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百合乙女の私を好きなノンケのこいつ後編

 近くで見れば彼の女装は酷い物で、メイクは下手くそムダ毛の処理も下手くそ所作が下手くそ。


 所作に下手も何もあるかとも思いますが、普段見慣れている女性達が到底しないような動き方でスカートをはためかせています。


「今日から僕は女の子になりますっ」

「頭おかしくなりましたか」

「可愛くないですか?」

「あんまり」


 私はどうにかそれだけ言うと自分のデスクによろよろと腰掛けました。

 彼が「じゃあ明日はもっと可愛くなってきますね」と言うのが聞こえて、なんと言いますか、気が遠くなりました。


 彼を見てみんなが笑っています。当たり前です。笑われるに決まっています。


 当たり前?


 これは本当に、当たり前なのでしょうか。彼が女性の格好で出社した事で笑い者にされるのは、当たり前の事なのでしょうか。


 とても仕事にはなりませんでした。

 考えている内にどうして彼が笑われなければならないのか、分からなくなってきてしまいました。


 というよりも、笑われて良い理由が思い浮かばないのです。


 人と違うから?似合っていないから?下手くそだから?


 それは果たして彼が馬鹿にされて、笑われて、尊厳を欠いて良い理由になり得るのでしょうか。


 私には、そうは思えませんでした。


 そもそも、おそらく、もしかしたら……いいえ、ほぼ確実に私のせいでもあるのです。

 これはきっと、昨日の話に関係があるはずです。


 このまま彼が笑われている事を黙って見過ごす事は出来ません。

 辞めさせるか、あるいはーー。


 昼休み、じっとしていられなくて私は彼を人気のない場所に呼び出しました。


「どういうつもりですか、その格好は」

「お、男じゃなくなったら僕の事ちょっとはその対象として見てくれるかなって……」


 私は思わず頭を抱えます。やはり原因は私でした。こんな事が起こると知っていたら言わなかったでしょう。


 男にしとけば良いのに、女の幸せを教えてあげる、こんな事を言う人もいるでしょう。

 それをこの人は「じゃあ自分が女性になる」と思ったのです。


 はっきり言ってどうかしています。ですが、私には彼にそう伝える気が起きませんでした。


「正直に言います」

「はい」

「女装って、男性がするから"女装"なんです」

「えっ、あっ、確かに」

「格好を変えたからと言って、私は男性を好きにはなりません」


 望月さんは分かりやすくしょんぼりしました。尻尾が垂れているように見えます。


「ごめんなさい、気持ち悪いですよね」

「いえ、そんな事は」


 気持ち悪い? 別にそこまで酷い事は考えていませんでした。

 しょぼくれた下手くそな女装の彼に、少し興味が湧いたのも事実です。そんな顔をされては後味が悪いのです。


「気持ち悪くないです。全然恋愛対象ではないですが……」

「が?」

「何と言うか、凄く良い奴だなって思います」

「日比野さんっ」


 望月さんは余程嬉しかったのか私の手をがっしりと握ると、その大きな目を更にキラキラとさせました。


「じゃあ、じゃあっ、友達になりたいですっ」

「友達ですか」

「はい、まずはお友達からとか、どうですか」


 友達、なら。友達なら性別は関係ないのでは? つまり断る理由も特にないのでは。


「分かりました。では、お友達です」

「本当ですかっ? やっっ、たーーー」

「大袈裟ですね。ではお友達としてその下手くそなメイクをどうにかしてあげますね」


 それから私達はよく一緒に居るようになりました。

 友達になったので辞めるかと思った女性の格好を翌日もそのまた翌日も続けていたので、私は彼に可愛くなる方法を伝授しました。


 とは言っても、彼は顔のパーツが悪くないのかメイクを少し変えただけで随分と女性らしくなりました。

 姿勢や歩き方を指摘すると、頑張って直しているようでした。


 どんどん綺麗になっていく友達の姿に私は鼻を高くします。会社の人達の反応も次第に悪くなくなっていきます。


 休日には服を一緒に買いに行き、どれが良いこれが良いとお互いに見ます。

 その後はデパートのお化粧品売り場をぶらぶらするのです。あれが可愛い、あれが欲しい、あれが似合うと次々に見て回ります。


 映画を観る日もありました。恋愛映画を観終わった後には二人して号泣の跡に笑い合うのでした。

 ホラー映画は私の方が強くて、怖いシーンでビクッとなるのを可愛いな、とこっそり見るのです。


 互いに「ここが美味しそう」と言っては食事に誘います。選んでくれた場所はどこも綺麗で、美味しい料理が出て来ます。

 よく調べてくれているのが分かり、その度に温かい気持ちになりました。


