第6話『模擬戦』
「逃げずに来たようだな」
3年のギュスタが不遜な笑みを浮かべて待っていた。
『魔女契約者高等学校』の裏にあるここ訓練用コロシアムは、それは広大な施設だ。
特徴は観客席以外には屋根がないところ。
そんな解放感ある空間には、向かい端が見えないほど広いステージが中心に置かれている。
それを囲む観客席には俺達の対戦を聞き付けて集まったらしい大多数の生徒達が座る。
2年と3年の上級生はもちろんだが、1年生も大勢いる。
これ全生徒集合してないか?
まるで祭りを前にした賑わいで、今か今かとざわめいている。
俺達はステージに上がりギュスタ達の前に立ち並んだ。
「バカやろうが。こんな大騒ぎにしやがって」
呆れた口調でエクトが吐き捨てた。
すると向かいのシグリーがニヤリと笑う。
「こういうシチュエーションは嫌いかい? まぁこれから恥を晒すわけだから嫌いなのも無理ないね。わかるよ」
そんな余裕たっぷりのシグリーにエクトが心底哀れんだ声を出す。
「ギャラリーが多いと負けた時の反動もデカイぜ? お前ら再起できるのかよ?」
「そもそも僕が君に負けないから無用な心配だ」
「あっそ」
面倒くさくなったのかエクトから会話を切った。
「あまり無様な戦いだけはするな。お前らは仮にも明日のソルシエル・ウォーに参戦するソールブレイバーなのだからな」
ギュスタだ。
俺に向かって言っているようだが。
「仲間だと認めてくれてるなら戦う必要ないんじゃないか?」
「認めていない。それにディオネも見ている。お前の実力を見せてみろ」
ディオネ?
ああ、俺がチームに編成されたことによってチームから外された人物の名前か。
確かに彼が見ているなら納得させるために実力を見せる他ないな。
途中、オープ先生がやってきた。
オープ先生は俺達とギュスタ達の間に立つ。
どうやら審判のようだ。
「それでは模擬戦を始める。戦いの条件はこれだ」
オープ先生は観客席の屋根に設置されたモニターに指を指す。
【ソルシエル・ウォー】
〈バトル形式〉=チームデスマッチ(2対2)
〈戦場〉訓練用コロシアム(一角のみ)
〈勝利条件〉敵チームの全滅
【チーム・1年生】VS【チーム・上級生】
モニターにはそう表示されていた。
なるほど。
戦場がコロシアムの一角のみなら敵とのこの距離も納得できる。
パッと見てギュスタと俺の距離は3メートルほど。
これなら一足の踏み込みで斬り込める俺の距離だ。
オープ先生がステージから下りると、ある機械の前へ歩を進めた。
それは【SBVS】というフィールド形成装置だ。
【SBVS】とはソールバトルフィールドビジョンシステムの略称で、エクトの父が経営しているIG社製の装置なのだ。
観客にソールブレイバーの攻撃が及ばないようにバリアを戦場周りに張ってくれる凄いヤツ。
だがそれだけじゃない。
【SBVS】の本当に凄いところは環境を再現する機能だ。
今まさにオープ先生が【SBVS】を起動し、俺のいる戦場が何かに彩られ‥‥‥なかった。
「ん? あれ?」
俺はおもわず足元を見渡す。
どこを見ても味気ないステージの床が広がるばかり。
展開されたのは観客を守るバリアだけだった。
「オープ先生。戦場は変えないんですか?」
「レヴァン、実力を見せ合うだけなんだぞ? 必要なかろう」
「まぁ、そうですね」
ちょっと期待してただけに残念だ。
……それにしても外野がうるさい。
さっきからこれだ。
「見ろよ。1年のヒョロガキ二人だ」
そこまでヒョロくないだろう失礼な。
「生意気な1年だぜ。まさかギュスタとシグリーにケンカを売るとはな」
いや、売られたんだよ。
「あ、でも連れてる魔女二人は可愛いな」
シャルとレニーか?
