第65話『レヴァンの憂鬱』
そして夜になった。
シェムゾさんとの特訓を終え、俺は現在の自室とも言えるスイートルームに戻った。
クタクタになった全身をベッドへ投げ込むと、俺は今までに無いほど壮大な溜め息を吐く。
見せつけられたのだ。
リリーザ王国で最強のソールブレイバーであるシェムゾさんとグラーティアさんの実力を。
圧倒的な実力差というものを。
「あの差はねぇだろ‥‥‥」
右腕で両目を覆いながら俺はそう独りごちた。
シェムゾさんとの特訓は、結局一撃も当てられずに終わった。
彼の姿を眼で追うことも叶わず、俺とシャルの攻撃が届くこともなかったのだ。
別に予想していなかった訳ではない。
ただ、手も足も出ないほどに差があるとは思ってもみなかった。
あの射撃達者なエクトでさえ、ただの一発もかすめることさえできなかった。
しかもシェムゾさんは本気の50%しか出していないという。
いくらなんでも、この差は笑えない。
泣きたくなるような差に、追い付けるのか? という不安が押し寄せてくる。
戦士としての力量の差もそうだが、シャルの方もグラーティアさんとの実力差がハッキリしていた。
グラーティアさんは、使える魔法そのものはシャルとほとんど同じで大した差はない。
むしろ『ゼロ・インフィニティ』のおかげで威力だけなら圧倒的にシャルに軍配が上がる。
しかし問題はそこじゃなく、魔法の手数にあった。
シャルが一つの魔法しか一度に詠めないのに対し、グラーティアは一度に二つもの魔法を発動させていた。
グラーティアさんは『エクスプロード』を唱えると、1秒も経たずに『ソード・イグニション』を発動させていたのだ。
見間違いではなかった。
その魔法の二連撃をくらった身として断言する。
本来、魔女は一度に二つも魔法は詠めないはずなのに。
『同時詠唱』だとグラーティアさんは言っていた。
グラーティアが独自に考えた魔法の連続攻撃法だそうだ。
いずれシャルとレニーに教えると言っていたが、シャルとレニーがその『同時詠唱』を扱えるようになれるかは保証できないとも言っていた。
この『同時詠唱』を扱えるのは、世界でもグラーティアのみだと言う。
あのグランヴェルトの魔女ルネシア・テラでさえ使いこなせないほど高度な思考能力が必要なんだとか。
‥‥‥まぁ魔法関係はいい。
そこはシャルを信じて任せるしかない。
俺は戦士として、なんとしてもシェムゾさんに追い付かなければならない。
シェムゾさんでも勝てなかったグランヴェルトに勝つために。
「高いなぁ‥‥‥」
シェムゾさんという恐ろしく高い壁を前に、必要以上に心が自信をなくして揺れている。
『自分の年齢を考えろ。お前達は大したもんだよ』
特訓が終了した直後に俺とエクトへ掛けてくれたシェムゾさんの言葉がそれ。
彼は、16歳でこの実力ならば凄いと言ってくれているのだろう。
そうかもしれないが、結果も出せない実力ならば、それは弱いのとなんら変わらない。
「‥‥‥今日はもう寝るか」
明日に備えてもう休もう。
まだ強化合宿は始まったばかりだ。
俺は胸中に渦巻く不安を押し消して、ゆっくり瞳を閉じた。




