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第30話『本音で話せる相手』


温泉旅館に着き、フロントでオープ先生にチェックインを任せた。

俺達はアノンさんに客室へ案内される。

旅館の廊下を歩きながら、アノンさんが言った。


「グランヴェルジュでは『スターエレメント』持つ魔女を『有能者』と呼んでいるのです。あの国では私やレニーさんのような普通の魔女は無能扱いされてしまうのですよ」


「そ、そうなんですか。知らなかった」


「普通なら普通でいいじゃない。なんでわざわざ無能とか言うのかしら?」


レニーが面白くなさそうに吐き捨てた。

レニーの気持ちは分かる。

自分を無能扱いされて何とも思わないわけがないのだから。


「そういう国なんだよ。ほっとけ」


他国の評価など心底どうでも良さそうにエクトが言った。



客室は男女で別れて使うことになった。

シャルがエクトと交代をせがんできたが、俺が華麗にそれを阻止する。

夜這いされてはたまらないからだ。

シャルの野望をしっかり阻止した俺は、荷物を置いてエクトと共に旅館の外へ。


街の観光がてら走り込みを始めた。

明日は『暴君タイラント』との戦い。

『スターエレメント』を持つ魔女ビジュネールが相手だ。

身体を鈍らすわけにはいかない。


走り出してすぐに街の人達から手を振られた。

子供や老人にも手を振られ、ちょっとしたスターの気分になる。

俺は彼らに手を振り返して、正面に視線を戻した。


それにしても綺麗な街並みだ。

季節が春なのもあって桜の木が所処にあり、風が吹けば桜の舞が散る。

何件か面白そうな店なども発見した。


明日ソルシエル・ウォーを無事に勝利し終えたらシャルを誘ってデートするか。

仮にシャルが明日の試合で覚醒できなくても、それくらいはしてやりたい。

というか俺もこんな綺麗な街ならシャルと歩いて回りたい。


桜の花びらで覆われた道を走りながら、俺はシャルが好きそうな店を横目で確認していく。

それなりに小遣いは持ってきた。

たまにはシャルを良い店に連れてってやらねば。


――明日は大事な一戦だというのに、我ながら冷静だ。


「おいレヴァン。お前あのゴルトとかいうオッサンどう思う?」


「どうってなんだ?」


走りながら、傍らで走る親友を見た。


「やたら格闘格闘言ってたろ? ただの脳筋なら助かるんだが、あれでも将軍だ。そんなバカじゃねぇと思うんだ」


「あの発言には意味があるってことか?」


「ないと思うか?」


「いいや。思うにあのビジュネールって魔女の『スターエレメント』が関係してるんだと思う」


「やっぱそう思うよな」


「ああ。でも、格闘しかできなくなるような魔法ってことかな?」


「さぁな。でも本当にそうだとしたら厄介だぜ。例の作戦も使えなくなる」


相手にバレていない『魔女兵装ストレイガウェポン』アイスオーダーによる狙撃。

あれを封じられるのはヤバイ。


「最悪の事態は想定しておく必要がありそうだな」


俺が言うと、エクトも真剣に「ああ」と答えた。



たっぷり走り込んでたっぷり汗をかいて、時はすでに夕方になっていた。

俺とエクトは汗を流すために旅館へ戻って温泉に入る。


露天になっているその温泉はアノンさんいわく源泉かけ流しだとか。

かけ湯をかぶり、桜が舞う中で俺は温泉に身を浸からせた。

同じくエクトも向かいで温泉に入る。


「「はぁ~~」」


おもわず息が出る気持ち良さだ。

散々痛めつけてきた筋肉が一気に癒えていく感じがする。


「汗流した後の風呂ってなんでこんなに気持ちいいんだろ」


俺は顔を天へ仰ぎながら言った。


「だな。癒されるぜ」


エクトも満足そうに言う。


「エクトとレヴァンはまだ帰ってきてないのかしら?」

「もう少しで帰ってくると思うんだけど、あの二人走り出すと長いから」

「ほんっとタフねぇ」


え?


俺とエクトは顔を見合わせた。


今の声は、シャルとレニー?


脱衣場から聞こえた声に俺は血の気が引いた。


「エ、エクト。ちゃんと『入浴中』の看板、扉に掛けといたよな?」


「は? お前が掛けとくって言ってたろ?」


「え?」


言ってないし!


これはヤバイ。

直感でわかる。

着替えはロッカーの中にぶちこんであるので、シャルとレニーがそれに気づいて引き返すことはまずない。


「あの二人には悪いけど、先にお風呂済ましましょ」

「うん。温泉は肩凝りに効くからいいよねぇ」

「ほんとに」


ヤバイヤバイヤバイヤバイ!

入ってくるぞあいつら!

とエクトにアイコンタクトする。


早く隠れよう!


エクトにも伝わったようで、頷いてきた。


早くしないとこのままじゃ。


「レニーに殴られる!」

「シャルに襲われる!」


俺とエクトは慌てて湯から上がり、腰にタオル一枚巻いて岩影に隠れた。


間もなく扉の開く音が聞こえた。

二人分の足音も。


「わぁ~桜が綺麗だね」


「ほんと素敵ね」


シャルとレニーの声がいよいよ鮮明に聞こえる。

岩の裏に隠れたが、もしバレたらシャルはともかくレニーに悲鳴を上げられそうだ。

なんとか二人が上がるまで粘るしかない。

どうせ動けないし。


チャプンと二人が温泉に浸かる水音が響く。


「「はぁ~~」」


さっきの俺とエクトみたいな息を吐いている。

なんでみんな温泉に浸かるとこんな風に息を吐くのだろう?


