『将軍戦 暴君タイラント』2
高層ビルに囲まれた大通りの中心で、ゴルトが拳を鳴らしながら迫りくる。
俺も拳を構えた。
隣に来たエクトも同じく構える。
ヴィジュネールの『ウェポンズ・ブレイカー』に『魔女兵装』を破壊され、作戦の要である『アイスオーダー』が使えなくなった。
「いきなりヤベェな‥‥‥」
エクトが焦りを滲ませた声で言う。
俺も同意で「ああ」と短く返した。
次の瞬間。
唐突にゴルトの姿がぶれた。
いや、霞んだ。
そして突風が起こる。
っ!
こっちに来る!
ドン!
隣で鈍い音がしたと思ったらエクトが吹き飛んでいた。
ゴルト将軍が降って湧いたようにエクトの目前に表れて、拳打を胸に叩き込んだのだ。
バコォンと派手な破壊音を響かせて、悲鳴さえ上げられずにビルの壁を貫通していくエクト。
「エクト!」
『エクトくん!』
なんだ、今のスピードは!
ほとんどゴルトの姿が霞んでいて、捉えるのが難しかった。
あれほどの脚力があるのなら、スタートして間もなくこちらのエリアに到達したのにも納得がいく。
「‥‥‥ほほう」
何故かゴルトは感心したような声を出す。
そしてヴィジュネールも。
『拳が当たる直前に後ろへ跳びましたね。彼』
「うむ、ダメージを抑えたか。あのトンガリ小僧め、ワシの速度に反応できるとはやりおるな」
言ってゴルトはトントンと軍靴の爪先で地面を何度か蹴った。
ブゥンと音を発してまたゴルトの姿が霞んだ。
速すぎて姿が霞むゴルトを何とか捉えた。
ゴルトはまるで弾丸のような恐ろしいスピードで俺に拳を突き出してくる。
「くっ!」
俺は紙一重でそれを避けた。
頬を少しカスッた。
そのまま流れるようにゴルトのがら空きになった腹部めがけ、力いっぱい握りしめた拳を放つ。
「うおらっ!」
威勢を込めた声と共に打ち込んだ拳は、まるでゴルトに通じていない。
硬い!
なんて筋肉の硬さだ!
殴った俺の拳が逆に軋む。
「避けたか。すばらしい反応だな。だが!」
ゴルトは俺の拳を腕ごと掴み、力任せに投げ飛ばされた。
空中で1回転し、何とか地面に叩きつけられる前に体勢を整え着地する。
だが、次の攻撃はすぐにきた。
「『エアスライサー』!」
唱えたゴルトの右足に竜巻が纏われた。
また霞むほどの速度で突貫してくる。
着地の瞬間を狙われて避けきれず、その竜巻を纏った蹴りをまともにくらってしまった。
蹴りが胸部に直撃し、竜巻がドリルのように胸を抉る。
キュイイィンと音を立てて抉られる胸部からは大量の光の粒子が飛び散った。
「ぐああああっ!」
『レ、レヴァン!』
蹴りの衝撃で吹き飛び、アスファルトを何度か転げ回った。
意識が飛びそうな痛みに何とか耐え、受け身をとって立つ。
ゴルトを正面に捉えて、俺は激痛が残る胸を押さえながらまた構えた。
手強い。
今までの相手が全て雑魚も良いところの連中だったことを思い知らされるほどに。
歴代最高レベルと言われるだけある。
さてどうするか。
エクトは吹き飛ばされただけでやられてはいないようだ。
戦闘不能のアナウンスが流れないのがその証拠になる。
あいつが戻ってくるのを待って二人で仕掛ける方が有効か?
「ソールブレイバーはみな『魔女兵装』に頼り、格闘がおざなりになりがちだが、お前は違うようだな」
「‥‥‥あんたは『魔女兵装』を使わないのか?」
使われずにこのザマだが、あえて聞いてみた。
ゴルトは顎を撫でながら困ったような顔をする。
「いやなに、このヴィジュネールの『ウェポンズ・ブレイカー』は敵味方問わずに効果を出すものでな。ワシとてその例外ではないのだよ」
つまり自分の武器さえ破壊してしまう諸刃の剣か。
だからずっと素手で戦っているのかこの人は。
敵味方問わずならば、ゴルトが一人で俺とエクトに戦いを挑んだのも頷ける。
味方がいても、魔女の能力で無力化してしまっては意味がないから。
「厄介な能力だ」
「がっはっはっは! よく言われる」
刹那、ゴルトの巨体がブレる。
正面から、いや、ちがう!