俺もそう思う。
「『魔女兵装』を使えるソルシエル・ウォーだと全力を出しやすいから助かるぜ。加減しなくて済むからな」
外野の声を無視しながらエクトが言う。
俺は「そうだな」と返した。
『魔女兵装』の真の良さは人を殺めることができないところである。
そもそも魔法というものに殺傷能力がない。
気絶させるのがやっとなのだ。
なぜ殺傷能力がないのか?
それは未だに解明されていない。
派手で攻撃的なものが多い魔法なのに殺傷能力がない。
そんな矛盾した能力をなぜ人間が持って生まれたのか?
それすらも分からない。
しかしこの不殺の魔法が存在したからこそ『誰も死なない戦争』であるソルシエル・ウォーというものを設立させた。
国同士が争い合っている今でも、過去のような屍の山は築かれなくなった。
戦争が遊びになったと喚く懐古な連中はいまだにいるが、人が死ななくなったのは大きい。
‥‥‥少なくとも、過去の戦争で両親を亡くした俺はそう思う。
「それでは選手リンクせよ」
オープ先生から号令が掛かった。
俺はシャルを見た。
視線が合い、シャルは小さく頷いて俺の手を握る。
その手を握り返し、俺とシャルはリンクした。
ほぼ同時に向かいのギュスタとシグリーも、シャルの姉であるロシェルとリエルとリンクした。
俺の隣でエクトもレニーと手を握り合い、リンクを開始しようとしている。
ん?
なんかレニーの顔が赤くなってるような。
気のせいか?
「おいレニー。早くリンクしろよ」
手を握ったままリンクしようとしないレニーに痺れを切らしたエクトが言った。
「わ、わかってるわよ!」
顔は赤くしたままでレニーは必死な感じで言い返し、なんとかリンクすることに成功する。
「レニーはどうしたんだ? あんな赤くなって」
『異性と手を繋ぐのに慣れてないんだよきっと。ほら私とレヴァンも初めて手を繋いだ時はドキドキしたでしょ?』
「いや、そんなことなかったぞ?」
『‥‥‥へぇ? そうなんですね』
あれ?
なんか急にシャルの声が冷たくなったような。
「『魔女兵装』用意!」
またもオープ先生からの号令。
いよいよ『魔女兵装』とのご対面だ。
俺は【グレンハザード】を召喚しようと念じた。
すると右手に赤い光が集まり、それは銃剣の形になって弾けた。
見ればそこには漆黒の銃身と刀身がメタリックに輝く。
銃剣の各所が赤く燐光し、巨大なブレードも赤い光を燻らせている。
大口径の銃口が武器の迫力に磨きをかけ、今にも火を噴きそうだ。
「これが【グレンハザード】。俺とシャルだけの武器か」
『俺とシャルだけの武器! ん~良いねその言い方!』
ん、良かった。
なんかシャルの機嫌が治ったぞ。
安堵してると隣ではエクトが『魔女兵装』を召喚していた。
白銀の銃身が美しいその二丁のライフルは、どちらも青い燐光を所々で発している。
名前は確か『ステラブルー』だったか。
対するギュスタは剣と盾を召喚し、隣のシグリーはマシンガンと盾を召喚した。
「おい! あの1年が持ってる武器見ろよ!」
「なんだありゃ? 銃剣ってやつか?」
「リボルバーとは、また渋いな」
銃剣ってそんなに珍しいかな?
まぁ剣と銃よりはマイナーだろうけど。
「あいつら盾は装備しないのかよ。弾丸とか魔法とかどうやって防ぐんだ?」
「たしかに。赤髪の1年はデケェ銃剣一本。トンガリ頭のヤツは二丁のライフルだ」
「素人だな。攻撃のことしか頭にない装備だ」
どうやら3年の連中が俺とエクトの装備を見てイチャモンつけているようだ。
そういえば『魔女兵装』で一般的な装備は【剣】+【盾】もしくは【銃】+【盾】らしい。
魔法や弾丸は並みの動体視力では避けられないものが多い。
だから盾を装備してそれらを防ぐのが基本となっている。
俺とエクトが異質に写るのも仕方ないのだ。
「両選手! 戦闘準備!」
いよいよだ。
俺は【グレンハザード】を構えた。
隣で味方のエクトも【ステラブルー】のトリガーに手を掛ける。
向かいのギュスタとシグリーも己の武器を構えた。
オープ先生が手を上げた。
全生徒が息を呑む。
空気が張り詰める。
嵐の前の静けさ。
「戦闘‥‥‥っ!」
オープ先生の上げられた手が、今‥‥‥下げられた!
