第8話『リリーザとグランヴェルジュ』
訓練用コロシアムで特訓を終えると、時刻はすでに4時を回っていた。
徐々に日が沈み出すこの時間に、俺とエクトとシャルとレニーは揃ってオープ先生に呼び出され、1年1組の教室へ足を運ぶ。
クラスメイト達はすでに帰宅しているのか一人もいない。
そんなガラリとした教室で待機すること数分、突如としてレニーが喋りだした。
「ね、ねぇエクト、レヴァン。二人のこと疑ってごめんなさい」
「なんだよ急に」
レニーの隣にいるエクトが両手を頭の後ろに組ながら聞いた。
「二人の実力のことよ。本当に強くてビックリしたわ。口だけかと思ってたから」
「ちゃんと俺とレヴァンが言ってたのを聞いてなかったのか? あれは敵が弱すぎただけだ。俺達が強いってことにはならねぇよ」
「強いわよ。それにカッコよかったわ本当に」
「ぁ……、当たり前だろう」
そう言ってる割にエクトの顔は赤くなってる。
あいつが照れるなんて珍しいな。
まぁ女の子にカッコよかったと言われて喜ばない男の子など、この世に存在しないだろうが。
そういえば俺はシャルにカッコよかったと言われてないな。
シャルにカッコよかったと言われたいが、口に出して言うものでもないし、ましてや頼んで言ってもらったら満足か? と言われると、んなわけない。
男心はそんなものでは満たされないのだ。
でも言われたいなぁ~、とチラリと隣に座るシャルを見る。
すると何故かシャルと目が合った。
なんでこっち見てんだよお前。
シャルが優しく微笑みかけてくれた。
なんだ?
「レヴァンは世界一カッコ良いよ。異論は認めない」
「俺もシャルが世界一可愛いと思うよ。異論は認めない」
はい釣られました。
何言ってんだ俺。
「んもぉ~レヴァンったら~」
シャルがアホみたいな甘い声を出しながら、俺の胸に人差し指を突き立てグリグリしながら照れてる。
そりゃもう頬を真っ赤にして。
「もう結婚しちまえよお前ら」
エクトがうんざりした様子で言った。
「リリーザは男女共に18歳になるまでは結婚できないだろう?」と俺は真面目に答えてみる。
本当はこの制限が無ければ今すぐにでもシャルと結婚したい気持ちはある。
俺がソルシエル・ウォーで全国制覇を目指す真の目的はこれだ。
シャルと結婚して、俺だけの家族を築き幸せに暮らす。
シャルとなら死ぬまで添い遂げる自信はある。
シャルを一人の女として抱きたいという男の欲望だって、正直に言うとある。
何より俺が腐らずに生きてこれたのはシャルがずっと側にいてくれたからだ。
両親の他界。
魔法が使えない劣等感。
無能。
孤独で何もかもが嫌になっていた幼少期。
俺は、シャルと出会った。
同じ無能として傷を舐め合ったあの頃。
気づけば俺の情熱は動き出していた。
全国制覇を達成し、16歳での結婚を認めてもらう。
18歳まで待て?
そんなのは負けた時で十分だ。
「またせたな」
ようやくオープ先生がやってきた。
しかも何やら箱を持って。
「ほれ、この箱に試合用の制服が入ってる。明日はこれを着てソルシエル・ウォーに出るんだぞ。これを着ないと試合には出れんからな」
一人一人に箱が配られた。
オープ先生は教卓の前に戻って口を開いた。
「さていよいよ明日、お前さんらはグランヴェルジュと戦うわけだが、そもそもリリーザとグランヴェルジュが何故こんな戦争をしているか知っているかね?」
その質問にはレニーが答えた。
「グランヴェルジュは過激な才能主義国家で、リリーザの平等で平和的思想とは相容れないからだって聞いてます」
「そうだな。それも1つの理由だ。あの国は、子供に才能がないと親が判断すれば育児放棄も許される。そんな国だ」
酷い国だ。
シャルやエクト達も顔をしかめた。
俺と同じ事を思ったのだろう。
もし俺がグランヴェルジュに産まれていたらと思うと恐怖を覚えてしまう。
自分で産んだ以上、子供を育てる義務が親にはあるだろうに。
しかし今にして思えばリリーザとグランヴェルジュがソルシエル・ウォーを介して戦争をしているのは何故なのだろう?
