第73話『やれることをやる』続
出ていったエクトさんを見送ることもなく、ただ扉が閉まる音だけが部屋に響く。
やれることをやれ。
やるだけやってダメならいい。
それは1つの結果だ。
エクトさんが残していった言葉が脳内を走る。
「ボクは‥‥‥」
マールは自分の掌を眺めた。
レヴァン・イグゼスを倒せ。
エクト・グライセンを倒せ。
それが出来なければ、この無謀なソルシエル・ウォーに勝て。
レイリーンを嫁に欲しければ、どれかを達成しろ。
レイリーンの両親に突き付けられた無理難題な条件を思い出す。
どれもこれも自分の能力では到底達成できない条件ばかり。
女のような容姿という理由だけで、ここまで理不尽な扱いを受けるとは当時は思ってもみなかった。
自分を幼い頃から一人の男として見てくれているレイリーンのために、何度も強くなろうと、男らしくなろうと努力はしてきた。
でも結果は、身体能力はトレーニングで上がっては来たものの体つきが変わるわけでもなく、顔も相変わらず女の子のまま。
リウプラングのNo.2を名乗れるまでには強くなったが、未だにレイリーンには勝てず、あげくの果てにはエクトさんに一撃でやられてしまった。
レイリーンに勝てない時点で情けなさが押し寄せてきて嫌になっていた。
何を頑張っても無駄だ。
やれることをやれって言ったって、これ以上何をどうしろと言うのか。
「ボクは‥‥‥」
『オレとレヴァンに賭けてみろ』
最後に投げ掛けられたエクトさんからの言葉。
『勝てる勝負しかできねぇのか?』
違う。
そうじゃない。
ちょっとやそっとの努力で覆せるほど、今回の相手は容易ではないのだと分かっているだけだ。
たった三ヶ月間の強化合宿だけで素人の学生が軍人に勝てるようになる道理などあるわけない。
信じれない。
‥‥‥それでも、ボクの鼓動は高鳴っている。
『オレとレヴァンに賭けてみろ』
ドクン!
あの言葉で、冷め切っていた心が熱を持ったのを知覚した。
賭けてみようぜ、ともう一人の自分が訴えてくるようで。
「ボクは!」
マールは力強く掌を握りしめた。
賭けてみたい!
あの二人に!
それで少しでも勝てる可能性があるのなら!
「ボクに、やれること」
レヴァンさんとエクトさんに賭けてみるとして、ならば今ボクがやらなければいけないことは。
「‥‥‥レイリーン」
マールは重い腰をついにベッドから上げた。
※
「レイリーンさん!」
「しつこいぞレニー・エスティマール! ついてくるな。少し散歩して頭を冷やすと言っているだろう!」
『ローズベル』の街中をズカズカの歩くレイリーンをレニーは追っていた。
お互いに青い学生服を着ているせいか、ここ『ローズベル』の『魔女契約者高等学校』の学生達から妙に注目されていた。
それもそのはずで、朝の登校時間だというのに明らかにレニーとレイリーンは学校の反対方向へと歩いているからだ。
だから登校中の学生たちには変な目で見られるのは仕方のない事だった。
「おい。あの金髪の子、前にテレビで出てなかったか?」
「ホントだ。たしかエクト・グライセンの魔女じゃなかった?」
「そうだよ間違いねぇ。やっぱ可愛いなぁ」
「あの前の人もなかなかだぞ」
「えーと、たしか『最速の魔女』だっけ? たった4日で『魔法第二階層詞』を覚醒させたって」
ヒソヒソ言っているが殆ど聴こえてしまっている学生たちの会話にレニーは気恥ずかしくなってしまった。
いつの間にこんなに有名人になっていたんだろう。
ちょっと前までは、一般家庭の普通の女子中学生だったのに。
高校生になってからは激動の人生だ。
「レイリーンさん! せめてマールさんと何があったのか聞かせてくださいよ」
昨日は部屋であんなにも素直に語ってくれたのに。
半分は泣いていたが。
「あいつの事は、もういい」
「え?」
レニーは首を傾げた。
レイリーンは歩道の真ん中で足を止めて、こちらに振り向いてきた。
「マールにはもう期待しない」
「そ、それってどういう事ですか?」
「今日のでよくわかった。あいつはもう疲れ切っているんだと」
