分だけではない。至る所でマシンを形成してパーツが回転し、展開され、収納されて行く。複雑な折り紙を折るようマシンの外観は変化し、四輪のバイクだった物が燃える鎧を纏う騎士に似た姿へと落ち着いた。

 血色の深紅をした鎧の騎士は、最後にフルフェイスの兜の首元に手を伸ばすと、バイク形態時はハンドルだった物をそれぞれ左右の手で引き抜く。同時、大気を焦がす音と共にハンドルの先端から輝き燃える光の刃が伸び、その切っ先をミルメコレオへと静かに向けた。

 と。先程までの雄叫びと轟音が嘘のように、血色の騎士と蟻獅子の間の空気が張り詰めて静寂が訪れる。

 片道一車線のボロいアスファルトの上で燃える剣を両の手に構えるレッドライダーに、身を屈めて攻撃のタイミングを窺うミルメコレオ。その様子はまるで一枚の絵画のようであるが、同時に凄まじくシュールだ。シリアスな笑いと言うのだろうか、その真面目さが逆に滑稽だ。

 だが、その膠着も一瞬。


「――――!」


 両者の間に何らかの変化があったのか、血色の騎士が裂帛の気合を放つと同時に強くアスファルトを蹴って動いた。一歩踏み出す度に鎧の内の炎がその勢いを増して荒れ狂って内から溢れ出し、両手に握った炎の剣も一層眩しく輝きを放つ。

 三メートル近い血色の騎士がまるで熟練の戦士が如く剣を振るう。その姿には理屈なく心躍る。未来を見たように結果が頭の中に描かれる。


「行けっ!」


 気が付けば片膝をついたまま、拳を握りしめて叫んでいた。

 レッドライダーは右剣を閃かせてそれに応える。

 一刀両断とはまさにこのこと。神速を持って振り下ろされた燃える剣が、易々と獅子の頭と蟻の胴の繋ぎ目を切り離した。宙に残るは剣の軌跡を教える紅き残光と、断末魔を上げるライオンの首。統率を失った蟻の身体が無様に踊り、心臓が興奮に激しく脈打った。

 神話の生物には相応しくないアスファルトの地面に獅子の頭が落ちて転がる。と、数瞬の間を置いて、その姿は空に溶けるようにして消えて行く。


「ガアアアアァッ!」


 それを見て、血色の騎士が両手を広げて雄々しい勝鬨を上げる。


「勝ったのか?」


 拳銃から聞こえて来た無機質な声からは想像できない暴力的な感情の発露に少々面喰らいながら呟く。目に見えて脅威だったミルメコレオが消滅したからか、頭かすっと熱が降りて行く。固く閉じていた拳も自然と開いて行くが、しかし緊張感からは解放されはしない。

 痛みと死の恐怖で興奮していた内は何も感じなかったが、血色の騎士が持つ迫力と言うか圧力が半端ではない。少しでも気を抜けば頭を垂れてしまいそうな神々しさと、少しでも気を抜けばあらゆる安息を奪われてしまいそうな禍々しさが同居しており、とてもではないが俺の命令に従うような存在には思えない。

 奴が自己申告した『二つ目の封印』――とは、黙示録に語られる第二の封印のことだろう。詳しいことはにわか知識の俺は知らないが、神の怒りの代行者たる死の天使達の一柱であり、二つ目の封印から現れる天使の仕事はシンプルであり、人々から平和を奪う死と破壊の化身として描かれていたはずだ。赤い馬に乗っていることから通称は『レッドライダー』。

 そんな怪物が剣を収めることもなく、こちらへと近づいて来るのだから緊張するなと言う方が無理だ。なんだよ、どうしてこっち来るんだよ。褒めて欲しいのか? 頼みの綱は謎の拳銃だけで、引き金を引いてみるのだが先ほどから沈黙を守り続けている。


「ガアアアアァ!!」


 と。

 彼我の距離が五メートル程度まで近づいた所でレッドライダーが吼えた。地上から安寧を奪うと言うその本質が現れた叫びと共に、血色の騎士が手の届く距離まで迫っていた事に気が付いたのは、両手に握られた剣が振るわれた後だった。

 あ。死んだ?

