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生活保護課長・森山直樹2  作者: 泉北亭南風
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5 招かれざる客

 梅雨が明けた。夏の太陽が容赦なく照りつける。今年の夏も暑くなりそうである。7月下旬のある日、東山徹さんと…何と、離婚して大阪市内に転居したはずの美香さんが窓口にやって来た。北山さんが応対している。


 「課長! 東山徹さんと美香さん、復縁するので、また南大阪町で2人で保護を受けたいと言って窓口に来られてます!」


 「あれま。そうですか…。とりあえず保護の申請書を交付して、世帯員増の申請を受け付けてもらえますか?」


 「課長! いいんですか? あれだけ私たちを引っかき回しておいて、復縁するから保護を受けたい…そんなことが認められるんですか?」


 「認められるんですよ。困窮に至った理由は問わないんです、生活保護法は…。性善説の極みですよ。それに、保護の申請は権利ですから、それを拒否する理由にはならない。でも、同じことを繰り返してもらっては困りますよね。少なくとも、生活保護課的には美香さんの居宅設定費用は無駄になったわけです。税金の無駄遣いは困ります。その部分は突く必要があります。そして、今後の生活をどうするのか具体的に考えてくるよう宿題を出しましょう。それは『申請時の指導』という形になります。答えを出せないようであれば申請却下できますから」


 北山さんは一人で対応すると言い切ったが、若干感情的になっていたため、申請面接には私も同席することにした。美香さんによれば、全く知らない土地での1人暮らしは寂しく、たまたま携帯電話に残っていた徹さんの番号に電話をしてみたところ、優しい言葉をかけられた。すると気持ちが抑えられなくなって、気がつけば南大阪町に帰ってきていたとのことである。DVケースあるある…である。


 「美香さん。あなたは隣にいる徹さんに殴られ、怪我をさせられたことがきっかけで役場が介入し、あなたの希望で保護命令の申し立てや離婚調停の申し立てのお手伝いまでしました。で、お望みどおり離婚されて、生活保護で家を世話してもらって大阪市に引っ越していきました。そして大阪市でも引き続き保護を受けて暮らしている。そのことは理解されてますよね?」


 私は表情を引き締め、美香さんに迫った。


 「徹さん。あなたが美香さんにしたことは犯罪ですよ。はっきり言って。美香さんが被害届を出していれば、あなたは今頃まだ拘置所の中です。あなたまた美香さんに暴力を振るうんではないですか? 私は正直信用できませんよ。美香さんと同じ女性として!」


 北山さんが徹さんに迫る。2人は俯いたまま反論もできない。


 「徹さん、美香さん。あなた方のすったもんだでドブに捨てたお金…。シェルターでの保護の費用と住居設定費用…いくらになるかわかりますか? 概算で70万円ですよ。これらはすべて税金です。申請はあなた方の権利ですので受け付けますが、もう二度と同じことを繰り返してもらっては困ります。『自立更生計画書』をお渡ししますので、今までのあなた方の生活がどうだったのか。それから、これからどのような生活を送るのかをきちんとまとめて、1週間以内に提出してください。美香さんの保護を適用するかどうかは、それを見て決定させてもらいます」


 私は2人に「自立更生計画書」の用紙を突き付けた。


 私は席に戻り、北山さんを呼び寄せた。


 「決して北山さんを責めてるわけではないので誤解しないで欲しいんですが…私が懸念していたこと…現実になりましたよね。DVケースは甘くないんですよ。今回美香さんの保護を認めたとしても、たぶんまた同じことを繰り返します。だからこそ、丁寧にプロセスを踏みましょう。宮本係長にも情報提供をお願いします。それと、大阪市の福祉事務所に事情を説明して、ケース記録ももらっておいてください」


 「課長。私なんだか悔しいです。何故あんな人たちに税金を垂れ流さなければならないのか…」


 「北山さん。気持ちはよくわかりますが割り切りましょう。残念ながら、これも我々の仕事です。仕事やと思えば腹も立ちません。ケースは我々の飯の種ですよ。私はあの2人を、コッペパンとフライドチキンやと思って話をしてました。そんな表現、マスコミとかに漏れたら、叩かれそうですがね」


 「何かその表現、森山課長らしいですよね。だからいつも冷静でいられるのか…」


 阿部主査が神妙な顔をして頷いている。その横で笑いをこらえている岩本主査と広瀬さん…「コッペパンとフライドチキン」が琴線に触れたようである。


 数日後、徹さんと美香さんが窓口にやって来た。手には「自立更生計画書」を携えている。


 「これからは2人仲良く、助け合って生活していきます。もう二度と喧嘩をして役場には迷惑をかけません」


 たどたどしい字でそれだけが記されていた。これが彼らなりの精一杯の誠意なのだろう。


 「徹さん、美香さん。これからどうしたいかというお二人の気持ちはよくわかりました。でも…何か大事なことを忘れてませんか? 美香さん、大阪市の生活保護どうするんですか? まさか放ったらかしにはしていないですよね。大阪市の担当者にきちんと事情を説明し、アパートも整理してきてください。それが確認できた段階で、大阪市の保護廃止日付けで世帯員増を認めます」


 大阪市と協議の結果、8月1日付けで大阪市の美香さんの保護を廃止し、南大阪町で世帯員増を認めることになった。先述の通り、また近々同じことが繰り返されるのだろう。でも我々は、「飯の種」と割り切って粛々と対応していくしかない。その中で、彼らが少しでも自覚してくれれば御の字である。

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