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百合乙女の私を好きなノンケのこいつ前編

 挿絵(By みてみん)


 皆様初めまして。

 都内在住26才、会社勤めの百合乙女です。


 所謂(いわゆる)レズビアンと言いますか、付き合ってきたのは何れも女性。呼称はどうでも良いのです。恋した相手が女性だった、それだけの事。


 大卒と同時に上京して現在銀座のオフィスで勤務中。上京理由はお洒落で可愛くて良い匂いのする綺麗な女の子と沢山出会いたいから。


 なんとなく、都会には綺麗な人が沢山いるイメージです。


「日比野さんっ」

「はい」


 日比野というのは私の事です。日比野 花音(ひびの かのん)と申します。

 明るい茶髪にしたのは、その方が可愛い服が似合うと思ったから。その髪を耳の下で三つ編みにし、後頭部で纏めてお仕事スタイルです。


 そして目の前で尻尾を振るこいつは同じ会社の望月 伊緒(もちづき いお)

 同期で何かと私に付き纏う鬱陶しいヒト科のオス。


 大きな瞳に好奇心を目一杯詰め込んで、今日も絶望的にスーツが似合わない。

 身なりに対する興味がないのか、やぼったくてダサい。

 低めのヒールを履いているのに背を越してしまう。可哀想に。これじゃあ普通の女の子からも相手にされないわね。


「日比野さんは、今日の打ち上げ参加するんですか?」

「ええ」

「やった! 楽しみです」


 小さくガッツポーズしたこの犬に、心の中で大きく舌打ちをした。

 会社の打ち上げなんか、何が楽しいんだか。社交辞令、接待、男尊女卑。クソイベです。


 ただ綺麗なお姉さま方の、いつもより少し気合が入った素敵な私服が拝める。この点に置いては評価すべきでしょう。


 就業のベルが鳴る。

 働き方改革だか何だかで、うちの会社も最近では残業禁止となりました。現場担当の方々は大変なようです。


「ほらほら、みんな! 今日は楽しい打ち上げが待ってるよ〜」


 課長がやけに張り切っています。

 課長は上下関係を気にしない365日無礼講と額に書いたような人柄で、平社員からの人気が高いお方。私は少し苦手です。


 先輩達も拍手なんてしたりして盛り上がっているようです。

 やんややんやと打ち上げ会場に到着すると早速出ました。お得意の「オーダーは女子が」。


 先輩達にさせる訳にもいきません。全員に飲み物聞いて回ります。メモにせっせと書き込みます。


「日比野さん、ありがとうっ。半分聞いといたから注文して来ますね」

「えっ。あ、ありがとうございます」


 望月さんはにこりと笑って私の書いていたメモを受け取ると、乾杯のドリンクをオーダーしに行きました。

 オスにしては親切です。


 皆さんお酒が回ってきたのでしょうか。顔を赤らめ男性社員に絡み出す先輩も魅力的ですが、彼等は狼です。それ以上近寄ってはいけません。


 私はこういった場ではアルコールを摂取しないと決めています。

 酔った女に対してエロいだの誘ってるだのとほざくオスが鬱陶しいからです。


 今日もちびちびウーロン茶を啜っていると、隣にどっかと課長が腰を下ろしました。


「日比野ちゃ〜ん、あれ? それウーロン茶じゃないの?」

「課長、お疲れ様です。あんまりお酒得意じゃないんです」


 私は気持ち悪い営業スマイルを浮かべた。何飲んでも良いだろ。

 無礼講と言ったって、私は礼節を重んじて欲しいのです。然るべき距離感で来て欲しいのです。


「日比野ちゃんはこんなに美人なのに、どうして彼氏作んないの」

「出会いがなくて〜」

「本当は、女の子が好きだったりして」

「もう、課長ったら」


 私は上手く笑えているでしょうか。この手の話は好きではありません。

 本当は女の子が好きだったら何だと言うのですか。それは「本当は男の子が好き」と何が違うのですか。


 それでも「そうです」と言えないのは、それが普通ではないと自分で分かっているからです。

 肯定すれば会社に居づらくなる事が、分かっているからです。


「課長、こないだは僕のことホモだって騒いでたじゃないですか」

「望月君! 君も早く結婚した方が良いぞ〜。男は結婚してからが……」


 望月さん、馬鹿なのですか?何故自分からそんな面倒な話を。

 そう思っていると、彼が伺うようにこちらを見ている事に気が付いた。


 もしかして、私から話を逸らす為にわざと?

