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生活保護課長・森山直樹2  作者: 泉北亭南風
8/24

8 刑務所を出所してきたものの…

 9月中旬、窓口に、手にくたびれたボストンバックをぶら下げた男性がやってきた。広瀬さんが応対している。


 「課長。新規相談です。昨日島根県の刑務所を出所してきた男性なんですが、あてにしていた親族にかかわりを拒否されて、今日寝泊りするところもないとのことです。手持ち金は1万円ほどのようです」


 「ふむ。刑余者さんですか…。何故南大阪町に来られたんでしょうね?」


 「あてにしていた親族が町内に住んでいるからだそうです。ご本人は奈良県の出身とおっしゃってます」


 「島根の刑務所…交通事件か薬物でしょうかね? 見たところ大人しそうな人ですけど、広瀬さん1人では少し不安がありますので…阿部主査、ちょっと一緒に面接してもらっていいですか?


 「課長、わかりました。一緒に事情を聞いてみます」


 30分ほど経った頃、広瀬さんが面接室を出てきた。大村裕輔さん・43歳。本籍地は奈良県桜井市。覚せい剤の2度目の逮捕で実刑判決を受け、「島根あさひ社会復帰促進センター」で服役した。逮捕前は大阪市西成区のアパートに住んでおり、建築関係の仕事に就いていた。仕事仲間に誘われて覚せい剤に手を出し、辞められなくなってしまった。一人っ子で、両親はすでに他界。唯一の親族である父方伯父に身元引受人になってもらい、仮出所してきたものの寝返られたとのことである。


 「広瀬さん。大村さんは住所不定者になるので、一番最初に相談に来た南大阪町が保護の実施責任を負うことになります。生活保護の申請意思があるようでしたら、申請書を交付してください。覚せい剤の人ですので、まずは九重病院に検診命令を打ちます。そこで入院が必要と判断されれば入院で保護開始。通院でかまわないということであれば、居宅設定が可能かどうかの判断をしましょう。それから、念のため暴力団員照会もかける必要があります。それは私がやりますので…」


 「課長、わかりました。大村さんの意思を確認してみます」


 結局大村さんは、生活保護を申請した。居宅設定も希望しているとのことである。


 「課長。とりあえず、保護の決定までの間寝泊りするところが必要ですよね。生活困窮者自立支援事業の一時生活支援事業の利用が可能かどうか、社協に相談してみます」


 阿部主査が小走りで社会福祉協議会に向かった。ほどなく、担当の横山さんが阿部主査とともにやってきて、一緒に面接室に入った。


 「課長。一時生活支援事業の利用OKです。とりあえず大村さんには、駅前のビジネスホテルに入ってもらうことになりました」


 阿部主査がそう報告してくれた。


 翌日、阿部主査と広瀬さんが、大村さんを連れて九重病院を受診。「覚せい剤性精神病」という診断は出たが、きちんと通院して服薬管理できれば在宅生活は可能との主治医の意見をもらってきた。私が南大阪警察署に行った暴力団員照会もシロ…。社会福祉協議会の横山さんにも入ってもらい、そのままケース会議を実施。居宅設定費用を認め、アパートでの単身生活を送ってもらうことになった。アパート探しは一時生活支援事業の一環で、横山さんが行ってくれる。


 数日後、社会福祉協議会の横山さんが、生活保護課にやってきた。


 「森山課長。大村さんのアパート探し…難航しています。大村さんの経歴を聞いて尻込みする家主も多く、家主が了解しても保証会社の審査が通らないんです。刑余者さんには冷たい世の中ですよ…」


 「そうですか…。大村さん、大人しそうな人でトラブルを起こしそうには見えないんですけどねぇ…。家主はともかく、保証会社はブラックリストに載ってるんでしょうね。そうであるとすれば、どこを申し込んでも通りませんよ。ちょっと私も心当たりをあたってみますわ」


 私は、民生委員の葛山さんに電話をした。葛山さんはアパート経営もしている。


 「葛山さん。いつもお世話になっています。南大阪町生活保護課の森山です。ウチの新規で、家探しをしているケースがありまして、相談に乗ってもらえないかと…」


 「森山さん、どんな人ですのん? またワケアリ?」


 「その…覚せい剤性精神病の診断を受けてまして…。大人しそうな人ではあるんですけどねぇ…。ことごとく保証会社の審査にはねられるんですよ。おそらく過去に家賃滞納があって、ブラックリストに載ってるんやと思います」


 「ちょっと古いけど、アパートの空きはあるよ。…とりあえず…ご本人に会わせてもらってもいいかな? それと、家賃は役場からの代理納付でお願いできるかな?」


 「代理納付は…もちろんそうさせてもらいます。葛山さん、ありがとうございます!」


 葛山民生委員のおかげで、大村さんの居宅が定まった。そして、南大阪町での保護が開始された。そのまま担当になった広瀬さんは、当面は通院治療に専念してもらい、落ち着いたら古田さんの就労支援に乗せるという方針立てをした。


 「刑余者」をどう支援するか…生活保護や生活困窮の現場では、避けて通れない問題になりつつある。世間の風当たりも強く、それに伴って本人のモチベーションも下がっていく…そして再犯…。すべての刑余者が必ずしもそうではないのだが、負のスパイラルに陥るケースは多い。司法と行政の連携…必要不可欠である。

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