第28話『リウプラングへ』
『リウプラング』へ向かう当日の朝は晴れていた。
着替えなどの荷物を片手に俺はシャルと自宅を後にする。
ソルシエル・ウォー専用の制服はカバンに押し込み、いまの格好は学生服だ。
『首都エメラルドフェル』にある駅のホームで、エクトとレニーと合流した。
そして保護者としてオープ先生とアノンさんとも合流し同行する。
俺はみんなと共に『リウプラング』へ向かう列車に乗り込んだ。
「列車なんて久しぶりだよ」
「あたしも。ちょっと楽しみね」
子供のようにはしゃいだ声でシャルとレニーが言った。
「はしゃぐなよ。遊びに行くんじゃねぇんだからな?」
「わかってるよ」
「わかってるわよ」
エクトの言葉に口を尖らせてシャルとレニーは返事をした。
俺は向かい合ったボックス席になっている座席の窓際に座る。
俺の隣には当然のようにシャルが。
向かいには窓際にエクトが座り、(先に窓際に座られた!)って顔をしているレニーがしぶしぶ隣に座った。
「おい、あれ」
「うん?」
エクトが窓を指差す。
その方角を見ればグラーティアやギュスタ・シグリー・リエル・ロシェル達の姿があった。
彼らだけじゃない。
1年1組の男女両方のクラスメイトたちまでいた。
どうやら見送りに来てくれたようだ。
俺は窓を開けた。
するとグラーティアが前に出てきた。
「レヴァンくん。シャルちゃん頑張ってね。お母さん応援してるから」
「がんばります」
「別にお母さんのためにがんばるわけじゃないんだからね?」
シャルがツンとした態度で念を押す。
「こ、こらシャル! お母さまになんて態度で‥‥‥」
妹の態度に姉ロシェルが慌てながら言った。
しかしグラーティアは苦笑混じりに「いいのよロシェル」と返し、俺を見てくる。
「レヴァンくん。一つだけアドバイスするわ。シャルちゃんを早く成長させたかったら、あなたが鬼になりなさい」
「え?」
「あなたとシャルちゃんは完成され過ぎてるのよ」
「どういう意味ですか?」
聞くとグラーティアは視線をレニーに向けた。
見られたレニーはきょとんとする。
「恋心は魔女の成長を大きく促してくれるのだけど」
呟くように言って、また視線を俺に戻した。
「一緒にいるのが当たり前で、結婚まで約束したあなた達にはそれがないわ。だから――」
列車の出発を告げるベルがけたたましく鳴り響いた。
「あなたが鬼になりなさい。シャルちゃんをどれだけ本気にさせるかは、あなたにかかってるわ」
「俺に?」
発車のベルがやんだ。
一時の沈黙のあと、軽い震動とともに列車が動き始めた。
グラーティアやギュスタ先輩達の姿がスライドしていく。
見ればみんな手を振ってくれていた。
「レヴァン! エクト! 負けるなよ!」
「がんばってね!」
「テレビ見て応援するから!」
「リウプラングのお土産おねがいね!」
クラスメイト達からの声に手を振り、それを返事とした。
列車の速度が上がり、ホームを抜けた。
見送りに来てくれたみんなの姿が見えなくなる。
俺は窓を閉めて、乗り出していた身を座席に戻した。
「シャルに鬼になれってよレヴァン」
向かいのエクトが面白そうにニヤける。
やれやれ性格の悪いやつだ。
「鬼になれって言われてもな。どう鬼になれってんだ」
そう言わずにはいられなかった。
シャルに冷たく当たれって訳ではないだろうし、仮にそうだとしても願い下げだし。
「大丈夫だよレヴァン」
俺の手に、自分の手を覆い被せて来たシャルが優しく微笑んだ。
「レヴァンがそういうの苦手なのは知ってるよ。だから昨日、約束したでしょ?」
『添い寝』のことか。
若い男女にとって、そのまま一線を越えてしまいかねない危険な行為だが、シャルがそれで本気で必死になれるなら仕方ない。
そう考えて約束した事だ。
「そうだな」
言ってから俺は、今こそ鬼になれる都合の良い場面だと気づいた。
ここは一つ、シャルにがんばってもらおう。
「『暴君タイラント』の戦いで何がなんでも覚醒しろよ。出来なければ約束は無しだからな?」
「え!? 期間あるの!?」
「その方が必死にもなれるだろ?」
「そ、そうだけど、次の戦闘まで!?」
「次の戦闘の最中だな。終わるまでに覚醒しなければダメだ」
「レ、レヴァンの鬼!」
「今の場合それは褒め言葉だ」
シャルが本気で困った顔をするのを尻目に、俺は窓の外を眺めた。
「ところでレニー。お前だれかに恋してるのか?」
「‥‥‥は!? え!? なに急に!」
エクトの突然の発言に、レニーが顔を赤くした。