 なんて。そんな訳ないか。


 つまらないを極めた飲み会も終わり、やっと家に帰る事が出来る。

 可愛いと思っていた先輩が、男性社員の足を撫で始めた時は正直絶望しました。顔が良ければ良いという訳でもないようです。


「日比野さん、帰り電車ですよねっ」

「ええ」

「駅まで一緒に行きませんか!」


 またこの犬。せっかく解散になったのに、何故。


「夜道ですし、一人で帰せませんっ」


 こんな笑顔で言われてしまってはいくら私が男性と二人きりになりたくないとは言え無下には出来ないのです。

 駅までの道は人通りも多くて明るいです。二人きりという訳でもないですし、それで彼の気が済むのでしたら。


「ありがとうございます」

「あっ、え、良いんですかっ! やった。いっ、行きましょうっ」


 道すがら何処となく彼の様子はおかしくて嫌な予感がしました。俯いたままの彼の顔を騒がしい景色たちが照らすと、彼は何かを決意しようとする人の表情をしていたから。


 二人して言葉を発する事なく、ただ歩きました。沈黙が気不味いですが、わざわざ話題を交える程親しい仲には思えません。


 そして私は今から、彼がどう言えば傷付かないか、それを考えねばならないのでした。

 彼が決意出来ぬまま駅に到着してしまえれば良いのですけれど。


 そう思い足を早めたその時。


 彼が冬に向けて衣替えした美しいもみの木の下で足を止めます。


 しまった。まだ彼に何と告げるか決まってはいないのに。もう駅はそこなのに。


「あ、あの、日比野さん」

「……寒いですから、早く行きましょう」


 顔に決意を固めましたと貼り付けて姿勢を正す望月さんに、にっこりと聞きたくない旨を伝えますが伝わってはいないようでした。


「日比野さん、あの……僕、日比野さんの事ずっと素敵だなって思ってて、それで、良かったら」


 彼は顔を真っ赤に赤らめて額にぐっしょりと汗をかいています。緊張しているのですね。


 ああどうしよう。これ以上言われてしまうと、私はお断りの言葉を述べなければならない。明日から顔を合わせづらくなります。

 