 と、走馬燈のように反省が思い返される寸前に、頭の中に情報が叩き込まれる。遅れて頬を炙る熱風と赤い残光。なんとか悲鳴を堪えて真横に転がって背後を確認すると、そこには血色の騎士が突き出した輝く刃に左目を貫かれた獅子の顔が。

 一頭じゃあなかったのか。

 眼窩から入った剣はそのまま真っ直ぐに後頭部から突き出しているにも関わらず、ミルメコレオはその本能に従って口を開き、牙をむき出しにして俺を食らわんとしているようだった。その執念は獣と言うよりも昆虫を思わせる。

 が、その生命力も永遠ではなかった。元気? に暴れていたかと思えば、二頭目のミルメコレオは突如、糸が切れた人形のように動かなくなった。そしてホースメンが剣を引き抜けば、物言わぬ姿すらも煙となって消えて行く。どんな理屈で肉体が消えるのだろうか?

 しかしなるほど。謎が一つ解けた。世の中にミルメコレオの死体が見つからないのは、こうやって消えるからか。納得納得。

 な、わけあるか。

 現実逃避気味にそんなことを考えてしまったのは、血色の騎士が手の触れる距離まで接近し、俺を見下しているからだろう。近くに立たれるとよりその威圧感を強く覚えずにはいられない。三メートル近いであろう巨体、全身を覆う金属の重厚さ、その内に秘める膨大な熱量、そしてどうしようもない鉄錆の臭い。

 そんな戦争そのものが恭しく跪いた。まるで敵意を感じさせないその姿は、やはり俺の敵ではないと主張しており、「脅威の排除に成功しました」右手の拳銃が発した無感動な声もそれを後押ししてくれた。


「あ、ありがとう?」

「それが私の幸せです」


 返事が重い。


「えっと、貴方は何ですか?」

「私は貴方の敵の平和を奪うもの」


 思わず敬語で訊ねる俺に、血色の騎士は非常に抽象的な答えをくれた。

 これはやはり、最初に思った通りに親父を死に追い込んだ連中を追い詰める為に天が遣わせた存在という事で良いのだろうか? いや、あの神聖四文字はそんな殊勝なことをしてくれる神じゃあない。そもそも、十字教の神を俺は信じていないから、このレッドライダーに殺されることはあっても、生かされるなんてことがあるわけがない。

 じゃあ、こいつは何だ?

 ……………………。

 いや、どうでも良いか。この血色の騎士が俺の味方であるなら、そこは問題にならない。

 神が寄こそうとも、悪魔の誘惑であろうとも、関係あるものか。『親父を死に追い込んだ連中を追い詰める為に天が遣わせた存在』でなくとも、『親父を死に追い込んだ連中を追い詰める為に利用できる存在』であるならば重畳。

 (Dust)(To)塵に(Dust)

 ずっと考えていた。個人相手なら黒井相手にやったみたいに俺の暴力だけで間に合うが、もっと大きな連中を相手しようと考えるととても足りない。そもそも普通にやっていたら直ぐに捕まるだろう。

 が、レッドライダーが協力してくれると言うならば話は変わって来る。どれだけのことができるかは未知数だが、拳銃のような武器よりは遥かに暴力性が高いのは間違いない。それに加え、こんな馬鹿馬鹿しい御伽噺による攻撃を相手はどう予想する? 燃える剣で斬られた死体から、凶器の存在を警察は正確に判断できるだろうか? 単純な暴力の強さ以上に、こいつの不可解さは武器になる。

 そうだ。大切なのはそこだ。このレッドライダーがいれば、奴らに思い知らせることが出来る。テレビのリモコンの仕組みだとか、インターネットの起源だかと一緒で、誰が何のために作ったかだとかどうでもいいさ。

 俺が知るべきはそこだけだ。利用できる物は利用すればいい。

 それが善であるか悪であるかなんて興味もない。

 まずは、こいつを知ろう。何が可能で、何が不可能かを把握する必要がある。

 試しにミルメコレオに撥ねられたダメージをどうにかできないかと頼んでみたのだが、レッドライダーは首を横に振るだけ。少なくとも、怪我を治したりする奇跡は使えないようだ。まあ、戦争の化身であるなら当然と言うべきなのかもしれないが。

