エピローグ
結局、グランヴェルトとルネシアはどこにもいなかった。
大陸全土を探しても見つからず行方不明のまま。
生きているのか、死んでいるのかさえ分からず、捜索は打ち切られた。
『幸せにな』
俺とシャルに残したグランヴェルトの最後の言葉。
戦えば嵐よりも激しく竜巻よりも過激だった。
そんな覇王の最後は、とても潔かった。
『自分のいない未来など興味ない』
やはりあの言葉が彼の本音だった、ということか。
興味がないから止まらない。
止められるものなら止めてみろ。
……それで俺に止められて消えたのなら、グランヴェルトも満足なのかもしれない。
彼のパートナーであるルネシアも、おそらく彼と同じ心境だったのだろう。
そうだと信じたい。
※
絶対的な指導者グランヴェルトの敗北──消滅。
それはグランヴェルジュとリリーザの終戦を意味し、長く続いていた戦争に終止符が打たれた。
グランヴェルジュの将軍たちや、リリーザの国王が今後の国の在り方の話し合いを進めている。
そんな中、俺はシャルと華やかな結婚式を挙げていた。
『首都エメラルドフェル』の教会にて行われた俺とシャルの結婚式はチャペルウェディング。
太陽光が射し、ホワイトをテーマにした礼拝堂を美しく照らす。
俺の隣には、ウェディングドレスを身に纏ったシャルが立つ。
そのシャルの姿はまさに天使を思わせるほど美しく、輝いていた。
「夫たる者レヴァンよ。誓いの言葉を」
教会の神父が告げる。
「はい。シャルさん。私はあなたを一生涯にわたり大切に守り抜くことを誓います。何歳になってもカッコいい夫であり続けることを誓います」
「お風呂は?」っと、まさかのシャルからの追加。
「ぉ、お風呂にも毎日いっしょに入ることを誓います!」
「ベッド」
「べ、ベッド!? ぁ、毎日いっしょに寝ることも誓います!」
嫁のいきなりな追加オーダーを誓った。
後ろの席でギュスタ先輩や、ロイグ先輩らがクスクス笑っているのが聞こえた。
見れば神父の後ろで待機しているエクトやレニーらも笑いを堪えてた。
「妻たる者シャル。誓いの言葉を」
「はい。レヴァンさん。私はあなたと出会えた幸運に感謝し、あなたの妻として生涯愛し支えることを誓います。レヴァンのお腹がたるまないように細心の注意を払って料理を作ることも誓います」
「明太子スパゲティの件は?」っと俺も追加オーダーをだしてみた。
「ぁ、レヴァンが明太子スパゲティを食べたいときにちゃんと作ってあげることを誓います」
「あと子供も」
「元気な赤ちゃんをちゃんと四人産んであげることも誓います!」
「お小遣いケチらないでください」
「お小……それは時と場合によるので誓いません」
そのシャルの一言がついに笑いを堪えていた周りの人間たちを決壊させた。しかも神父さんまで笑ってしまっていた。
大笑いに包まれた礼拝堂は、なんとか先に笑いを押さえた神父の咳払いによって静まり、結婚式の続きを行う。
神父は後ろで待機していたエクトとレニー。それからシェムゾとグラーティアに指示を出して前に出てもらった。
まずは俺とシャルの前に立ったのはレニーだった。
「レヴァンさん。シャルさんは私にとっても唯一無二の親友で、大切な存在です。シャルさんが困っていたりしたら支え、励まし、慰め、支えることを誓いますか?」
「レニー『支え』と『支える』って被ってるぞ?」
「誓いますか?」
「あ、はい。誓います」
ゴリ押しされた。
次いでレニーの失敗にクククと笑いを堪えたエクトが前に出る。
「シャルさん。レヴァンさんは強くて優しくて、何より家族を大切にする男性です。彼との結婚記念日や誕生日などの大切な記念日は毎年いっしょにお祝いすることを誓いますか?」
「はい! 誓います!」
当然でしょ!
と言わんばかりにシャルは元気良く誓いを立てた。
すると今度はそのシャルの母であるグラーティアが前に立つ。
「シャルとレヴァンくんへ。仲睦まじい二人でも、時に喧嘩などもするでしょう。それでもすぐに仲直りすることを誓いますか?」
「誓います」
「はい。誓います」
俺とシャルに対する誓いの言葉だったので二人で答えた。
そして締めに騎士団の団長たるシェムゾが俺とシャルの前に立った。
「レヴァンくん。これから産まれてくる孫の名前を私に付けさせてくれることを誓いますか?」
「誓いません」
「え!?」
「すいません。もう決まってるんで」
礼拝堂はまた大笑いに包まれた。
※
「では、指輪を交換してください」
神父の指示に従い、シャルは丁寧な動作でグローブを取る。
その手を引いて、彼女の指に指輪をゆっくりと入れた。
「それぞれの誓いを封じ込め、永久のものとするため、夫たる者レヴァン、妻たる者シャルよ。誓いのキスを」
言われた俺とシャルは向かい合った。
シャルの顔を覆うベールの裾を掴み、そっとベールアップしていく。
夫婦となる二人の壁を取り払う意味が込められているのがこのベールアップ。
弧を描くようにベールをめくり、シャルの美しく素顔が露になった。
文字通り遮る壁が無くなった俺とシャルは、慣れた動作で誓いのキスを交わした。
※
結婚式は終盤へ。
俺とシャルはバージンロードを共に歩く。
入場するときのバージンロードは
『神の前で二人が出会うための道』であるとされている。
そして今、退場しようと渡るこのバージンロードは
『新しい人生の第一歩を踏み出す道』とされている。
その一歩をシャルと共に今まさに踏み出し、礼拝堂の扉へ向かう。
一歩、また一歩と歩むにつれ聞こえてくるみんなの声。
「おめでとうレヴァン!」
「ゴールインおめでとう!」
「おめでとうシャル!」
「綺麗よシャル! 本当におめでとう!」
学校のみんな!
