第25話『責任を背負える男となるまで』
日が落ちてきて暗くなる帰路をレヴァンはシャル・エクト・レニーとで歩いていた。
建ち並ぶビルやお店などを横切り、雑談しながら歩道を歩く。
まださほど人は混んでいないので歩きやすい。
「レニー。今日はお前のおかげで勝てたから何かご褒美をやらねーとな」
珍しく上機嫌なエクトが言った。
「ご褒美?」
「何がいい?」
「いや何がいいって、いきなりそんなこと言われても」
「じゃ美味いもの食わしてやるよ。ついてこい」
エクトはレニーの手を引っ張り、いつもの帰路を外れる。
思い至ったら即行動はエクトらしい。
それにしても強引だが。
「ええ!? ちょ、ちょ、外食するの!? 二人で!?」
「何か問題でもあるか?」
「ぁ、あるわよ! もう夕方だしお母さんも御飯作ってるだろうし無理よ。遅くなるって伝えてないし」
「後で一緒に謝ってやるよ。ほら行くぞ」
「一緒に!? それ余計にマズイわよ!」
「つーわけだレヴァン、シャル。また明日な」
「おう。また明日」
「行ってらしゃーい」
「ちょっと聞いてよあたしの話!」
「まぁまぁレニー。せっかくなんだから行っておいでよ。たぶんすっごく美味しいのご馳走してもらえるよ」
「シャルあんたまで‥‥‥」
「おいレヴァン」
「ん?」
すぐ行くのかと思えばエクトは俺を呼び止めてきた。
「今日は、ありがとうと言っておく」
「え? なんだそれ?」
しかしエクトは答えず、レニーを強引に引っ張って行ってしまった。
「なんだあいつ? ありがとうって、俺なんかしたか?」
「レヴァンったら自分で言っておいて忘れたの? エクトくんの目的を知ってるから自分だけゴールインはできないってリリオデール国王様に言ってたじゃん」
「あぁアレか。そりゃ友達を置いていくわけにはいかんだろやっぱ」
エクトとは殴り合って強くなってきた仲だ。
シャルが心の支えなら、エクトは互いを高め合える好敵手といえる。
常識的な特訓なんかじゃ強くなれないとか言って、阿呆としか思えないような特訓を共にした。
その特訓のアイデアだって、100コ考えて99コはなんの成果もない特訓だったのを覚えている。
それでも懲りずに強くなろうとアイデアを捻り出し、特訓を続けた。
銃弾を見切るのではなく、銃弾に対して身体が自然に動くようになるまで五年は掛かった。
それは今でも良い思い出だ。
あの時の達成感は格別だった。
「ふふ、そう思えるのが凄いんだよ。惚れ直したよレヴァン。友達を大切にできない人を私は信用しないからね」
「エクトは親友だし、当然だろ」
言って俺はまた自宅に向かって歩道を歩き出す。
そして隣のシャルに歩調を合わせた。
「レヴァンにすればそれだけ当たり前の事だったんだろうけど、エクトくんは違ったのかもよ? ほら、エクトくんもありがとうって言ってたし、嬉しかったんだよ」
「そうか」
嬉しかったか。
たしかに恋愛脳とか言われてたし、あんな好都合な条件を出されたらすぐ飛びつく男として見られてた感はある。
それならそれでエクトの信用も得たと考えれば良しだろう。
さらにシャルには惚れ直されたし一石二鳥だ。
「それにしてもいいなぁレニー。ご褒美もらえるなんて。私も早く覚醒してレヴァンからご褒美ほしいよ」
「どんなご褒美がいいんだ?」
「え? あー、えっと、そ、そい」
「そい?」
「添い寝、がいい」
足を止めて頬を赤く染めたシャルが両手を絡めながら言った。
聞かされた俺もさすがに驚いて足を止めてしまう。
確かに自宅ではお互いの部屋に別れて寝ている。
「そ、添い寝ってお前‥‥‥」
「ダメ?」
正面を向き、少し顎を引いて上目遣いで聞いてくるシャルになぜかドキリとした。
「いや、ダメって言うか」
「お願い」
俺の手を握って詰め寄ってくるシャルは、どこか必死だった。
どうしよう。
俺、寝相悪いんだけどな。
一線さえ越えなければ、添い寝くらいは良いと思う。
だけど、好きな女性が隣にいて、それをベッドの上で意識せずに寝られるのだろうか?
