第52話『相談相手』
『ローズベル』は一言でいうなら水の都市だろう。
白石で整理された水路には清らかな水が流れ渡る。
街の至るところに噴水が吹き出して虹をつくっている。
しかし建物はやはり屋根が青色に統一されている。
リリーザの国色だから、当然と言えば当然なのだが。
遠くを見ると、一際高い塔が見えた。
その塔からは滝が流れ、街全体に潤いを与えているようだ。
「あれ? エクトくんとレニーは?」
シェムゾさんと会話を済ませてきたシャルが言った。
「さきに『ローズベル』を見て回ってるんだろ。なんかエクトの奴は変だったし、レニーもなんか理由を知ってるような雰囲気だったが、とりあえず今はほっとくしかない」
理由も解らないのにツベコベ言うのも悪いからな。
とはいえ、親友の身としては悩みを相談してくれないのはちょっとショックだが。
「エクトくんがあんな顔してるの初めて見たかも」
「そうだな。普段はあんな思い詰めたような顔しないもんな」
「恋の悩みかな?」
「お前はどーしてそう恋愛方面に持ってく?」
「だって若いときに悩む事ってだいたい恋愛関係でしょ? 他に悩む事があるとしたら勉強の成績とか、部活でレギュラー落ちしたりとか、バイトはどこでしよっかな~とか、そんなんでしょ?」
「恋愛以外もだいぶあるじゃねぇか。それよりお前は良かったのか? グラーティアさんにグランヴェルジュ関連のこと聞かなくて」
「別に今さら聞いても仕方ないよ。それにもうお母さんは許そうと思ってるし」
「そうなのか?」
「うん。いま私は幸せですから」
満面の笑みでシャルが俺の手を繋いできた。
俺はその手をそっと握り返す。
「幸せじゃなかったら許さなかったか?」
「当たり前だよ。私は聖女じゃないからね」
※
「噴水が綺麗な街よねエクト」
「ああ」
「ここにも美味しいコーヒーあるかしら?」
「さぁな」
『ローズベル』の街中で、エクトはレニーと共に歩道を散歩していた。
だが正直、レニーの話は耳に入ってこない。
頭の中で考えるのは、戦う理由だった。
『あなたは何を成したいの?』
未だに突き刺さる母の言葉。
あれからエクトの心には、すとんと戦う理由が抜け落ちた。
いや、正確には抜け落ちていたことに気がついたことだ。
家から逃げることだけ考えて、今日まで戦ってきた。
強くなってきた。
でも、逃げた先まで考えてはいなかった。
確かにレヴァンと共に全国制覇を達成すれば、エクトは自由になれるだろう。
でも自由になったその先で、何をすればいい?
エクトにはレヴァンのような将来のビジョンなどない。
レヴァンはシャルと結婚するという極シンプルな目的がある。
おまけに家族計画まで立てている。
さらには自分の就職先まで定めているほどだ。
シャルと家族を築くという一本の芯が、レヴァンを確固たるブレのない男にしている。
今はその男の姿が、妙に眩しく感じる。
真っ直ぐで、揺らがない親友。
それ故にレヴァンは強い。
ソールブレイバーとしての実力も、正直あいつに負けていると薄々わかっている。
認めたくなかったが、今となっては当然の差だと納得もできた。
こんな逃げたいだけの男が、何かを成そうとしている男に勝てるわけがないのだから。
「エクト。お母さんに言われたことを気にしているの?」
突如としてレニーが聞いてきた。
さすがに耳を疑って、エクトはレニーを見た。
「なんだ急に」
「えっと、その、夢で、ちょっと‥‥‥」
「夢? 何を言ってんだお前」
適当な事を言いやがってと思った。
レニーはエクトの母の事など知らないはずだ。
会わせた覚えがない。
「夢で見たの本当に。エクトがお母さんに『あなたは何を成したいの?』って聞かれているところを見たわ。エクトのお父さんが、心臓に病気を患っていることも夢で聞いた」
「っ!?」
さすがに立ち止まった。
今まさに胸に突き刺さっている言葉を聞かされ、疑うのが一気に難しくなった。
しかもオヤジの事まで。
「どうしてそれを!?」
「ソールブレイバーの感応現象だと思う。バスで一緒に寝ていたから、きっとそれでエクトの夢をあたしまで見ちゃったんだと思うわ」
感応現象?
聞いたこともない現象だ。
「勝手に見るなよ人の夢を!」
身内の問題に無断で覗かれた気分になり、少し腹が立った。
うっかり責めるようなキツい口調になってしまった。
「‥‥‥ごめんなさい」
やはり言うんじゃなかったという風に、レニーは暗くなった。
それを見て胸が痛むのを感じたエクトは確認した。
「‥‥‥その感応現象ってのは、自分で操作できるもんなのか?」
「ううん。ごく稀に起こる現象」
「そうか‥‥‥ならいいよ」
故意でないなら仕方ないとエクトは思った。
それにこちらの事情がレニーに割れたおかげで話しやすくもなった。
「なぁレニー」
「ん?」
「ちょっとオレの話を聞いてくれないか?」
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