来てくれたのか!
本当にありがとう!
「レヴァンくん! シャルくん! おめでとう! しっかり添い遂げるんだぞ」
「どうかいつまでも御幸せに」
オープ先生とアノンさんまで!
ありがとうございます!
「おめでとうレヴァン。シャルくん」
「おめでとう二人とも! 私とギュスタもすぐ結婚するからよろしくね!」
ギュスタ先輩とロシェルさん、もう結婚手前まで来てたのか!
なんかギュスタ先輩が困った顔してるけど、満更じゃなさそうだ。
「おめでとう」
「おめでとう。相談があったらいつでも言いなさいよー」
シグリー先輩、見事な一言!
リエルさんありがとう。覚えておきます。
「レヴァンさんおめでとうございます! 僕とレイリーンも結婚が決まりました!」
「おめでとう。そしてありがとう。二人のおかげだ」
マール先輩とレイリーンさんまで結婚!?
16歳で結婚が可能になったから、これは結婚ラッシュがくるな。
「レヴァン! シャル! おめでとう! そしてありがとうな!」
「本当におめでとう二人とも! 二人は恩人だよ! 本当に、本当におめでとう!」
ロイグ先輩とロミナさんだ。
そうだ。
兄妹関係の結婚も、リリオデール国王様は許してくれたんだ。
俺とシャルよりも茨の道だろうけど、あの二人の愛は本物だからきっと大丈夫だろう。
「レヴァンさん! シャルさん! おめでとうですわあああ!」
「どうか御幸せに。レヴァン様。シャル様」
「いっしょに頑張っていくのよ!」
ベルエッタさんにリビエラさんにヴィジュネールさん!
いつのまに!?
まさか本当に来てくれるとはありがたい!
旦那の方々が見えないが、きっと今は国の事で忙しいのだろう。
それでも来てくれただけで本当に嬉しい。
こんなにも大勢の人間にお祝いされて、俺とシャルは本当に幸せ者だ。
みんな、本当にありがとう。
幸せを噛み締めながら、俺とシャルは礼拝堂の扉を抜けた。
※
「ついに出来たね。我が家が!」
500坪の土地に建てられたマイホームを目前に、シャルが
感激の言葉を発する。
俺も頷いて、青い壁が特徴的な大きなマイホームを見た。
「ああ。夢のマイホームだ。一年とちょっと掛かってしまったが」
子供部屋を4つ。
ジャグジールームにリビングや寝床の位置など、事細かに計画を練っていたら時間ばかり喰ってしまった。
でも人生で一番の買い物だし、こだわりたかった。
「そりゃあお父さんがあれこれこだわりを曲げなかったからね~。むしろ一年とちょっとで完成したのが驚きだよ。ねぇレグ?」
シャルに抱かれた俺の息子であるレグランドはキョトンとしてお母さんを見返している。
あまりにも可愛い俺とシャルの宝物だ。
お母さんのシャルと同じ紅い瞳がとても美しい。
「思い返すと凄いねレヴァンは」
「え?」
「だって一年ちょっと前は学校で無能って笑い者にされてたのに、今じゃ『蒼炎』の称号を持った騎士団の次期団長になってるんだよ? 『土地』も手に入れて『マイホーム』も建てちゃって、グランヴェルジュの将軍をエクトくんと全滅させて全国制覇を達成したし、もう本当に凄いよ」
「何言ってんだよ。全部お前がいてくれたから出来たことじゃないか。シャルがいなかったらこんなに頑張ろうなんて思わなかったし、今ここに立ってないよ」
「私はレヴァンに付いてきただけだよ?」
「でも今やリリーザ最強の魔女にまでなったじゃないか」
「んー、まぁ、それはならないとダメだったからね。どのみちレヴァンの後ろを付いてきただけなのは間違いないよ。そしたらここまで来てた。ありがとうレヴァン。ここまで連れて来てくれて」
あくまで俺を立ててくれる。
優しい妻である。
「……俺もだよシャル。本当にありがとう。俺のたくさんの願いを叶えてくれ、心から感謝している」
「ふふ……幸せだね。私たち」
「ああ。本当に幸せだ。理想の家で、お前といっしょに家族を築いていけるんだからな」
幼い頃からの夢を今まさに叶えてると思うと胸が熱くなってくる。
よくここまで来た。
シャルだけのおかけじゃない。
エクトとレニーだって──
「──へぇ~良い家じゃねぇか」
まさかのご本人登場だった。
「エクト! それにレニーも!」
「二人とも見に来てくれたんだ」
相変わらずスーツ姿のエクトとレニーだったが、最近は凄く様になって来ている。
