第60話『それぞれの参加理由』
「くっそー! あいつらあのペースで20キロ走りきれるのかよ!」
レヴァンとエクトに置いていかれて、かなりの距離を空けられた場所で、ロイグが舌打ち混じりに言った。
「あの二人なら走りきれるさ。だが私たちには無理だ。このペースを守って完走することを目指そう」
ロイグの隣を走るギュスタが冷静に答えた。
「何を悠長なことを! 悔しくないのかお前は! 俺たちはいま後輩の後ろをチンタラ走ってるんだぞ!」
「それが我々の現時点での実力なのだから仕方ない。人間は実力以上のことはできん」
「‥‥‥ふん。随分と噂と違うなギュスタ・ベルトン。俺が聞いていたエメラルドフェルのNo.1はもっとプライドの塊だと聞いていたが?」
プライドの塊、か。
間違いない。
ギュスタはおもわず苦笑した。
「そうだな。以前の私は本当にそうだった。レヴァンとの実力差に愕然としたこともあったな」
「ならぱ尚のこと! もう少し焦ったらどうだ!」
「焦ってどうするロイグ・カーニー? レヴァンやエクトの実力に今さら追いつくつもりか?」
「当たり前だ! そのためにこの強化合宿に参加したのだからな!」
「はっきり言おう。無理だ」
「なんだと!」
「我々は今、確かに前進している。だがレヴァンやエクトも前進しているのだ。差が埋まることはまずない。むしろ離されてしまうだろう」
「何を弱気な!」
「事実だ。ソールブレイバーになってから頑張り始めた我々では彼らに遠く及ばない。これは、仕方の無いことだ」
「もういい! キサマのネガティブな話に付き合ってられるか!」
「聞けロイグ・カーニー。我々は確かにレヴァンやエクトには追い付けない。だが今回のソルシエル・ウォーではやらねばならんことがある」
「なにをだ」
「敵の隊長クラスを相手取ることだ」
ギュスタの言葉にロイグは怪訝な顔をした。
「隊長クラス?」
「そうだ。将軍クラスの『獅子王リベリオン』『死神サイス』はレヴァンとエクトでないと勝てない。彼らにはできるだけ消費せずに将軍クラスと戦ってほしい。勝つためにも」
「‥‥‥」
「そのためには他の軍人たちの相手を我々がする必要がある。その軍人たちの中にはもちろん腕の立つ隊長クラスがいるだろう。その隊長クラスを私やシグリー。そしてお前やマールがせねばならん」
「なんだと?」
「我々が隊長クラスを抑えなければ被害は拡大する。これは重要な役割なんだ。レヴァンとエクトの戦いに横槍を入れさせないため、そして他の生徒たちの被害を抑えるために。協力してくれるなロイグ?」
「断る! なんで俺がそんな裏方をやらなきゃならないんだ! 俺は人気を得たくてここに来たわけでもあるんだ! そんな裏方やって目立てずに終わってたまるか!」
「人気!?」
「ああそうさ! 女性にモテたいんでな! 見ていろ! この三ヶ月で強くなって『獅子王リベリオン』も『死神サイス』もぶっ倒してやる!」
一方的に怒鳴り散らしてロイグは前進していった。
人気を得て、女性にモテたい。
随分と素直に男をやっているヤツだとギュスタは思った。
しかし、彼がどこか無理をして嘘をついているようにも聞こえた。
※
「シグリーさんはどうしてこの強化合宿に参加を?」
ギュスタとロイグの更に後ろを走るマールが、隣のシグリーに聞いた。
「後輩のためさ。あいつらに少しくらい先輩面しておかないといけないからな。あと」
「あと?」
「僕の魔女リエルが自分の妹に協力したいんだと」
「へぇ、仲の良い姉妹なんですね」
「いや、むしろ悪かったからだよ。今まで散々バカにしてきたから、その罪滅ぼしをしたいんだろ」
嘘はついていない。
リエルがそう言い出したのは間違いなかった。
今までシャル・ロンティアを無能とバカにし続けて、罵ってきた。
今さら謝って許してもらえるはずもないと、リエルはシャルに力を貸したいと言ってきたのだ。
だからこの強化合宿に参加してほしいとシグリーに頭を下げてきたのは記憶に新しい。
あのツンツンガールのリエルが、だ。
と言っても、とっくに参加を決定していた後なので即答してやったが。
リエルは、母がシャルを無能として罵っていたから、自分もそれに便乗していたという、彼女なりに後ろめたい気持ちがあったのかもしれない。
「そうなんですか? なんかレイリーンさんの話と違うなぁ。普通に仲の良さそうな姉妹だって言ってたのに」
まぁ、そうだろうな。
今はもうシャル・ロンティアが全然気にしてないようだし。
「それより君はなんでこの強化合宿に?」
シグリーが聞いた。
「あぁ。ボクはレイリーンさんに無理矢理です。この強化合宿で強くなれ!って」
「なるほど。たしかにあの高圧的な女ならやりそうだ。君も大変だね」
「ええ、まぁ。でもボクも、もう少し男らしくなりたいってのはあるんですけどね」
たしかにマールは殆ど女の子にしか見えない容姿をしている。
最初見たときは普通に女の子だと思っていたほどだ。
身体のラインが女性寄りになっているせいもあるのだろうが、顔がそもそも女の子だ。
これは鍛えたところでどうにかなる問題でもない気がするが。
「なんであのレイリーンって女はお前にそこまで入れ込んでるんだ? そりゃ魔女が戦士の成長を望むのはよく分かるが」
「‥‥‥さぁ。それは、ボクにもまだわかりません」
やや曇った顔でマールはそう言った。




