第31話『エクトとレニー』
ようやくシャルとレニーが温泉から上がり、俺とエクトは温泉に戻って浸かることができた。
かなりいろんな事を盗み聞きしてしまったが、シャルがあんなに『魔法第二階層詞』のことで悩んでくれていたことには正直驚いた。
同時に嬉しくもあった。
シャルは俺を信用しきってる。
嫌われたくないという気持ちより先に、嫌うわけがないという気持ちがくる。
それは俺だって同じだ。
シャルに見損なわれたくない気持ちは確かにある。
けれども、シャルが俺を見損なうとは微塵にも思っていない。
今は一緒にいて当たり前になっているのだから。
シャルがいない人生など考えられないほどに。
――まさかこれが、シャルの覚醒の妨げになるとは思いもよらなかったが。
「なぁ、レヴァン」
温泉に身を浸からせて、視線は夕焼けの空へと向けているエクトが呼んできた。
「どうした?」
「レニーのやつ、オレが好きだって言ってたが、本気で言ってると思うか?」
「疑う余地なんてないだろ? レニーはお前に聴かれてるって知らないし、何よりシャルだから本音で話してたんだ。そこに嘘があるとは思えないな」
「‥‥‥」
「ほら、レニーはお前に弁当つくって持ってきてくれてたろ? たぶん、あの時からお前に気があったんだよ」
「気が‥‥‥」
「どうでもいい男に女の子が弁当なんか作るわけないじゃないか。レニーは間違いなくお前に惚れてるんだよ」
「‥‥‥どうすりゃいいんだオレは?」
どうやらエクトは慣れない出来事に童謡してしまっているようだ。
「どうもなにも、後はお前の気持ち次第だよエクト。レニーのことをどう見てるのかは知らないが、少しは意識してみてもいいんじゃないか? それでお前がレニーのことを好きになれば応えてやればいい」
「意識してみてもって言ってもよ。どう振る舞えばいいんだよ?」
「そこはいつも通りでいいだろ。レニーがお前のどこに惹かれてるのかは知らないし」
「普段通りでいいってことか?」
「そうだな」
「‥‥‥なら、安心した。よくわかんねぇよこんなの」
「エクト。お前はレニーのことどう見てるんだ?」
「‥‥‥可愛いと思ったことはある」
「なら大丈夫だな」
「そうなのか?」
「そうだよ」
※
入浴を終えて、縦縞模様の浴衣に着替えた。
その後は客室でくつろぐ。
アノンさんから夜食の準備が出来たと云われて食堂へ。
廊下を歩く途中で、同じ浴衣を身に纏ったシャルとレニーに出会う。
「お、二人とも浴衣似合ってるじゃないか」
俺は素直な感想を述べた。
するとシャルは機嫌良く桃色の長髪を手でなびかせる。
「そりゃそうですよ~。誰だと思ってるの? ねぇレニー」
「う、うん。まぁ」
「自信があって結構だ。それよりシャル。明日なんだが一緒に街を見て回ろうぜ」
俺はシャルの肩を抱いて、こちらに寄せるようにレニーから引き離した。
「え? レヴァン?」
「いいから。んじゃエクト。お先に」
「は?」
怪訝な顔をしたエクトを残して俺はシャルを連れていく。
シャルは戸惑いながら「ど、どうしたの?」と聞いてきた。
「ちょっとイタズラしてみた」
「え?」
「まぁまぁ。ほら行くぞ」
俺はシャルと共に一足先に食堂へ向かった。
※
レヴァンの野郎。
余計なことしやがって。
レニーと二人っきりにされたエクトは内心で舌打ちした。
粋な計らいだというなら大迷惑だぞコレは。
「あの二人本当に熱いわね。羨ましいわ」
レニーがクスクス笑いながら言った。
エクトはレニーの顔を見た。
さっき自分を好きだと言っていた女がそこにいる。
そう思うと目をそらしてしまう。
「エクト?」
「っ!? な、なんだ?」
「どうしたのボケッとして」
「なんでもねぇよ」
「そう? 顔赤くない? 大丈夫なの?」
「あ、赤いか?」
レニーは頷いた。
なんてこった。
無意識に赤面してやがる。
自分で自分が嫌になりそうだ。
「風邪?」
「違う。お前の浴衣姿が可愛いって思っただけだ!」
「‥‥‥え?」
は? オレ今、なんて言った?
そんな自問自答しているとレニーが頬を赤くした。
「そ、そうなの? ぁ、ありがとう‥‥‥」
素直に、それこそ見習うべきかと思うほど素直にエクトに礼を言うレニー。
満更じゃなさそうに照れるレニーの姿は、やはりどこか愛くるしい。
好みの女性なんて今まで考えたこともなかったが、レニーがそうなのだろうか?
レニーの本音を聞いた後だから余計に可愛く感じているだけではないのだろうか?
自分を好いてくれる相手を可愛く感じるのは人間なら誰しもが持っている感情だ。
オレはレニーをどう思っているんだ?
分かるわけがない。
まだ始まったばかりなんだ。
それに、焦る必要もないだろう。
「‥‥‥オレたちも、早く飯に行こうぜ」
エクトはレニーに手を差しのべる。
「うん」
その手を握ってくるレニーを、エクトはゆっくり引いて、共に食堂へ向かった。