 しゃーない。我慢するか。骨は折れていないようだし、二三日大人しくしていれば治るだろう。多分。今日はタクシーでも呼んで帰ろう。疲れた。


「私がお運びしましょうか?」


 訊ねてもないのにレッドライダーはバイクに変形しながらそんな提案をするが、やんわりと断っておく。免許持ってないし、ヘルメットもないし、そもそもあんな派手なバイクに乗るのは恥ずかしいし。


「了解。私の力が必要な時はお呼びください」


 気を悪くした風でもなくそう言うと、血色の騎士はその姿を消した。

 何処に消えたんだろうか? いや、どうでもいいや。


「はあ。さっさと帰って寝よ」




 スマホでタクシーの運転手を呼び出すと、常識的な運転手はそれなりに俺のことを訝しんだ。が、素直に『学校で喧嘩をして帰るように言われた』と言うと、驚くほど素直に納得をして家まで運んでくれた。自分も若い頃は良く喧嘩していたと言う本当にどうでも良いことをかなり自慢げに語ってくれた。が、今更になって痛んできた両手にそれどころではなかった。

 昔は悪だった自慢を繰り広げる運転手は少々鬱陶しかったが、タクシーは何事もなく思い出も何もないワンルームマンションの自宅へと送ってくれた。運転手の『頑張れよ』『負けるな』と言う糞の役にも立たないアドバイスを貰いながら料金を払って車を降りる。

 どうせなら、三階まで運んで欲しい。が、そりゃ無茶か。最後の気力を振り絞って階段を上り、自室のドアを開けると真っ直ぐにベッドに倒れ込む。制服を着替えなきゃ……いや、一週間停学なので別にシワがついても良いか。血で汚れているし明日にでもクリーニングに出そう。柔らかな布団の匂いに瞼が自然と降りて来て、次に気が付いた時には既に日が傾いていた。


「……腹減った」


 と、乾いた口で呟いて見るが、それ以上に節々の痛みが気になる。特に拳が痛い。パンパンに腫れていて、指を曲げるのも億劫だ。そう言えば黒井の歯とか突き刺さっていたな。黴菌が入ったりしていないだろうか? 病院に行くべきかもしれない。人を殴るのは意外と危険だ。だからボクサーはグローブ着用するのだろうか?

 何にせよ救急箱のような気の利いた物はないし、痛みは我慢するしかない。我慢は得意だ。得意だった。人生とは我慢することだった。大袈裟に不満を口にするのは悪徳だと思っていた。


『慎みはあなたを守り、悟りはあなたを保って、悪の道からあなたを救い、偽りをいう者から救う。』


 もっとも、そんなのは嘘っぱちだったが。

 溜息と共に痛む身体をベッドから起すと、床に投げ捨てていた通学用の鞄から「おはようございます」と無機質な声。こいつ、どうやって俺の行動を察しているんだろうか? 拳銃は完全に鞄の中に隠れているのに。

 どうでもいいけど。


「ああ。おはよう。つっても、夕方だけどな」


 痺れる手で制服のボタンを外し、壁にかける。ズボンも同じようにして、部屋着代わりのジャージに足を通す。それからダサい拳銃を鞄から取り出して、ちゃぶ台の上に置いてみる。人と話をする時は顔を見ながら出ないと落ち着かない。もっとも、レッドライダーは人ではないし、この玩具は顔ではないのでまったく落ち着かない。

 それでも会話を試みる。


「あー。俺は貴方の事をなんと呼べばいい?」

「貴方の望むままに」

「えっと、人殺しについてどう思う?」

「私は人類の三分の一を滅ぼす者です」


 全て即答。そして完結。忠誠心が高いと言うよりは、命令に忠実なロボットのようで感情を一切窺わせない。黙示録の四騎士と言う破壊の天使に心は必要ないという事なのかもしれない。

 それならば都合が良い。俺の心も痛まないと言う物だ。


「よろしくな。レドラ」


 心なんて物がこの世にある言う前提が正しければの戯言か。

あらすじにも書きましたが、この小説はここまでです。

続きが気になる! と言う人は申し訳ございません。

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