「気持ちいい‥‥‥」


「最高‥‥‥」


とろけるような口調でシャルとレニーが言った。

本当に気持ち良さそうな声だ。

俺も早くもう一度浸かりたい。


(おいレヴァン。まさかずっとここで隠れてるつもりか?)


(当たり前だろ? 見つからずに脱出できるルートなんてないぞ?)


(マジかよ‥‥‥)


エクトがげんなりする。


「レニーも大きいから肩凝るでしょ?」


「うん。やっぱりシャルも凝る?」


「凝るよ。だから時々レヴァンにお願いして肩揉んでもらってる」


そうだな。

肩揉んだ後に「胸もそのままどうぞ」って言ってくるのがお前だったなシャル。

胸を揉むかわりに脇腹をコチョコチョして思いっきり笑わしてやったが。


「へぇー、本当に仲良いよねシャルとレヴァンは」


「でしょ? それにレヴァンほど良い男は世の中にはなかなかいないと思うんですよハイ」


シャル! お前なんつー恥ずかしいこと!


「そうね。恋人思いで友達思い。そのうえ結婚は先の事までしっかり考えてたし、本当に良くできた人だと思う。レヴァンと結婚するシャルは間違いなく幸せになると思うわ」


まさかレニーにこんなに褒められるとは思ってもみなかった。

正直に嬉しい。


「そうだね。本当にレヴァンは先の事まで考えてくれてて嬉しかったよ。本当に私と家族を築きたいだってわかった。だから私も早くレヴァンのために元気な子供を産んであげたいよ」


「あんた達って本当に年齢よりも考え方が大人びてるわね」


「良く言われるよ。でも女に生まれたからには好きな人の子供を孕みたいじゃん?」


「まぁね。それは否定しないわ」


「でしょ? でも私、今は子供よりも魔法を求められてるからなぁ」


「『魔法第二階層詞セカンドソール』のこと?」


「うん。ねぇレニー。教えてほしいんだけど、レニーの『魔法第二階層詞セカンドソール』が覚醒したあのときって、レニーは何を考えてたの?」


「え?」


「覚醒したい! 覚醒したい! って念じてた?」


「ううん。あたしは、その‥‥‥あいつに、エクトに嫌われたくないって考えてた」


レニーの発言に、俺の隣にいるエクトが顔を上げた。


「嫌われたくない?」


「そう。シャルだから言うけど、あたし、その、エクトのこと、好きなの」


エクトの目が丸くなり、凍ったかのように止まった。

この場にエクトが居るとは露知らず、レニーは続ける。


「だからあの時は必死になってた。あたしのせいでエクトが負けるなんて嫌だったから」


「レニー‥‥‥」


「あたしってば、けっこうチョロい女だったみたいなのよ。最近は本当にエクトのことが頭から離れないの。バカみたいにさ」


「バカじゃないよレニー。それにチョロくもない。レニーにとってエクトくんはそれだけ魅力のある男性だったんだよ。魅力を感じて好きになっただけじゃん。何もおかしくないよ」


「そ、そうかな?」


「そうだよ。好きになるまでたっぷり時間を掛ければいいってもんでもないし、気にする事じゃないよ。好きなら好き! それでいいんだよ!」


「‥‥‥ありがとうシャル。あんたに話して良かったわ。なんかスッキリした」


「なら良かった。それにしても私とレニーの差はそこなんだね」


「え?」


「魔法の差だよ。私もレヴァンに嫌われたくないって気持ちはあるけど、レヴァンが私を嫌うはずがないって気持ちが先にあるんだ」


「なるほど」


「信用しきっちゃってるんだと思う。レヴァンのこと」


「まぁそうよね。結婚まで約束してるくらいだし」


「そうそれ。本当にさ、どうすれば本気で必死になれるか解らないの。約束事したりして自分を奮い起たせてはいるんだけど、まるで手応え感じなくて。もうあれだよ。答えのない問題をずっと解いている感じ」


「グラーティアさんが言っていた、レヴァンとシャルは完成され過ぎてるってそういうことだったのね」


「だと思う。頭痛いよ本当に。レヴァンの役に立ちたいのにこれだもん」


「シャル、その、何て言えばいいか」


「ああごめん! つい愚痴っちゃった! いやなんかレニーは喋りやすくてさ。ごめんね本当に」


「ううん。あたしもシャルとは喋りやすいと思ってたの」


「そうなんだ?」


「うん」


何故かシャルとレニーは沈黙した。

それからしばらくしてレニーが声を出した。


「ねぇシャル」


「なぁに?」


「その、あたし友達いないの」


「え!? そうなの!? ん~そうは見えないけど?」


「勉強ばっかりしてたから、いないの。作り方とか分からなくて、正直諦めていたんだけど‥‥‥その、」


「あは、私となら良い友達になれるって思った?」


「うん」


「やっぱり気が合うね。実は私もなんだ。レニーとは相性が良さそうって思ってた」


「本当に!?」


「うん。レヴァンに召喚されてレニーと初めて喋った時から」


「早い‥‥‥」


「じゃあ今日から友達ね! 決まり決まり! お近づきのしるしに背中流しっこしようか!」


「どうやるのそれ?」


「まずは全裸になります」


「なってるけど?」


シャルとレニーの友人関係が結ばれる瞬間を盗み聞きしてしまった。

二人の楽しそうな笑い声が温泉の場に響く。


俺は隣で固まるエクトに目をやった。


(あいつが、オレのことを‥‥‥)


頬を少し赤くして、エクトは呟いていた。


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