『将軍戦 暴君タイラント』3
「な、なぁ。あの将軍、さっきから消えたり出たりしてるんだけど、気のせいか?」
「ううん。わたしも消えたり出たりに見える」
「あれ本当に消えてんのか? 魔法か?」
「まさか。そんな魔法聞いたことねぇ」
「いやでも、人間が魔法以外であんな速度出せるのかよ」
観客席にいるギャラリーが口々にざわめく。
彼らの近くの席に座るオープは腕を組んで唸る。
「うーむ。速すぎて見えんな」
言うと隣で腰を下ろすアノンが「はい」と応えた。
「あの巨体でこのスピード。暴君の異名は伊達ではないですね」
「だな。しかしレヴァンくんもさすがだ。あの暴君のスピードに対応している」
「ですがギリギリです。それに攻撃力・防御力も暴君が上。せめて『魔女兵装』があれば‥‥‥」
確かに、とオープは内心で同意した。
試合が始まってから少ししてレヴァンくんとエクトくんの武器が壊れた。
どうにもこれが魔女ビジュネールの『スターエレメント』の効果らしい。
「いや、まだレヴァンくんにはフレイムがある。それにエクトくんもどこかへ移動している。何か作戦を思い付いたのかもしれん」
「そうですね。決め手はフレイムか、エクトさんか」
※
俺の踏み込みが『高速』なら、ゴルトの踏み込みは『音速』とでも表現するべきか。
一足の踏み込みで、姿が霞むほどの速度を生んでいる。
爆発的な加速力だ。
ゴルトの速度にはだいぶ慣れて来たが。
「『ウインドセイバー』!」
風を腕に纏い、そのまま大振りに腕を薙ぎ払うゴルト。
腕に纏った風を薙ぎ放ち、緑色の曲円型のブレードが発生した。
真っ直ぐ飛んでくるそれを何とか避けるが、今度は激しいパンチのラッシュ。
「そらそらそらそら! どうした小僧! もっとこい!」
魔法とラッシュのコンビネーションで、まるで隙がない。
さっき避けた『ウインドセイバー』が背後のビルを切断し、派手に倒壊させた。
その倒壊したビルが雪崩のように崩れる。
すると視界を奪えるほど濃い土煙が舞い上がった。
使える!
そう直感的に判断し、俺は咄嗟に背後へ飛び、その土煙に隠れた。
崩れたビルの破片を持ち、それを力いっぱいゴルトに投げた。
「こざかしい! ビルくらい投げたらどうだ!」
無茶言うな。
投げつけられた破片を片手で弾くゴルト。
だが、その破片を目眩ましにして、俺はゴルトの目前まで接近を完了させた。
「ぬ!?」
「俺とシャルのフレイムは、一味違うぞ!」
ほぼゼロ距離でフレイムを解き放ち、ゴルトの胸部に直撃させる。
大爆発を起こし、ゴルトの巨体が大きく吹き飛んだ。
「うおわあああああああっ!?」
別のビルにぶち当たり、壁を破壊して奥に吹き飛ぶゴルト。
手応えありだ!
‥‥‥そう感じたのだが、戦闘不能のアナウンスは流れない。
代わりにリリーザ側の観客達が歓喜の声を張り上げた。
『こちらエクトだ。【北エリア】に着いた。いまビルの屋上にいる』
『武器はどうエクトくん?』
『ビンゴだぜシャル。お前の予想通り武器を召喚できた。やっぱり効果範囲があったみてぇだ』
『良かった。これで後は隙を作ってエクトくんに狙撃してもらえば勝てるよレヴァン!』
そうだな、と言う前にある幼い声が響いた。
『『シュトゥルーム』』
魔女ビジュネールの声であるそれは魔法名を詠い、間もなく俺の周りで強風が巻き起こり出した。
「な、なんだこれは!?」
『風の『魔法最上階層詞』だ! よりによってこんな!』
強風はやがて周りのビルなどを破壊する威力になった。
しかし、風自体はこちらに近づいてくる様子はない。
俺を中心にして風が回っている。
まるで竜巻の中に閉じ込められたような感じだ。
いや、もしかしたら、相手を竜巻の中に閉じ込めるのがこの魔法の本領だとしたら?