キュッキュッと路面を擦る軍靴の音が左から一瞬だが聞こえた。
回り込んでくる!
「背後か!」
咄嗟に振り返る。
たしかにゴルトは背後にいたが、すでに拳を突き出している最中だった。
くそっ! 速ぇ!
回避が不可能だと直感的に理解し、俺は両腕をクロスさせてゴルトの拳打を防御した。
ミシミシと腕の骨が軋む。
「ぐ、うぅ!」
重すぎる一撃に耐えきれず、俺は足でブレーキを掛けているにもかかわらずビルの壁まで吹き飛ばされた。
背中から衝突し、ビルの壁が破砕する。
吐きそうになる衝撃を全身に受けて、気さえも飛びそうだ。
『レヴァン大丈夫!?』
「ゲホッ、ゲホッ! ぁあ。な、なんとかな」
『あの人速すぎるよ。目で追えない!』
「仕方ねぇさ。俺でもギリギリなんだ」
『やっぱりそうなんだ。このまま正面で戦っても勝ち目はないよレヴァン』
「わかってる。けど、こっちの攻撃が通じないんだ。あの筋肉の壁は恐ろしく硬い。攻撃が通じないんじゃそもそも勝ち目がない」
『落ち着いてレヴァン。武器が壊されただけで魔法が使えなくなったわけじゃないよ。まだフレイムがある!』
そうだった!
さっきゴルトも目の前で魔法を使っていたのに盲点だった。
物理が効かないなら魔法で戦うしかない。
幸い俺とシャルのフレイムは威力だけは高い。
これを当てることさえできれば!
「そうだったな。フレイムで応戦するか!」
『うん。でもちょっと待って。レニー? エクトくん? 聞こえる?』
何やらシャルはテレパシーをエクトらに送っているようだ。
『‥‥‥聞こえてる』
どこか辛そうなエクトの声音が聞こえた。
俺は思わず口を開く。
「エクト! 大丈夫か!?」
『大丈夫じゃねぇよ。そっちこそ大丈夫なのか?』
「まだ戦える」
言って正面を見ると、ゴルトがゆっくりこちらに迫ってきていた。
「もう時間がないぞシャル」
何かエクトに用があったのだろうシャルに俺は急かすよう告げた。
『うん。エクトくん聞いて! ゴルト将軍はこの【南エリア】で食い止めるから、エクトくんはそのまま【北エリア】に向かってほしいの』
『はぁ?』
『どういうことなのシャル?』
「おいシャル。どういうことだ?」
『あのヴィジュネールさんの『ウェポンズ・ブレイカー』なんだけど、効果範囲があると思う。さっきまでは『魔女兵装』が使えてたんだし』
そう言われると確かに。
試合開始時は問題なく武器を召喚できてた。
降ってきたビルを切り捨てるまでは使えてた。
『魔女兵装』が壊れたタイミングは、ゴルトが表れる少し前。
ある距離まで接近してきてからだ。
『なるほどな』
『効果範囲さえ抜け出せれば!』
『そう! 『アイスオーダー』が使えるようになるよ!』
「やってみる価値はありそうだ。エクト頼む!」
『すぐ【北エリア】に向かう。やられんなよ!』
「ああ!」
シャルのおかげで希望が見えてきた。
俺は拳を構えて、迫りくるゴルトに備える。
「お? さっきより良い顔をしているな。何かこのワシを倒す作戦でも思いついたか?」
「さぁな」
顔には出さないようにしていたつもりだったが、このオッサンはどうにも鋭い。
『シャル・ロンティア。いつになったら『ゼロ・インフィニティ』の力を見せてくれるのかしら?』
『知らない』
嗤っているヴィジュネールにシャルはそっけなく返した。




