第53話『二人ならきっと』
ピクオッドというカフェで、挽きたてコーヒーをレニーに買ってやった。
相談に乗ってもらうんだ。
これくらいはしてやるべきだと思った。
エクト自身は苦いのが嫌いなので普通のココアを買った。
しかしこういったカフェで売られている飲料物はなんで自販機の物より高いのだろうか。
缶コーヒーと、レニーの買ったコーヒーと、何がそんなに違うのだろうか。
そんな正直どうでもいい事を考えながら、公園についた。
晴れた青空の下。
子供達が遊び回り、それを眺める母親や、母親同士で雑談を楽しんでいる者もいる。
公園の真ん中にある噴水まで来ると、ちょうど近くにベンチがあったのでそこに座った。
レニーもエクトの隣に腰を下ろした。
エクトもレニーも、まずは手にした紙カップを一口飲んだ。
「あ、これは重い」
レニーがローズベルブレンドコーヒーを飲んでそう言った。
リウプラングの時は軽いとか言ってた気がする。
重いとか軽いとか、正直なに言ってんのかよく解らない。
だがエクトの飲んだココアは甘くて、舌にまとわりつくほど濃厚なコクがあり美味かった。
特に寒いわけではないが、ホッとする暖かいココアは今のエクトのモヤモヤイライラとした感情を鎮静化してくれる働きを見せた。
一息ついてから、エクトは重い口を開く。
「オレ、母さんに聞かれた何を成したいのかって部分に答えが出なくってよ」
「あたしもそれが気になってたわ」
「あ?」
「エクトが全国制覇を目指す理由よ。レヴァンみたいに恋人と結婚したいとかそんな理由もなさそうだし、でもだからと言ってリリーザのために戦ってるわけでもなさそうだし。エクトの目標があたしには解らなかったわ。なんのために戦ってるんだろうって」
「‥‥‥逃げたかっただけだ」
「もしかして、お父さんから?」
「いや、両親と会社からだ。勝手に産んで勝手に人の人生を決めつけてくるのに嫌気が差してたんだ。オレはオレの人生を生きる‥‥‥そう決めてたんだけどな」
「その部分が見つからないのね」
レニーに言われ、エクトは「ああ」と頷いた。
そしてココアをまた一口飲む。
「レヴァンみたいに明確な将来のビジョンがないんだ。オレには」
「会社を継ぐのはどうしても嫌なの?」
「嫌に決まってるだろ。‥‥‥でも、オヤジが倒れたら、オレは‥‥‥」
「そんなにお父さんのことで悩むなら、会社を継ぐって決めたらどうかしら?」
「は?」
「でないと、エクトが後悔すると思うわ」
「なんでだよ」
「だってエクトは、とるに足らない事にはこんなに悩まないもん。本当はお父さんの事が心配でしょうがないから、こんなにも悩んでるんだと思う」
「オレが?」
「うん。あたし知ってる。エクトは本当に優しいから、お父さんの事を無視できるわけない」
「‥‥‥」
「会社を継ぐのが嫌な理由を教えてよエクト」
「え?」
「やっぱり束縛されるのが嫌とか?」
「いや」
そんなレベルの話では、正直ない。
「仕事人間になりたくないとか?」
「違う。PG社は総勢13万人の従業員を雇っている大企業だ。ソルシエル・ウォー部門のSBBS関連だけじゃなく、金融や鋼鉄、製造とか半導体だったか。とにかくいろんな事をやってる会社なんだよ。いろいろやってるから人間関係も複雑さ。いや、人間関係っていうより複雑怪奇な人脈って言った方が正しい。それを目配せ一つで動かしているんだよ。あのクソオヤジは」
「す、凄いわねエクトのお父さん」
「あぁ‥‥‥凄いよマジで。あんな人数の人生を背負って、会社を発展させていくなんてさ。オレにはあんなマネできねぇ」