 私達はとても趣味が合いました。二人でいるのが楽しくて、女友達って何て良いのだろうと思うのです。


「ねえ伊緒。この生活、続けるの?」

「うん。私こっちの方が、今までより楽みたい」


 こんな会話をしたのはいつだったでしょうか。


 私達は何年も一緒にいるうちに、とても仲の良い、親友のような関係になりました。

 いいえ、私にとっては親友以上の何かでした。


 伊緒が女性になって五年程経ったある日、私は彼女が営業部の男性と談笑しているのを見掛けました。


 営業部の男性は最近よくうちの部署に来ています。何の用かと思っていましたが、用事は伊緒にあったようでした。


 下心丸出しで、恥ずかしくはないのでしょうか。

 ああ気持ち悪い。伊緒に変な事をしたら許さないぞと、彼女を救出すべく声を掛けようとしたその時です。


「望月さん、今度良かったら、二人で食事とか……どうかな」

「いっ、良いんですかっ。是非」


 食事に誘われた伊緒のぱっと明るくなった顔を見て、私は全てを悟ってしまいました。


 その瞬間心がずしんと重く冷たくなりました。


 でも、私には傷付く権利はありません。


 私は私の為に女性になった伊緒を一番近くに置いておきながら、いつでも「友達」と予防線を張っていました。


 それは伊緒の体が男性だったからなのか、友達を失うのが怖くなってしまったのか。おそらくそのどちらもあったでしょう。


 何度も伊緒は想いを伝えてくれたけど、私ははぐらかしてきました。

 それでもずっとそばに居てくれると、思ってしまっていたのです。


 そう言えば伊緒が私に好きだと言わなくなったのは、一年前位からだっただろうか。


 ふとそんな事を思い、やっと気が付いたのです。もう彼女は私を想ってはいないと。


 それから伊緒は営業部のオスと時間を共にする事が増えました。

 オフィスでも、彼女が彼と幸せそうに笑っているのを良く見るようになりました。


 その度にギシギシと音を立てながら私の心は痛みを知るのです。


「花音、今どこにいるの?」

「もうすぐ着くよ、急ぐ」


 今日は久しぶりに伊緒に会う日です。彼女が営業部の彼と結婚式を挙げる日です。


 空気が冷たくて、私の心を表しているようでした。

 あれからずっと、私の心は冷えたままなのです。


 伊緒は営業部の彼と恋人になった事を私に嬉しそうに話しました。


「今まで私のお守りしてくれてありがとう」

「結局私の体は男のままだし。メスを入れる勇気がなかった」

「だから花音には恋愛対象にしてもらえないのかなって、ずっと思ってた」


 そんなような事を言われたと思うけれど、伊緒に彼氏が出来た事が衝撃的で話をよく覚えていません。

 分かっていたはずだ。あの笑顔を見た時から。だって、あの笑顔を向けられていたのはずっと私だったから。


 二人が付き合い始めて暫くすると伊緒は異動になり、私達は部署が離れ会うことは殆ど無くなってしまった。


 彼女達は今の法律上同性なので結婚が出来ません。ですが、記念にと式を挙げるのだそうです。

 営業部の彼が「伊緒のドレス姿がどうしても見たい」と言って勝手に式場を抑えてきたのだと、心底嬉しそうに語る電話越しの声に苛ついたのを覚えています。


「花音っ、やあっと来た! 受付受付っ」

「ちょっとやだぁ、伊緒ったらドレスでこんなとこまで出て来て大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫っ」


 久しぶりに会ったと言うのに、そんな気はしませんでした。

 伊緒の笑顔は変わらず私の心を照らします。


 旦那の横で涙を流してメイクをぐちゃぐちゃにする伊緒。ああ。なんて美しい顔で涙を流すのでしょう。


「お化粧崩れちゃった! 花音、助けてっ」


 おちゃらけてそう言った伊緒の言葉に、彼女に一番最初にメイクを施した時の事を思い出し視界が歪みます。


「花音ー、泣かないでぇ」

「もう、自分で、直せるでしょ」


 "もうじぶんで"

 その言葉に伊緒も同じ景色を思い出したのか、私に強く抱き着くとまたぶわぶわと涙を零しました。


 私が彼女をこうしたのだ。


 私が彼女を女性にしてしまった。


 私が女性を好きだったばかりに、彼を彼女にし、彼女は女性になればなる程男性を好きになった。


 なんと愚かしい事でしょう。それなのに私は、彼女が女性になればなる程貴女を手放すのが怖くなってしまった。


 本当に、私は愚かだ。


 愛してしまった女性の花嫁姿が冷たい胸に響いて、どうしても泣きやむ事は出来ませんでした。

 

 それでも、やはり彼女には幸せになって欲しい。一番笑顔で居られる場所で幸せになって欲しいのです。

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