辞令交付の日 1
「冗談じゃないっ」
持っていた辞令書を、何度破り捨てたくなったかしれない。
数年に一度の移動命令は、まだ現役職任期ニ年目の朱藍には適用されないはずだった。だというのに移動命令が出たのには理由がある。
十二分に心当たりがあったから始末におけない。
それを思い出して、いらいらと溜め息をつく。
あの時に間違えたとしかいいようがない。
余計なことに首を突っ込まなければよかった。
どう考えても、あの一見人畜無害な皇太子が、重宝できると判断してこの人事を進めたに違いない。
思わず行動に出てしまったあの頃を後悔しても、もう遅いのだろうが。
親友のことなど言えない、猪突猛進な自分を恨むしかない。
あの時、手を貸すことに迷いはなかった。その結果、その後の行動に容赦がなくなったのは、あいつのすちゃらかな態度のせいだ。
それがこの事態に繋がってしまうと分かっていたのなら、何が何でも自分の信条を曲げて関わらないようにしたものを。
だが、辞令が下ってしまってしまった今、それに従うしかない。辞令が撤回される見込みは、おそらく皆無だろう。そして、移動命令が今後下る可能性は、限りなく低い。
腹立たしい。
「あの男のお守りだなんてっ」
政令部付き侍女。
普通なら侍女の中でも、いや、女性がつける仕事の中でも、皇帝につかえる次に高い位だ。場合によっては、政治に口を出すことさえできる。それだけの情報が集まる地位であると同時に、それだけの信頼を獲ていなければ指名される地位でもない。
だが、今回はかなり特殊な理由だ。通常この様な地位は、もっと経験を重ねた古参がなるべきものだが、周りの反対もなくあっさりと朱藍にこの地位が与えられたのは、直属の上司に当たる政令部令に原因がある。
それが、つまり“あの男”なのだ。