制度や治安に差はあれど、リリーザとグランヴェルジュはどちらも豊かな国だ。
技術レベルも差がない。
お互いに何かが不足しているというわけではない。
強くなることばかり考えていたから、両国の事情を深く考えたことはなかった。
リリーザは国土をすでに99%も占領されているのなら、俺の破壊した『魔女の祭殿』の資金を援助する余裕などないはず。
いや、さらに言うなら。
そもそもこれほど占領されているのに経済面でまるで影響が出ていないことに、もっと疑問を持つべきだった。
占領された街や都市は、持ち主の名前こそリリーザからグランヴェルジュに変わってしまったが、そこに住む人々には何の影響もなく、彼らは普通に暮らせている。
その街・都市の企業などにも一切の影響はない。
何かしらの影響が出ていれば、リリーザの大企業IG社の御曹子であるエクトからとうに話が出ているはずだ。
しかしエクトからそんな話を聞いたことは一度もない。
「グランヴェルジュ帝国の王様って確か【覇王】って呼ばれてる人だよねレヴァン?」
隣でシャルが聞いてきたので俺は頷いた。
俺の全国制覇という目標の最後の敵となるであろう皇帝の名を、俺が知らない訳はない。
グランヴェルジュ帝国の皇帝。
「覇王グランヴェルト・ザン・グラムス。リリーザの大人たちが奴一人によって全滅した。今では間違いなく世界最強のソールブレイバーだ」
俺が言うと、向かいのオープ先生は表情を曇らせた。
「その覇王こそが、この戦争の元凶だ。奴の狙いはリリーザの支配。この世に王は二人もいらぬなどと言ってな」
「とんだイカレ野郎だな」
エクトが呆れた様子で言った。
「もし明日のソルシエル・ウォーで負けた場合は、グランヴェルトがこの大陸の支配者となり、リリーザにも才能主義を導入してくるだろう。我々の生活は恐ろしく変えられるはずだ」
オープ先生の説明に『それは嫌だ』と俺は思った。
シャルたちもそんな顔をしている。
「戦争してる理由はいいんですけど、グランヴェルジュに占領されている街や都市にはなぜ何も影響がないんですか?」
俺は気になっていたことをそのまま質問する。
「街や都市の占領といっても名前だけだ。市民の生活に支障をきたすようなシステムにはなっていない。占領とはあくまで目安だよ。市民に分かりやすく戦況を把握できるようにするためにな」
なるほど。
勢力図を見ればどちらかが勝っているなんてすぐにわかる。
市民達にも分かりやすく、そして市民達の生活にも影響を出ないように工夫されているソルシエル・ウォー。
よくこんな平和的なルールを覇王グランヴェルトが了承したものだ。
何かしら理由はありそうだが。
「グランヴェルトはグランヴェルジュ帝国歴代最強と言われている。そして彼の配下である将軍達も歴代最高レベルが揃っているそうだ。レヴァンくんエクトくん。お前さんたちに彼らを破れるかね?」
全国制覇を目指す俺にとっては破らねばならない強敵たちか。
しかもよりによって歴代最強の皇帝と歴代最高レベルの将軍たち。
ごくりと生唾を飲んだ。
安易な道ではない。
そんな事は端っからわかっていることだ。
「破りますよ。あっちが歴代最強の皇帝と将軍なら、こっちは歴代最強の学生だってことを見せつけてやります!」
「学生‥‥‥」
「学生かぁ‥‥‥」
「学生ねぇ‥‥‥」
エクト・シャル・レニーの順に聞こえたその声はどこか不満そうだった。
「なんだよみんなして」
俺が言い返すと、例の三人は声を揃えてこう返した。
「「「弱そう」」」