理性にだって限界はある。
いや待て。
そもそも一緒に寝たら俺はシャルを蹴落としてしまうのではないだろうか?
それでシャルが怪我したり、風邪を引いたりしたら大変だ。
「何もしないからお願いレヴァン。添い寝したいよ」
何もしないからって、女のお前が言うのかそれ。
俺は喉から出そうになったそのツッコミを何とか抑える。
「添い寝は、いいけどさ。俺、寝相悪いぞ?」
「知ってる。次の日になったら身体が反対になってるもんねレヴァンは」
「だったら」
「いいの! 添い寝してくれるって約束してくれたら、私もっと必死になれると思う。だからお願い!」
必死、という単語で俺は気づいた。
シャルは自分を奮い立たせる術を欲している。
『魔法第二階層詞』を覚醒させたいからだろう。
そうなってくると断る訳にもいかない。
「わかったよシャル。『魔法第二階層詞』を覚醒させたらご褒美として添い寝しよう。約束する」
するとシャルの表情がパァッと明るくなった。
俺だってシャルと添い寝できるならこれほど男として嬉しいご褒美はない。
「ありがとうレヴァン! 大好き!」
こんな街中でシャルは抱きついてきた。
大きくて柔らかいシャルの胸の感触が俺の胸部に伝わって、一瞬だけ息が止まった。
街の人々がチラチラと視線を寄こしてくる。
さすがに恥ずかしい。
「こ、こら! 場所を弁えろよシャル」
「あ、ごめん」
シャルは名残惜しそうに俺から離れた。
この場に居続けるのも恥ずかしくなった。
俺はすぐさま徒歩を再開し、シャルも俺に続いた。
「絶対に約束だからねレヴァン。添い寝」
「わかってるよ。でも本当に添い寝だけだぞ」
「うん‥‥‥でもね、前にも言ったけど、レヴァンは私のこと好きにしていいんだよ? 我慢できなくなったら、私はいつだって応えてあげるからね?」
シャルが真っ直ぐな眼で俺を見て真剣に言っている。
ここまで言ってもらえる俺は、やはり幸せ者なんだろう。
「ありがとうシャル。でも、それだけはまだダメだ」
「どうして?」
「俺がまだ何も整ってないだろ? まだ仕事にも就いてないただの学生だ。ろくな収入もないのに『そんなこと』をして万が一にでもお前が妊娠したらどうする?」
「それは‥‥‥」
「俺は王国の正騎士になってしっかりとした収入を確保してからじゃないと『そんなこと』をするのは無責任だと思ってる。子供が可哀想だ」
戦争で両親を失い、資産であった家も吹き飛んで、身寄りもない孤独を味わった身としては、自分の子供にはなに不自由なく生きてほしい。
欲しいものは買ってやりたいし、遊んでほしけりゃたくさん遊んでやりたい。
だから無責任に発情するわけにはいかない。
何もかもがしっかり整うまでは。
「子供にはしっかりした両親が必要なのはお前にだって分かるだろ?」
「うん」
「だから、それまではお前も我慢してくれ。俺も我慢するから」
「‥‥‥やっぱりレヴァンは凄いよ」
「え?」
「思考が完全に大人だよ」
「そうかな」
「そうだよ。もう自分の子供のこと考えてるもん」
「お前が産んでくれるって言ってくれたからな」
「そりゃそうだよ。好きな人の子供ならいくらでも産みたくなるのが女の性だもの」
「そうか。なら俺が全国制覇して正騎士になるまで待っててくれるな?」
「いやいや待ってちゃダメでしょ私は。私は私で早く覚醒しなきゃね。レヴァンには全国制覇して正騎士さまになってもらわないといけないから」
確かに、と俺は思った。
シャルにはついてきてもらわないとダメなんだ。
この先シャルの魔法が勝敗を握ると言っても過言ではない。
待っててくれなど甘いことを言っている時ではなかったな。
「そうだな。よろしく頼むぜシャル」
「うん! 頑張るよ!」




