第63話『波乱の予感』
俺とエクトは約30分ほどで指定された20キロコースを完走させた。
今はゴールである訓練用コロシアムの周辺で足を休ませている。
さすがに速すぎたのか他の生徒たちはまだ終わっていない。
「あいつらまだ終わんねぇのかよ。ったく遅いんだよ」
「あんたらがおかしいんだからね? 普通あんな車みたいな速度で走りきるなんて無理だからね?」
ベンチで足を組むエクトにレニーがタオルを渡しながら鋭く指摘する。
「人間に不可能はねぇーんだよ」
「あるわよ」
レニーが呆れた。
俺の方はシャルからタオルをもらって汗を拭く。
特になにも言わないシャルに不自然さを感じ、俺はシャルの顔を見た。
案の定、どこか浮かない顔をしている。
「どうしたんだシャル?」
俺に呼ばれてようやくハッとなったシャルは困ったように自分の後頭部を撫でた。
「ごめん。ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「実は‥‥‥」
シャルが話してくれたのはロイグとロミナの事だった。
それはロミナが兄であるロイグに好意を持っている可能性のこと。
「ロミナさんがあのロイグに好意を? お前はまたそうやって何でも恋愛の話に繋げて」
「だって‥‥‥」
シャルは表情を曇らせた。
何か思うところがあるのだろうが、さすがにロミナさんがロイグを好きというのは無いだろう。
あの二人は兄妹だ。
仮にシャルの予想通りロミナさんがロイグのことを好いていたとしたら、それは禁断の恋だ。
俺やシャルのように年齢がどーののレベルじゃない。
もはや許されざる愛となる。
こんなどうにもならない重い話はゴメンだ。
「‥‥‥それよりも早くシェムゾさんに相手をしてもらいたいもんだ」
俺が言うとエクトもベンチで「だな」と答え、さらに続けた。
「オレたちにとってはそれがメインディッシュだからな。その人の技術をどこまで盗めるかが鍵だぜ」
「あたしたちも早く『魔法第三階層詞』を覚醒させないとねシャル」
「あ、その、私なんか『魔法第三階層詞』の覚醒終わってたみたいで、詠めるようになってましたですハイ」
「あ~そうなんだ」っとレニー。
「なんだ詠めるのかよ」っとエクト。
「そーいうことはもっと早く‥‥‥」っと俺は止まった。
「「「えええええええええええええええええええっ!?」」」
さすがに俺とエクトとレニーは驚愕の声を揃って張り上げた。
さらっと衝撃発言されれば誰でもこうなるのか。
「え、お前、いつの間に!?」
俺の問いにシャルは「さぁ?」と心底わからないと言ったように首を傾げる。
「さぁってお前‥‥‥ど、どんな魔法なんだ?」
「んーとね」
シャルはポンッと自分の中に宿る魔道書を召喚し、ページをめくった。
「『ブレード・イグニション』って魔法だね。『魔女兵装』に炎を纏わせるみたいだよ」
「『ブレード・イグニション』って、そんな魔法あったかしら?」
レニーが疑問を口にするとシャルが尽かさず答えた。
「たぶんこれ『ソード・イグニション』が『ゼロ・インフィニティ』に強化されたやつだと思うよ。効果も一緒だし」
「なるほど強化版なのね。なら名前が違うのも頷けるわ。『エクスプロード・ゼロ』だってそうだもんね」
「凄いじゃないかシャル! さっそく使ってみようぜ!」
新しい力を手に入れた気分になり、思わず弾んだ声で俺は言ってしまっていた。
「ならお父さんの時に使ってみよっか」
シャルも同意してくれた。
しかしそこへシャルの母であるグラーティアが何やら慌てた様子でこちらにやってきた。
「ここにいたのねみんな」
「どうしたのお母さん?」
「たった今知らせが来たの。20キロマラソンの途中でロイグ・カーニー君が倒れてしまったのよ」
「え!?」とシャルとレニーが驚く。
だが俺は驚きよりも、やはり、っと言った感想が浮かんだ。
聞けばロイグは俺とエクトに追い付こうとかなりのハイペースで無理をしていたらしい。
何をそんなに張り切っているのかは知らないが、自分の程度も把握しないで無理するからだ。
「おいおいおい強化合宿の初日だぞ。なにやってんだよまったく」
肩をすくめたエクトも呆れた声を発する。
「ロイグさんは大丈夫なんですか?」
レニーが聞くとグラーティアは頷いた。
「今は近くの休憩所で休ませてるわ。妹さんも付いてるし、大丈夫なはずよ。それよりもっと困った事が起きてね」
「え?」
「レイリーンさんとマールくんが15キロ地点にあるエイドステーションで喧嘩してしまったのよ」
け、喧嘩。
聞かされた俺やシャルたちはもう唖然とした。
初日からいきなり二つも問題が起きてしまうとは。
さすがに笑えなかった。