「ああ、やっとわかったわエクト。あんたお父さんのようにならなきゃって思い込んでるんでしょ?」
予想外な言葉を投げかけられ、だが図星なのかエクトは自分の心臓を鷲掴みにされるような感覚に陥った。
するとレニーはエクトの手に自分の手を重ねてきた。
「エクトはエクトよ。お父さんのようになる必要はないし、エクトなりのやり方で会社を発展させていけばいいじゃない」
「簡単に言うなよ。オレのやり方でやって、失敗したら、社員の人生に迷惑が掛かるんだぞ」
上に立つ者は富を得るが、同時に相応の責任と重圧を与えられる。
PG社の社長という王座に腰かけるにはそれらを受け止める覚悟がいるのだ。
そんなものを一人で死ぬまで受け止め続ける自信はない。
「ふふ、エクトって本当に他人の事から考えるわね。あんたのお父さんがあんたを次期社長にしたがるのが凄く分かるわ」
レニーは微笑みながら言うと、エクトの手に重ねた手を今度はギュッと握り締めてきた。
頼りないほど細く柔らかい手は、それでも安心を覚えるほどには暖かい。
「決めたわエクト。あたしPG社に就職する」
「‥‥‥は?」
「話を聞いてて思ったのよ。エクトの抱えている問題は、一人じゃ重すぎるって。だからあたしが支えてあげる。あたし一応は良い仕事に就けるように勉強だけはやってたんだから」
これ以上にないくらい良い案だと瞬時に思ってしまった。
レニーが側にいてくれれば、エクトは間違いをおかさなくて済むかもしれないと。
間違いを正してくれる存在になってくれると。
だが‥‥‥。
「ウチに就職しても、オレの魔女ってだけで後ろ指を差されることになるぞ?」
「いいわよそんなの。そよ風のように流してやるわ」
なんと頼もしい女だ。
「それにねエクト」
「ん?」
「あたしもあんたと一緒で、シャルみたいに明確な将来のビジョンがなかったの。ついさっきまで」
「さっきまで?」
「うん。でもやっと見つけた。エクトを死ぬまで支えるって目標が」
決して同情でも情けでもない本気のレニーの顔がそこにあった。
本気でそう言ってくれていると分かる熱の籠った青い瞳。
死ぬまでずっと側にいてくれると取れるその言葉は、責任と重圧に恐れをなして震えていたエクトの心に安心を与えてくれたのは言うまでもない。
レニーがパートナーとして優れているのは、他の誰よりもエクトが知っているからだ。
レニーがいてくれるなら、会社を継いでも上手くいけそうな気がする。
「死ぬまで支えるってお前、それはオレに対するプロポーズか?」
「へ!? あ、ち、違うわよ! な、なんでそう受け取るのよ! あたしはあんたが一人じゃ大変そうだから支えるってだけで、別にそんな意味じゃないんだからね!」
「‥‥‥レニー」
「な、なによ?」
「ありがとうな。おかげで決心がついたぜ」
「え、じゃあ‥‥‥」
「ああ。会社は継ぐさ。でもその前に一つ、やらなきゃならねぇ事がある」
※
もしもし、オヤジか? エクトだ。‥‥‥身体は大丈夫か?
‥‥‥あ? いや、母さんから聞いた。ああ。
‥‥‥それよりオヤジ。会社の件なんだが、その‥‥‥継ぐよ、オレ。
‥‥‥そんなに驚かなくてもいいだろうが。
‥‥‥ああ。でももう少しだけ待ってほしいんだオヤジ。
オレのために国王の誘いを蹴ったバカ野郎がいるんだよ。
そいつの手伝いをしなけりゃいけないんだ。
‥‥‥ああ、あいつだよ。
なんだかんだで親友なんでね。助けてやりてぇんだ。
リリーザもせっかく押し返し始めてるしな。
それに、リリーザであいつに付いていけるソールブレイバーなんてオレくらいしかいねぇだろうからな。
次回の更新は土曜日です。




