第29話『ゴルト将軍との対面』
いくつかの駅を過ぎて、列車の旅も終盤を迎えていた。
「リウプラングが見えてきたぞ」
窓の外を覗いていたエクトが告げる。
俺も外を眺めると、たしかに青色の屋根群が特徴的な街並みが確認できた。
  
「よし。降りる準備だ。おいシャル起きろ」
そんなに長時間乗っていないのに俺の膝枕でぐっすり寝ているシャル。
言っても起きないので頬をペチペチした。
「やん! 激しい! レヴァン激しいよぉ~」
「ど、どんな夢見てんだバカ! 起きろこの発情期! 」
※
「待っていたぞレヴァン・イグゼス! エクト・グライセン!」
一人の巨漢が豪快に俺達を迎えた。
それは、あまりにも予想外な光景だった。
 
『リウプラング』の駅に着いて、下車した俺達はアノンさんの実家である温泉旅館に向かうところだったのだが。
駅を出た先で歓迎してくれたのは住民ではなく、図体のデカイ筋骨隆々のオッサンだった。
褐色肌のパッと見で年齢は40~50代だろうか。
太陽が頭髪を剃り上げられた彼の頭を照らし、やたら眩しい。
  
そのオッサンが道のど真ん中で仁王立ちしているせいで、俺達を歓迎してようと集まっていたらしい住民達が困り果てている。
だが、そのオッサンが何者なのかはすぐに検討がついた。
赤いラインの入った漆黒の軍服。
あれは間違いなくグランヴェルジュ帝国軍の物だ。
こんなリリーザの首都から大して離れてない街にグランヴェルジュの軍人。
いくらグランヴェルジュの領土になっている土地とは言え、よほどの理由がないと訪れることはないはず。
「あなたは?」
オッサンの正体がわかっていても、あえて聞いた。
「うむ、名乗ろう。ワシの名はゴルト・タイラント。お前たちに挑戦状を送った者だ」
ほとんど大声に近い音量でゴルト・タイラントは言った。
  
周りで聞いていた住民達が、彼の正体をようやく理解したようで息を呑む気配を見せる。
  
彼が、グランヴェルジュ帝国の将軍の一人。
『暴君タイラント』か。
  
歴代最高レベルと言われている将軍達の一人で、それは間違いなさそうだった。
 
あの時はグランヴェルトの覇気が凄すぎて分からなかったが、ゴルトの放つ気も凄まじい。
それは全身がピリピリと痺れるような錯覚さえ覚えるほどに。
「ワシの挑戦を受けてくれたことを感謝するぞ」
「こちらこそ。2対1のルールには感謝しています」
彼の正面に立って俺は言った。
するとゴルトは組んだ腕を離して、腰に手を当てて頷いた。
「それくらいのハンデはやらんとな。勝負にもなりゃせんさ」
「なんだと?」
カチンと来たらしいエクトが前に出ようとした。
それをオープ先生が手で制す。
俺は視線をゴルトに戻した。
「ゴルト将軍。明日はよろしくお願いします。2対1はそちらが指定したルールです。遠慮なくやらせてもらいます」
「ああ、構わんぞ。ところでお前達、格闘はできるか?」
「は?」
いきなりなんだ?
  
同じ疑問を持ったらしい隣のエクトも怪訝な表情をする。
すると何を思ったのか、ゴルトは着ている軍服を脱ぎ始めた。
上着だけ脱ぎ捨て、筋肉のたっぷりついた上半身が露になる。
そしてムンッと自慢するが如く筋肉を張らせて、様々なポーズをとった。
「ワシと戦うなら格闘ができねば話にならん。だから聞いている」
「いや、まぁ、できますけど」
なんで格闘で戦う前提になっているんだろう?
  
「そうか! できるか! ならば楽しめそうだ。で、そこのお前はどうなんだ? 銃が得意みたいだが、銃を使う奴に限って格闘がおざなりになっていることが多いが?」
「そんな連中と一緒にすんな」
エクトが吐き捨てるように言い返した。
  
「それは結構。明日は期待できそうで何よりだ」
ゴルトが嬉しそうにそう呟くと「あなた」と幼い声が響いた。
その声の主は、街の奥からやってきた一人の幼女から発せられているのがわかった。
ん? 幼女?
その幼女の姿に俺は絶句してしまった。
俺だけじゃない。
シャルもエクトもレニーも。
なぜなら、その現れた幼女はグランヴェルジュの軍服を着ていた。
真っ黒な髪はツインテールで、片目を覆う。
眠そうに半分だけ開いた青紫の瞳。
その細っこい身体はどう見ても幼女のそれで、ゴルトが二メートルある巨漢なら、彼女は百四十ほど。
シャルより小さい。
「おお、ヴィジュネールか」
ゴルトが当然のようにその幼女の名を呼んだ。
  
いや、まさかな。
あのヴィジュネールって幼い女の子が、あのゴルトの魔女で、奥さんとか、ないよな?
  
今までにもグラーティアやフレーネ王妃など、リンクのおかげで若い姿の女性を見てきた。
でも今回のこれは、ちょっと無理がある。
魔女と戦士の年齢は基本いっしょになるのだ。
ゴルトはどう見ても40~50代。
ヴィジュネールとかいう幼女は顔とか身体がどう見ても12~13歳。
これは、いくらなんでも。
「せっかくだ。紹介しよう。ワシの嫁ヴィジュネールだ」
「「「「うそおおおおおおおおおおっ!?」」」」
俺達は揃いも揃って驚愕した。
みんな俺と同じ事を思っていたようだ。
不思議にもオープ先生とアノンさんはあまり驚いていないようだが。
  
「ヴィジュネール・タイラントと申します。以後お見知り置きを」
ペコリと可愛らしく御辞儀するヴィジュネールは、シャルに視線を向けた。
「あなたがリリーザの『有能者』ね」
「え?」
聞き慣れない単語にシャルは首を傾げた。
構わずヴィジュネールは続ける。
「『有能者』同士の戦いは、国と国のソルシエル・ウォーでは今回が初めてよ。よろしくね」
「は、はぁ‥‥‥、あのさっきから言ってる『有能者』ってなんですか?」
「? ‥‥‥ぁあ、そっか。こっちでは『奇跡の魔女』って呼ばれてるんだっけ。失礼」
「『奇跡の魔女』!?」
思わぬ返事にシャルは驚いた。
  
「今日は挨拶だけ。あなた宿に帰りましょう」
「そうだな。では明日、覚悟してかかってこい!」
ゴルトは豪快に笑いながらヴィジュネールをヒョイと持ち上げて自分の肩に乗せ、そのまま街の奥へと去って行った。
 