それに答えるかのように向かいからゴルトがやってくる。
「ビジュネール。奴を倒すまで『シュトゥルーム』は解除するなよ」
『ええ。わかっていますよあなた』
ゴルトは軍服を脱いで、上半身だけ裸になる。
鉄のような筋肉質の身体が露になった。
『おいレヴァン。どうした?』
エクトのテレパシーに答える前に、ゴルトが先に口を開いた。
「さっきのは効いたぞレヴァン・イグゼス」
「そいつは良かった。また食らってみるか?」
「がっはっはっは! 食らわせてみろ! 今から本気を出すワシにな!」
「なっ!」
『えっ!?』
シャルも俺と同じく驚いたようだ。
相手がまだ本気を出していなかったことに。
今までは手加減されていたってことなのか!?
そんな不安が胸の中を覆い、冷や汗が俺の頬をつたう。
「ぬううううおおおおああああーっ!」
ゴルトが雄叫びのような声を張り上げる。
すると彼の筋肉が膨張し初めた。
膨張した筋肉がゴルトの巨大さに拍車をかけ、暴君の名に恥じない巨漢となる。
全てを破壊してしまいそうな、そんな雰囲気を漂わせてくる。
俺は、おもわず一歩引いてしまった。
相手の闘気が、さっきまでとは比べ物にならないほどに強くなっていたからだ。
全身が戦慄する。
まともにやって勝てる相手じゃない! 逃げろ!
脳がそう告げている。
しかし、四方を塞がれた竜巻の中では答えられぬお告げだった。
『おい! バカデカイ竜巻が見えるがどうした! 無事なのか!』
『レヴァン! シャル! 答えて! 大丈夫なの!?』
エクトとレニーのこちらを心配する声がテレパシーを介して伝わった。
「大丈夫だ。まだ、な」
『エクトくん。レニー。まずいことになったよ。『シュトゥルーム』を発動された』
『『シュトゥルーム』?』
『風の『魔法最上階層詞』じゃない! それじゃエクトの狙撃も届かないんじゃ‥‥‥』
レニーの言葉は正しい。
これだけの強風では、弾丸は風に煽られ軌道をずらされる。
いくらエクトの射撃技術でも、これほどの風を相手に狙撃するのは無理がある。
風は不規則だ。
これを計算して狙撃するのは、やはり無理だろう。
「さぁ、一対一だ。最終ラウンドといこうかレヴァン・イグゼス」
ゴルトが首を鳴らしながら言った。
俺は震える身体をなんとか押さえ、拳を構えた。
「残念だったなレヴァン・イグゼス。あのトンガリ頭の小僧にワシを狙撃させるつもりだったのだろう?」
「っ!?」
『えっ!?』
なんで、それを!?
「なんで分かったという顔だな。軍人をあまり舐めるなよ? 戦いにおいて相手の情報を知っておくのは基本中の基本だ。あのトンガリ小僧がスナイパーライフルを【サブ】として隠し持っているのは調べがついている」
『そう。だからこの風の結界『シュトゥルーム』を張らせてもらいました。余計な横槍を刺されぬように』
全てお見通しだったってわけか。
絶句する他なかった。
シャルさえ相手の周到さに言葉を失っている。
相手を舐めていたわけじゃない。
完全にこちらの想像力不足だ。
『レ、レヴァン』
「なんだ?」
『気休めかもしれないけど、ビジュネールさんは今『シュトゥルーム』を発動させてそれを維持してる。だから今は他の魔法は使ってこないよ』
「そうか」
俺は息を吐く。
そして吸う。
エクトの援護を受けられない。
そして合流もできない。
完全に、俺がなんとかしなければいけない状況になってしまった。
相手は本気を出してパワーアップした。
今のいままで全力だった俺に、勝ち目はない。
シャルの覚醒に賭けてみるか?
いや、そんな不確定なものより確実なものがある。
「シャル。一つの頼みがある」
『どうしたの? 出来ることならなんでもするよ?』
「よく言った。ならシャル。俺を全力で応援しろ」
『‥‥‥え?』