「開始っ!」
ッドッパァアンッ!
轟音を響かせる俺の一歩目の踏み込み。
その踏み込みで俺はターゲットであるギュスタへ突進する。
一気に間合いを詰めた。
「なっ!?」
ギュスタが驚愕し、目を見開く。
こちらのスピードに対しギュスタの反応は余りにも遅かった。
すれ違い様に【グレンハザード】の刃がギュスタの腹部を一閃する。
ギュスタの腹部から血ではなく光の粒子が吹き出した。
「がっ!?」
『え、ギュスタ!?』
魔女ロシェルの悲鳴が耳朶を打つ。
今しがた吹き出した光の粒子は、ギュスタの精神にダメージを与えた証拠だ。
『魔女兵装』も魔法の産物。
人は殺せない。
ギュスタは白目を剥いて膝をつき、ついには倒れた。
『ギュスタ! 冗談はやめて! ギュスタ! 起きて!』
ロシェルの掛け声も虚しく、ギュスタは光に包まれて消えてしまった。
今のは【SBVS】の機能だ。
フィールド上の戦闘不能者を判別し、エリア外へと弾く。
『さっすがレヴァン!』
「まかせとけ」
『シグリー! ちょっと! シグリー!?』
この声は魔女リエルの声だ。
俺はシグリーのいる方へ視線を向けると、そこにはすでに倒れたシグリーの姿があった。
よく見ればシグリーの眉間から粒子がパラパラと飛び散っている。
この見事なヘッドショット。
エクトが『ステラブルー』で撃ち抜いたようだ。
エクトは初期位置から一歩も動いていない。
シグリーが動き出す前にヘッドショットを決めたらしい。
さすがエクトだ。
頼りになる。
「なんだよコイツら。まるで手応えねぇじゃねぇか」
エクトが不機嫌そうに言う。
当のシグリーも気を失い戦闘不能と判別されエリア外へ飛ばされた。
それはわずか数秒の決着。
【瞬殺】と呼ぶにふさわしい結果だった。
『す、すごい‥‥‥』
エクトの中にいるレニーが驚愕した声で呟く。
観客席にいる2年・3年は何が起きたのか分からないのか、みんな口をバカみたいに空けて呆然としている。
一方で、1年サイドのギャラリーは大歓声を沸き上げた。
「すげぇえ! マジですげぇえよアイツら!」
「『魔女契約者高等学校』のNo.1とNo.2をあっさり倒しやがった!」
「やべぇ! 鳥肌立った!」
「【無能】と【お坊ちゃん】強すぎ!」
弾かれてステージの脇に倒れていたギュスタとシグリーは、他の生徒が保健室へ運んで行った。
リンクを解いていたらしいリエルとロシェルも、慌てて保健室へ向かって行った。
ソルシエル・ウォーの長所はやはり大きな怪我人が出ないところだ。
これが通常兵器での戦いだったら、ギュスタとシグリーは死んでいただろう。
なにせギュスタは腹部を一刀両断され、シグリーは脳天をぶち抜かれたのだから。
「な、なんだよこれ‥‥‥なんだよあの二人は!」
「速すぎて見えなかった!」
「ありえねぇ。強すぎる!」
ようやく2年と3年らが言葉を発した。
「これで強すぎるってよ」
呆れた声でエクトがそう口にする。
だがその言葉には俺も同感だった。
上には上がいる。
俺たちはまだまだこれからだ!
「なら敢えて言ってやるよ」
俺はそう言って、エクトと共に2年と3年達に指を差して吼えた。
「「俺達が強いんじゃねぇ! お前らが弱いんだ!」」
その言葉にグッと声を詰まらせる雰囲気が2年と3年達から漂った。
1年生達からは盛大な拍手と大歓声が贈られる。
最高に良い気分だった。
無能と呼ばれる毎日で、こんなにも絶賛されたことはなかったから。
『ね? 信じて正解だったでしょレニー』
『うん。本当に凄い。本当に凄いわ』