第69話『理想と現実』
長らくお待たせしました!
「お前はいったい何考えてんだ!」
ベッドから立ち上がり、朝っぱらから俺は怒鳴っていた。
目前にはシャルが俺の怒声に心底驚いた顔をしている。
朝起きて、シャルが俺のスイートルームを訪ねてくるなりに告げた言葉が『ロイグさんとロミナさんを結婚できるようにしてほしい』だった。
最初は意味不明だったが、黙って聞いていればロイグとロミナさんは兄妹でありながら両思いとのこと。
ロイグが今ムチャな特訓をしている理由も、ロミナが俺のファンクラブとやらに入会してる理由も聞かされた。
ファンクラブの存在には驚いたが、問題はそこじゃない。
シャルがそんなどうにもならないことを、ロミナさんと約束してしまった事に俺は腹が立っていた。
『レヴァンにお願いして国王さまに言ってもらう』と、そんなことを勝手に約束していたことが。
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃない!」
「怒るに決まってるだろ! なんでそんな無責任な約束してきたんだ!」
「無責任なんてひどいよ! 全国制覇を達成したらロミナさん達のことを国王さまにお願いしてって言ってるだけじゃん!」
俺は片手で頭を抱え、露骨に溜め息を吐いた。
「いいかシャル。仮に国王さまがあいつらの結婚を認めたとしても、世間の凝り固まった常識ってやつはそう簡単には変わらないぞ」
「それはわかってるよ。でもあのままじゃあの二人は可哀想。諦めさせて幸せになれるなんて到底思えない」
「何が可哀想だ! 結婚したらあの二人がどんな目で見られ続けるのかを考えなかったのか!」
「考えたよっ!」
ついにシャルまで声を荒げた。
久しぶりに見た気がするシャルの怒りの表情に、俺はそれでも睨み返す。
「でも! なんで好きな人と結婚したいだけなのに他人にとやかく言われなきゃいけないの!?」
「兄妹だからに決まってるだろ! よくもまぁこんなどうにもならない事を約束してきたもんだな!」
「どうにもならないから国王さまにお願いしてって言ってるのよ! なんでわかってくれないの!?」
「だから国王さまの一言二言で世間の意見は変わらないって言ってるんだ! 寒い目で見られ続けるのがオチだ!」
絶対的な権力者が『兄妹結婚』を認めたとしても、全ての人間がそれを納得して受け入れるとは、俺にはどうしても思えなかった。
「じゃあレヴァンはロイグさんとロミナさんに幸せになるのは諦めろっていうの!?」
「誰もそんなこと言ってないだろ!」
「言ってるよ! 結婚がダメってつまりそう言ってるようなものじゃん!」
「‥‥‥そもそも首を突っ込むべき話じゃなかったんだ。これは俺たちの手に余る問題だ。放っておくのがベストだ」
「そんな! どうしてそんな冷たいこと言うの!?」
「冷たくて結構だ。どうにもできないって言ってるだろ」
「待ってよレヴァン! お願いだからせめて国王さまに話だけでもしてみてよ! お願いだから‥‥‥!」
「ダメだ」
「レヴァンッ!」
「いい加減にしろ!」
「レヴァンは私が妹だったら愛してくれなかったの!? 今みたいに法律をねじ曲げようと戦ってくれなかったの!?」
その涙声のシャルの言葉は、あまりに強烈過ぎた。
シャルが妹だったら?
そんなこと考えたこともなかった。
本当にシャルが妹だったら俺は、そのシャルを愛していたのだろうか?
「そんなの、分かるわけないだろう」
それが精一杯の答えだった。
しかし、シャルの顔は悲しみに染まっていた。
期待していた返事ではなかったみたいな。
そんな顔だった。
シャルの大粒の涙が、床にポタポタと落ちる。
あまりにも久しぶりにみたシャルの涙を、俺は正視する気にはなれなかった。
シャルに背を向けて、俺は口を開く。
「特訓が始まる前にロミナさんに謝ってこい。俺を悪者にしていいから。『レヴァンに頼んだけど断られた』って」
するとシャルが踵を返して出入口の方へ向かっていく音が聞こえた。
しかし立ち止まったらしく、無音になる。
「レヴァン‥‥‥私はね」
ドアノブを握る音を鳴らし、落ち着いているが悲しい声音でシャルが言う。
「レヴァンがお兄ちゃんだったとしても、私はレヴァンのこと愛してた」
とんでもない一言に俺はおもわず振り向いていたが、シャルはすでに部屋から出ていっていた。
追いかけるべきか悩んだが、追いかけてどうするというのか。
俺は朝から二度目の溜め息を吐いて、ベッドに座り込んだ。
そのまま強張っていた身体を寝かせる。
天井を見つめ、シャルの言葉を思い出す。
『レヴァンがお兄ちゃんだったとしても、私はレヴァンのこと愛してた』
「俺は‥‥‥」
シャルが妹だったら、本当に愛してたのか?
世間の目は無視してまで。
法律と戦っていたのだろうか?
わからない。
どうしてシャルは、あんなにもあっさりと答えられたのか。
仮にシャルが妹だったとして考えてみた。
お互いにロンティア家に産まれたら、俺とシャルは無能でグラーティアからは愛されず、姉のロシェルやリエルからはバカにされて、俺はシャルと共に傷を舐め合っていたかもしれない。
お互いを心の支えにして。
ではイグゼス家で産まれたらどうだっただろう?
戦争で両親を亡くし、俺は妹のシャルを守るのに必死だったかもしれない。
ただ一人の肉親としてた大切にしていただろう。
お互い魔法に関してはやはり無能だから、苛めにもあったりして、結局お互いを心の支えにして乗り越えていたかもしれない。
そしていつしか、俺とシャルは。
あぁ‥‥‥なんだ。
結局、俺も‥‥‥
身体を起こして、ベッドから俺は立ち上がった。
次回の投稿は明日の16時です!




