第61話『切っても切れない血縁者たち』
男子らが疾走するコースのちょうど10キロ地点にあるエイドステーションで、シャルは女子生徒たちと共に男子たちの通過を待っていた。
みんな片手にはスポーツドリンク入りの紙カップを持っている。
シャルも例外ではない。
これは自分のパートナーに渡すためのもの。
『頑張って走っているパートナーに優しい声を掛けてドリンクを渡す』
これはシャルが目論んだ『最初から男子メロメロ作戦』の一環である。
しかし最大の誤算は10キロ地点まで来ないと水分補給ができないところだ。
このコースを指定したのは父のシェムゾ。
さすが『鬼神』の異名を持つ父だとシャルは思った。
いくら今の季節的に暑くないとはいえ、軽く鬼である。
そんなことを考えていたら、待機していた他の女子生徒たちが急に何かに騒ぎだした。
「ちょっと見て!」
「わっ! レヴァンくんとエクトくんだ!」
「え?! もう来たの!?」
「まだスタートしてから12~3分しか経ってないわよ!?」
コースを覗けば確かに遠くから凄い速さでこちらに向かってきている人影が二人いた。
あのシルエットは間違いなくレヴァンとエクトくんだ。
さすが、いつもの半分しか走ってないからハイペースである。
しかもタイムは12~3分ときた。
これは女子生徒たちが驚いても無理はない。
10キロの一般的なタイムは一時間前後だと言われているからだ。
二人の速度はハッキリ言って異常なのだ。
「レヴァン! はい!」
シャルがレヴァンに紙カップを差し出した。
横から取りやすいように手のひらに乗せて。
「おう! ありがとなシャル!」
「うん!」
滑るように紙カップを受け取ったレヴァンはイッキ飲みをする。
「エクト! ゴールで待ってるから!」
「ああ」
短く返事をしたエクトはレニーから紙カップを受け取って、すぐさま飲み干す。
そして速度は落とさずそのまま走り去った。
「お、おい。あの二人、あのペースで持つのか?」
疑問に思ったらしいレイリーンが聞いてきた。
「大丈夫です。あの二人、普段は40キロほど走り込んでますから」
シャルが自信満々に答えると、レイリーンだけでなく他の女子生徒たちも驚愕の声を上げた。
「40キロ!?」
「どんな体力してんのよあの二人!」
「化け物だわ‥‥‥凄い」
「やっぱ強い人って普段から努力してるのね」
感心を示す女子生徒たちの声にどこか優越感をシャルは覚えた。
自分の彼氏が誉められるのはいつだって嬉しいものだ。
レニーも同様らしく、誇らしげな顔をしている。
魔女にとって、戦士の優秀さはそのまま自慢のステータスにもなる。
覚醒させた魔法のレベルだけではないのだ。
「ギュスタはまだかしら?」
姉のロシェルがコースを覗きながら呟いた。
それを見てシャルは笑う。
「姉さん最近イイね。恋する乙女って感じ?」
「あら分かるシャル? もうね、ギュスタの事で頭いっぱいなのよ。私には彼以上の男性はいないわ」
「分かるよ姉さん。私もレヴァン以上の男性はこの世にいないよ」
言うとロシェルは笑った。
初めてかもしれない。
こうしてロシェル姉さんと笑い合うのは。
ちょっと前まではろくに口も聞かなかったのに。
なんとも不思議な心境だ。
「‥‥‥初めてね。こうして笑い合うのは」
どうやら相手も同じ事を考えていたらしい。
「そうだね」
「ごめんなさい。態度を変えるのって、凄く難しくて‥‥‥いつまでもあなたに冷たくなってたわ」
「そんな過ぎたこともう別にいいよ。私はいま凄く幸せだから」
レヴァンの魔女となって、レヴァンのために頑張れる毎日が、今は本当に幸せなのだ。
幸せは人を強くする。
過去の寒い思い出も、軽く水に流せるほどに。
「それでも私とリエルはあなたに罪滅ぼしをしたいの」
「そんな罪だなんて大袈裟な」
「今回あなたが考えている『最初から男子メロメロ作戦』は恥ずかしいことばっかりさせられるけど、最後までしっかり手伝うからね」
あ、恥ずかしかったんだ。
ちょっと意外だった。
ロシェル姉さんとレニーに至っては相手に夢中だからノリノリに見えたのだが。
「ありがとう姉さん。リエル姉さんも」
「アタシをついでみたいに言うなっつーの!」
リエルがプンスカ怒った。
それを見てロシェルとシャルは笑った。
暖かい。
これが本来の、血を分け合った私たち姉妹の姿だったんだ。
※
スタートから35分が経過したところでロイグが息を荒げながらシャルたちのいる10キロ地点に来た。
「お兄ちゃん遅いよ! レヴァンさんたち大分前に言っちゃったよ?」
紙カップを差し出しながら通過するロイグに言うロミナ。
息切れを起こしかけているロイグは「うるさい!」とだけ怒鳴って紙カップを取った。
それの中身を一気に飲み込むが、むせたらしく激しく咳き込んだ。
それでも彼は止まらずレヴァンたちを追いかけるように走り去った。
凄くがむしゃらになっていた様に見えたが、気のせいだろうか?
「今の誰?」
「ロイグ・カーニーっていうリウプラングのNo.1よ」
「すごい息が上がってたけど大丈夫かしら?」
心配するエメラルドフェルの女子生徒たちがざわめく。
さすがにシャルもロイグのあの疲労の色の強さには心配を覚えた。
「まだ半分しか走ってないのに凄い息切れしてましたね。大丈夫でしょうか」
シャルは敬語で3年のロミナに聞いた。
するとロミナは首を振る。
「無理だねあれじゃ。途中で倒れると思う。お兄ちゃんはレヴァンさんたちほど凄くないし」
ロミナは淡々と、どこか冷たく言い切った。
顔を窺えば、それは意外にも‥‥‥兄を心配する妹の顔そのものだった。
「頑張って‥‥‥お兄ちゃん‥‥‥」
掠れるほど小さなロミナの呟きを、シャルは聞き逃さなかった。
ロミナ先輩って、まさか!
次回の更新は夜にします。