社会人としての風格が出てきていた。
「今日が完成日だって知ってたからね。一目見ようと思って」
レニーがにこりと笑ってそう言った。
「ありがとう二人とも。ティマちゃんも元気か? ん?」
レニーに抱かれた赤ちゃんを俺は覗いた。
エクトとレニーの娘であるティマは、俺の顔を見てすぐに逸らした。どうやらまったく興味ないようだ。
興味ないことには素っ気ないこの態度は、どうにもエクトに似ている気がする。
でも外見はレニーにそっくりな青い目をしている。
これならきっとお母さんに似て美人になるだろう。
お父さんに似なくて本当に良かった。
心からそう思う。
「レヴァン。なんか無性にお前を殴りたくなってきた」
「な、なんで!?」
「ねぇねぇエクトくんとレニーは時間ある? どうかな? いっしょに晩御飯でも食べない?」
「バーカ。夢のマイホームの初日だろ? 家族水入らずでやれよ」
「エクトの言うとおりよシャル。あたし達はまた今度遊びに来るわ」
「そうか。ならまた今度な二人とも」
「ああ。時間取れそうな時に連絡する」
「頼むよエクト。俺とシャルが美味いの作ってやるから」
「そりゃ楽しみだ」
笑って、そして長らく肩を並べた戦友二人を俺とシャルは見送った。
「……エクトくん。やっぱり忙しいんだね」
「そうだな。あいつのお父さん、先月お亡くなりになられたから」
「ほんと急だったよね。そんなに身体悪くしてたなんて……」
「ああ……予想外の速さだったけど、でも仕方ない病気だったらしい。エクトの母上が言ってた」
「そっか……」
「でもエクトの父上は幸せそうな死に顔だったらしい。エクトがしっかり会社を引き継いでくれて、そして諦めてた孫もこの手で抱けたって」
「それ、いいね。なんか安心したよ。エクトくんは本当にレニーと出会えて良かったよね」
「間違いないな」
※
そしてマイホームでの初日を満喫し、とうとう夜になった。
レグランドを寝かしつけて、俺とシャルはリリーザの街並みを一望できるベランダに上がる。
共に珈琲入りのマグカップを持ち、肩を寄せてホゥと一息吐いた。
「綺麗……」
リリーザの夜景にシャルがうっとりとした声を出す。
「本当に綺麗だな。やっぱりここをベランダにして良かった」
「私とこうやって眺めながらコーヒー飲むのも視野に入れてたの?」
「当たり前だろ? 俺を誰だと思ってるんだ?」
「私の素敵な旦那様です」
「良く分かってるじゃないか」
「ふふ……あ、そういえばベルエッタさんから連絡があってさ。ついにオメデタだって!」
「それはめでたいな! ついにあのベルエッタさんもお母さんか……」
「サイスさんもお父さんだよ」
「そうだな。今度なんかお祝いの品でも贈るか。何がいいかな?」
「やっぱり子育てに必要となってくる粉ミルクとか良いんじゃない?」
「子育てならオムツだろ? うちが使ってる『リリーザパンツ』とか」
「じゃあ両方とも贈ろうよ」
「それがいいか」
簡単に贈り物が決まると、俺とシャルはまたコーヒーを一口飲んだ。
魂さえ抜けてしまいそうな一息を吐くと、シャルは俺の肩に頭を乗せてきた。
密着したいのだろうと察して、俺はシャルの肩を抱いて引き寄せる。
「レヴァン」
「ん?」
「えへへ、呼んでみただけ」
「そうか」
「……レヴァン」
「ん?」
「私……本当に幸せ」
「俺もだよ」
共に美しく夜空を見上げた。
今こうしてられる時間が、とても愛しい。
「シャル」
「なぁに?」
「愛してる」
「私もよ」
伝え合い、そしてキスをした。
妻となった幼馴染を俺は抱き締めた。
彼女のぬくもりを手放さないように、しっかりと。
※
そして──もとは無能だった戦士と魔女の成り上がりは何年にも渡って伝説となり彼らの名を残した。
最強の戦士【レヴァン・イグゼス】
最強の魔女【シャル・ロンティア】
そしてある二人の名も、歴史は忘れなかった。
【エクト・グライセン】
【レニー・エスティマール】
レヴァンとシャルの成り上がりを側で支え、最後まで彼らの隣で戦ったと、今も伝説として語り継がれている。
この伝説は何百年の時を経ても色褪せなかった。
それはレヴァンとシャルの戦った動機が、今も人の心を呆れさせ、感心させるからだった。
【幼馴染と結婚したい】
たったそれだけの動機が、今もこの伝説の礎となっている。
 