諦めを悟ったレイリーンの顔にレニーは息を呑んだ。
「レヴァンとエクトのどちらかさえ倒せれば、私の両親もマールを認めてくれると言っていた。だから頑張ってほしかったが‥‥‥」
俯いて肩を震わせるレイリーンは、両の拳を握りしめた。
「これ以上、あいつを無理させるのは、怖い‥‥‥」
「怖い?」
「あいつに、マールにこれ以上嫌われるのが怖いんだ。昔はレイリーンと呼び捨てだったのに、今ではもうずっと『レイリーンさん』だ。仮にお父様とお母様の条件をクリアできたとしても、マールに嫌われてしまったら、私は‥‥‥」
今にも泣きそうな声でレイリーンは言った。
聞いたレニーはレイリーンをどう励ませばいいのか悩んでいた。
彼女に掛ける言葉が見つからない。
正直、ここまで自分の娘を追い詰めているなんてまったく知らないであろうレイリーンの両親に物申したい気分だ。
弱すぎるからなんだと言うんだ。
大事なのはマールとレイリーンの気持ちだろうに。
「レイリーンさん。マールさんはきっと立ち上がってくれますよ。だからまだ諦めるのは早いと思います」
エクトがマールを立ち直らせてくれることを信じての言葉だった。
でなければ、こんな無責任な事は迂闊に言えない。
「いや、もういいんだ」
「え‥‥‥」
「あいつに嫌われてしまうくらいなら、私は、お父様とお母様と絶縁する覚悟はある」
さすがに絶句した。
グレイス家よりも、マールを取ったのだから。
この人はそこまでマールの事が好きなのか、と。
「そこまでマールさんのことを‥‥‥」
「私はこんな性格だ。おかげで友達なんてできなかった。けど、マールは違った。幼い頃から一緒にいたからというのもあるだろうが」
「そうだったんですか」
友達ができない寂しさを知っている身としては、レイリーンには共感を覚えた。
今ではシャルという唯一無二の友達を得たが。
「レイリーン!」
刹那に聴こえたのは女の声だった。
でもこの声は。
「っ!? マール!」
レイリーンが声の方を振り向いてその名を呼んだ。
レニーもつられて振り向くと、確かにマールの姿があった。
走ってきたらしく、マールは少し息を乱している。
「レイリーン。さっきはごめん。‥‥‥ボクは、戦うよ」
「な、なんだと? いきなりどうしたのだマール?」
「やれることをやれるだけやってやろうって思ったんだよレイリーン」
「レイリーンって、お前‥‥‥!」
「エクトさんに言われたんだ。『オレとレヴァンに賭けてみろ』って。だから、賭けてみようと思う」
「ちょっと待て! まさか今回のソルシエル・ウォーに勝つつもりなのか!?」
察したらしいレイリーンの問いにマールは迷いなく頷いた。
「バ、バカな! こんな勝算のない戦いに賭けると言うのか! いくらなんでも!」
「やるだけやってダメならいいんだ!」
レイリーンの両肩を掴み、浴びせるようにマールは言い放った。
さすがのレイリーンも驚いて、それ以上の言葉を発しない。
「やるだけやってダメならそれでいいんだよレイリーン。だからエクトさんとレヴァンさんに賭けてみよう。ボクたちも、やれることをしっかりやって」
「で、でも負けてしまったらどうするつもりだ!」
「その時は‥‥‥」
マールは少し悩んで、そして思い付いたかのように笑ってみせた。
「その時は君を拐って逃げるよレイリーン」
「‥‥‥っ!」
これ以上にないくらいレイリーンは顔を真っ赤にした。
人目など気にせずにマールは真っ赤になったレイリーンを抱き締める。
「え、ちょっとあの二人!」
「やだ! 女同士で!?」
街の人間からの声が聴こえた。
みんなマールが男だとは知らないから、この反応は仕方がなかった。
確かに端から見れば、これはもう女性同士のものに見えてしまう。
「レイリーン‥‥‥」
「マール!」
抱き締め合う二人を置いて、レニーはそっとその場を離れた。
次回の更新は明日です。
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