「ごっ……めんなさい」


 第一声が自分の想定よりも大きくて、彼は驚いているし私も驚いてしまいました。


 望月さんは一瞬大きな声に驚いたようでしたが、それは段々吃驚から落胆へと変わっていきました。

 がっくりと頭を垂れ暫く地面を見つめています。


「え、うそ」


 どうしようかと思っていると彼は勢い良く顔を上げ、そしてその頬には涙が伝っていました。まさか泣かれるとは思っておらず、私は声を漏らしました。


「男の癖に、泣いたりして、すみません……でも僕、本当に、日比野さんがっ」


 しゃくりあげる声が街中に吸い込まれて行きます。

 通り過ぎる人達がこちらを見ています。


 不思議とその涙がとても美しいものに見えました。私は泣く程人を好きになったことはありませんでした。

 だからでしょうか。私を想って泣いてくれたのだろうかなどという自惚れにも似た気持ちが首をもたげてこちらを見つめているのです。


「あの、嬉しいです。ありがとう」

「日比野さ」

「ーーでも、お気持ちには応える事が出来ません」


 彼の目に浮かぶ感情がころころと変わっています。いえ、揺れているのでしょうか。

 落胆、期待、憂慮、緊張。いくつかの色を讃えて浮かんでは消えていきました。


 その様子に私は血迷ってしまったのでしょうか。


「先程の、課長の冗談を覚えていますか」

「課長の、冗談、ですか」

「私が、女性のことを好きなのではないかと」

「あ、ああ」


 望月さんは困ったのか、視線を彷徨わせます。あのような下らない話をこの場で蒸し返した事によって、何かに思い当たったのでしょうか。

 そしてそれは私が憶測から事実へと変えるのです。


「あれは、本当は、冗談では済まないと言うか」


 私は私が女性を好きである事を誰かに言う必要性を感じた事がありませんでした。

 俗にカムとか言うらしいですが、カミングアウトをした事はありません。


 親にも友人にもわざわざ伝えてはいません。今後も伝える気はありません。

 私も周りからどちらの性別を好いているか報告を受けた事はありません。


 ですが、今何が起きているのでしょうか。

 私は彼のあまりに切迫した真剣な表情に、思わず口を滑らせてしまったのです。


 自分の為に涙を流してくれた彼の気持ちに情が芽生えてしまったのか、こんな理由で貴方と向き合わない事への免罪符なのか、私自身よく分かりませんでした。


「つまり、日比野さんは」

「はい」

「女性が、好き……と」

「はい」


 望月さんは小声でゆっくりと言葉を咀嚼しました。

 私はまだ自分でこんな事を言った理由がはっきりと分からず、ぐるぐると思考が落ち着きません。


 これまでにももちろん誰かに言ってみようか、と思った事はありました。

 それでもその後の反応を想像すれば、中々良い気持ちにはなれません。


 侮蔑の眼差しか、はたまた冷やかしだろうか。それを考えると背筋がひゅんと冷えて喉に大きな岩が詰まったようになるのです。


 うっかり言ってしまった、と私の喉にまた大きな岩が詰まります。望月さんが噛み砕くように呟くその言葉に「はい」と只声を出すのが精一杯でまともに顔も見れませんでした。


「どうしてそれを僕に教えてくれたんですか」

「、え」

「もっとざっくりした理由でフって良かったはずです。どうしてですか」


 どうして教えたか、そんな事私にも分からない。分からないから困っている。

 彼の言葉には侮蔑も冷やかしもなく、思わず目を見ると当たり前に目線が交わりました。とても真っ直ぐな目をしていました。


 どうしてか、喉に支えた岩がほろほろと溶けていく気がしました。


「どうして、でしょうね」


 こんな話をしていると言うのに、私の顔を見て彼がまたいつもの人懐っこい笑みを浮かべます。


「でも女性が好きだから付き合えないって事は、好きな人がいるから付き合えないでも、僕が嫌いだから付き合えないでもないって事ですよね?」

「それは」


 確かに今特定の誰かが居る訳でもなければ、望月さんを嫌っている訳でもないのです。

 犬のように付いて回り、鬱陶しいとは思う。背が低くて全体的にダサくて、かっこよくないなとも思う。

 好いている訳でも、ないのですけれども。


「分かりました」

「それは良かったです」

「話を逸らさず答えてくれた日比野さんの事が、もっと好きになりました」

「、え」

「じゃあっ、駅ももう見えてるし僕バスなので、あの、また明日っ」

「ちょっと」


 呼び止める声も聞かず、彼は大きく手を振り走って行ってしまいます。

 彼は私の話を聞いていなかったのでしょうか。もっと好きになった? オスは眼中にないと言っているのに、分からなかったのでしょうか。


「あの人……電車じゃなかったんだ」


 キラキラと光る騒がしいもみの木の下で、私は彼の後ろ姿を見送る事しか出来ませんでした。

 不思議な事に、寒さは感じていませんでした。


 翌朝、出社すると何やら騒々しくいつもと違う雰囲気です。

 皆さんどうしたのでしょうか。何かを見ながらひそひそ話したり笑ったり。その光景が嫌な気持ちを思い出させます。


 一瞬、望月さんが昨日の事を触れて回ったのかとも思いましたが、誰も私の事は気にしていないようで胸を撫で下ろしました。同時に彼を疑い申し訳ないと、胸がチクリと痛みます。


「ねえねえねえねえっ! 聞いて、日比野さあん」

「あ、おはようございます。何かあったんですか?」

「そぉれがさー、見てよアレ」


 向かいのデスクの先輩が小走りで寄ってくると興奮気味に耳打ちしました。にやにやと笑い、奥を指差します。


 なんだか嫌だな、と感じながらも従うと私の目線の先には私より小柄な女性が立っています。


 肩に掛かる長さの黒髪はその動きに合わせて揺れています。白いシャツに紺のフレアスカート、清楚でとても可愛らしいお洋服です。

 あの女性の一体何がそんなに面白いと言うのでしょうか。


「望月ー」

「はいっ」


 後ろから望月さんを呼ぶ声がして、話題の中心であった女性がこちらを振り向きます。

 よく知った声で返事をして。


「は、はあぁ?」

「わぁ、日比野さんっ! おはようございます、どうですかこれ?」


 確かに良く見れば女性特有の柔らかい体のラインは有しておらず、足はがに股で、え、素足? 首も太いし、とにかくおんなのひとじゃない。


 彼女、否彼は私の出社に気が付くとまた尻尾をぶんぶん振り回してこちらへ駆け寄ってきます。


 なんなんだ、なんだこれ。

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