いきなり面白そうな展開に、俺とシャルは二人の行く末を見る。
「さっきグラーティアさんが言ってたろ。恋心は魔女の成長を大きく促すって。だれか好きな奴でもいんのか? いるなら言え。誰だ?」
なんかグイグイくるエクトに、レニーが押されて焦り出す。
「べべ、別にそんな人いないわよ!」
「本当かよ? お前ってなんか変な男に引っかかりそうで心配なんだよなぁ」
「‥‥‥そうねぇ。強引で、金銭感覚もおかしい男に引っかかってる」
「は?」
「なんでもない!」
「ねぇねぇレニー。昨日はエクトくんにどこ連れてってもらったの?」
「なんか凄い高級なお寿司屋さんだったわ。回らないのよ」
回らないお寿司屋さんか。
一般市民の憧れでもある高級寿司屋だ。
さすがエクト。
お坊っちゃん育ちだから、そういう店を知っている。
「値段もわからなくって、あたしの大好きなサーモンも置いてなかったわ」
「当たり前だろ。サーモンは寄生虫の問題で生じゃ提供できねぇんだよ」
エクトが腕を組んで呆れた口調で答えた。
高級寿司屋でサーモンは出ないのか。
知らなかった。
「美味しかった?」
シャルが聞いた。
レニーは頬に手を当ててウットリとした表情を浮かべる。
「美味し過ぎて非の打ち所がなかったわ。殆ど手を加えていないネタの自然の甘みがもうね。しかも一つ一つが綺麗なの。美しく丁寧で、酢の加減も最高。シャリの硬さも良かったわ。最高の素材の味を最高に引き出してる感じ? あぁもう、思い出すだけで、はぁ~」
レニーのグルメリポートを聞いていると、何故か俺もヨダレが出そうになった。
「いいなぁ。私も食べてみたいなぁ」
シャルが俺をチラ見してくる。
「なぁエクト。一人の値段はどれくらいだ?」
「そうだなぁ。まぁ少しランクを落とせば一人3万リリオでいけるぜ?」
「シャル! 俺たちには回転寿司があるだろ! 我慢しろ!」
「そりゃないよレヴァン!」
「大丈夫ですよシャルさん」
突如割って入ってきたのは隣のボックス席に座るアノンさんだった。
やはりここでもメイド服である。
なにかメイド服を着る信念でもあるのだろうか。
「いま向かっているリウプラングには私の実家である温泉旅館があります。そこで今夜は海の幸を主とした豪華な料理を用意させてますので、ご期待ください」
「本当ですか! やったあああ!」
「またあんな凄い料理を食べられるなんて幸せだわ! 高校生になってよかった!」
「高校生活バンザイ!」
子供のようにはしゃぐシャルとレニーが抱き合って喜ぶ。
ていうか、高校生は関係ないと思うぞお前ら。
いやしかし、俺も平静を装っているが、内心は楽しみでヤバイ。
ヨダレが出そうだ。
「今日泊まるのは、その温泉旅館ってことですか?」
エクトが聞くとアノンさんは頷いた。
「はい。効能豊かな天然温泉と取れ立て新鮮な魚類を使った海鮮料理が自慢の旅館です。貸し切りにしてあるので、今夜はみな様のみ。ゆっくりできるかと」
「温泉にも入れるんだ! 凄い!」
「か、貸し切りって、あの、お金は?」
お風呂好きのシャルが興奮する傍らで、レニーが不安気な顔で聞いた。
するとアノンさんの隣に座るオープ先生が「大丈夫だ」と差す。
「お前さん達の資金は全て国が負担してくれる。心配せず今日はくつろぎなさい」
その言葉にレニーはホッとし、シャルは。
「やったねレヴァン! タダで温泉に入れるよ! 一緒に――」
「入らねぇからな?」
「あぁん!」
我ながら見事な遮断ツッコミだ。
するとアノンさんが口を開く。
「レヴァンさん。温泉は混浴になっております。シャルさんと入浴することも可能ですが?」
「ええっ!?」
「本当に!?」
俺とシャルが驚いた。
「こらアノン! 二人はまだ未成年だぞ!」
「申し訳ありません。ただ、お二人ほどの仲ならば混浴ぐらいはと思いまして‥‥‥」
「ですよね~」
「シャルくんは黙ってなさい。ダメなのものはダメ」
オープ先生に叱られアノンさんは「はい」と素直に引っ込んだ。
混浴か。
それならシャルと結婚して新婚旅行でやればいいだろう。
今はオープ先生の言うとおりダメだ。
シャルのボン・キュ・ボンな裸を見て興奮しない自信がない。
マジでない。
窓の外に視線をやりながら俺はそう思っていた。
すると耳元でシャルが。
「内緒で混浴しよ?」
と甘い声で俺に囁いてきた。
なんというか、悪魔の囁きにも聞こえるし、天使の囁きにも聞こえる。
なんとも言えん複雑な心情だ。
「混浴したら『魔法第二階層詞』が覚醒するのか?」
「絶対する!」
「サラッとウソつくんじゃねぇ!」




