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生活保護課長・森山直樹2  作者: 泉北亭南風
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23 「貧困の連鎖」を断ち切れ!

 暦は3月に入った。課内は年度末モードに突入…新年度に向けた準備が着々と進んでいる。二年度目の今年は皆に少し余裕が感じられるが、最も忙しい時期であることには変わりはない。


 そんなある日、阿部主査が私のところにやって来た。


 「課長。来月息子の祐樹君が就職する、森元さんの件なんですが…。当初は自宅から仕事に通うということで、お母さん…佳奈子さんのパート収入と合わせて保護廃止の方向で進んでたんですが、どうやら祐樹君が、社宅に入ることになったようなんですよ」


 「祐樹君って、あの泣き虫の小柄な男の子ですよね? そうか…もうそんな年なんやねぇ…私も年を食うはずですわ」


 森元佳奈子さん・祐樹君…2009年、私がケースワーカーをしていた時に、離婚による経済苦を理由に保護を開始したケースである。当時祐樹君は小学校3年生。佳奈子さんは、離婚による喪失感も手伝ってか彼を溺愛し、「モンスターペアレント」としても有名であった。


 祐樹君は中学校卒業後工科高校に進学し、優秀な成績を収めた。そして大企業への就職が内定。以後の経過は阿部主査からの報告のとおりである。


 「課長。収入のある世帯員が転出して、要保護者だけが残って保護が継続する…。これってどうなんでしょうか? 私は正直納得できないんですよ」


 「阿部主査の気持ち、よくわかりますよ。保護世帯数は少ないに越したことないですし…。でもね、長い目で見た時には、祐樹君はこのタイミングで世帯から出るべきだと思いますよ」


 「課長、それってどういうことですか?」


 「あの親子関係を見ていると、佳奈子さんは祐樹君に精神的に依存していますよね。だから、義務教育中は「モンスター」として名を馳せたんですよ。彼が収入を得るようになったら、精神面だけでなく、経済的にも彼に依存するようになると思います。そうなると、彼はいつまで経っても自立できない。疑似貧困の状態が延々と続きます。もしかしたら、佳奈子さんの呪縛で結婚すらできないかもしれませんよ」


 「貧困の連鎖ってやつですかね?」


 「阿部主査、おっしゃる通りです。それは祐樹君のために、何としてでも避けたいですよね?」


 「うーん…。そうですよね」


 「しかし…佳奈子さんも祐樹君もよく決断しましたよね」


 「祐樹君が佳奈子さんを押し切ったようですよ。佳奈子さんは寂しそうでした」


 「祐樹君もそれだけ成長したということです。あの泣き虫が…感慨深いものがありますわ」


 祐樹君の見込み手取り収入は、月額約15万円である。佳奈子さんが月額10万円ほど稼いでいるため、世帯内就労であれば保護の要否判定は「否」となる。しかし、祐樹君が転出すると、佳奈子さん単独世帯として保護を継続せざるを得ない。


 正直悩ましい部分ではあるのだが、仮に保護を廃止したとしても、2人で余裕の暮らしができるかといえばそうでもない。こういう場合、私は将来のある若い人を応援したいと考えている。大きなトラブルでも起きない限りは、祐樹君が生活保護に戻ってくることはおそらくもうないであろう。生活保護は佳奈子さんの代で終わりにしたい。


 「阿部主査。祐樹君の転出はやむなしと思いますが、生活に困っている親を助けるという意識はきちんと持ってほしいんですよ。彼の収入からすれば、月1万円程度が限界だと思いますが、毎月きちんと仕送りするように指導してください。その代わりといっては語弊がありますが、就職支度金の支給もお願いします」


 「課長、わかりました。佳奈子さんにも、祐樹君からの仕送りをきちんと収入申告するように伝えます」


 長くこの世界にいると、世帯の変化に寄り添っていくことも多くなる。森元家は1つの節目を迎えた。母親である佳奈子さんは生活保護に頼りながらも、祐樹君を無事に社会に送り出した。統計的に見れば、保護世帯数は減らなかったけれど、保護人員は1人減った。保護率はわずかに下がる。


 我々は、ケースにとって何が最善かという目線を決して忘れてはいけない。そして、目先の利益だけにとらわれてはいけない。長い目で、ケースの将来を見据えることが必要である。

次回最終回です。

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