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第211話【死線】続々々

 ガーネディアに続きリオヴァ城まで墜ちた。

 それも瞬く間に。


 そんな死にも等しい悪夢のような光景を、エクトとレニーは間近で見せつけられて息を呑んでいた。


「嘘だろ……リオヴァ城まで……!」


 掠れそうな声でエクトが呟く。

 バリアが途切れ、城内で爆発を起こしたリオヴァ城は炎に包まれ始めていく。

 なんだよ……何が悪魔のソールブレイバーのために造られた兵器だよ。クソ雑魚じゃねぇか……。


『中で爆発……国王様は!?』

「わかんねぇよ……」


 レニーの声にも、搾ったような声でしか返せなかった。

 気力が恐ろしく萎えている。

 強い強いと聞かされていたが、強いなんてもんじゃない。


 あの覇王グランヴェルトと魔女ルネシアは人災だ。

 たった一人のソールブレイバーがこれだけの甚大な被害をもたらしている。


 何が悪魔のソールブレイバーだ。

 十分に悪魔じゃねぇか。

 これでもまだリミッターとやらが解除されてない状態なら、本当に解除された状態とはどれほどのものなのか?


 達人とか、歴戦の戦士とか、そんな敬称が生易しくなる。

 奴らは本当に悪魔という名の人災だ。

 グランヴェルジュの将軍達が覇王と開戦してからまだ一時間も経っていない。


 なのにガーネディアとリオヴァ城は撃沈。

 グランヴェルジュの将軍達もほぼ全滅。

 リリオデール国王も恐らくやられ、リリーザの騎士たちも全滅しているはず。

 これだけやられたのに、僅か数分しか経ってない現実。


 残っているソールブレイバーは自分とレニー、そして隣に立っている『鬼神』のシェムゾとグラーティアだけだ。


 どうする?

 たった二人で、どうやってあの覇王を止められる?

 レニーとグラーティアは『スターエレメント』を持たない普通の魔女だ。

 あの魔女ルネシアの『カオス・インフィニティ』を打ち破れる力はない。


「くそ……グランヴェルトめ!」

『待ってシェムゾ! 奴が出てきたわ!』


 グラーティアの言うとおり、火の手が上がるリオヴァ城からグランヴェルトが飛び出て来た。

 彼はエクトとシェムゾの目の前で華麗に着地してみせる。


「グランヴェルト!」


 シェムゾが抜剣して叫ぶ。

 呼ばれたグランヴェルトは姿勢を直立させ、その紅い瞳をギラつかせた。


「シェムゾ、お前か。城内にいないと思えばこんなところで何をしている? もう国王も部下達も全て片付けてやったぞ」

「おのれ……っ!」


 シェムゾが悔しさを滲ませた声音を発し、握った二本の剣をさらに強く握り締める。

 そんなシェムゾに嗤いを浮かべたグランヴェルトはこちらを見てきた。

 恐ろしいまでの覇気が全身を戦慄させる。

 

「エクト・グライセン。レヴァン・イクゼスを呼べ」

「……ぁあ?」

「聞こえなかったか? レヴァン・イクゼスを呼べと言っている。最早残りはお前たち二人のみ。勝機があるか?」


 こちらを嘲笑い、憎たらしいほどの余裕を見せつけてグランヴェルトが言ってきた。

 これだけ暴れて息ひとつ乱していない。

 こんな奴が相手じゃ勝機なんてあるわけない。わかってる。

 でも、だからと言って、レヴァンを助けに呼ぶわけにはいかない。


「レヴァンを呼んだらテメェの思う壺じゃねぇか。誰が呼ぶかよ」

「そうか。ならばお前を血祭りに上げてリコリスへ持っていこうか? そうすればレヴァンも戦う気になるだろう。ルネシア」


 己の魔女を呼んだグランヴェルトから、何か見えない波動のようなものが発せられた。

 その波動を浴びたエクトとシェムゾは、互いに持っていた通常兵器の剣とスナイパーライフルがガラスのように砕け散る。


「な、剣が!?」

「割れた!?」


 何が起きたか分からないエクトとシェムゾだったが、エクトはこの光景を以前どこかで、と思い出していた。


 いきなり武器が壊れる。

 これはまるで『暴君タイラント』との戦いでくらったヴィジュネールとか言う幼女の『スターエレメント』と似ている。


 まさか、と背筋が凍る感覚が走った。

 ルネシアの持つ『カオス・インフィニティ』についてはレヴァンから聞いている。

 たしか、あの魔女ルネシアが見て知っている魔法ならば全て使えるようになるらしい


 考えて、悪寒が全身を撫で始めてきた。

 全て魔法を見て知っていれば使えるというのならば、グランヴェルジュの将軍魔女たちが持っている『スターエレメント』もそれに該当するのではないだろうか?


 しかも強化されて、だ。

 嫌な予感しかしない。

 現に今、武器が破壊されたのだから。


『『フルウェポンズ・カオスブレイカー』。ヴィジュネールの『スターエレメント』である『ウェポンズ・ブレイカー』を強化した。これは『魔女兵装ストレイガウェポン』だけではない。武器という武器全てを破壊する』


 抵抗する気すら奪わせる無慈悲な声でルネシアが言った。

 絶望とはこの事か。通常兵器まで破壊の対象になるなんて。

 ルネシアは、普通の魔法だけでなく『スターエレメント』も強化して使える。

 あの魔女も大概に化け物だ。

 いや『カオス・インフィニティ』が強すぎる。

 シャルの『ゼロ・インフィニティ』が可愛く見えるほどだ。


 こちらの武器は破壊され、しかしグランヴェルトの『魔女兵装ストレイガウェポン』は健在。

 自分の武器は対象外で、相手の武器だけ破壊するなんて都合が良いにもほどがある。


『『イルミネイト・レイド』』


 こちらが武器破壊に驚いている間に、ルネシアが次の魔法を唱えてきた。

 すると何かが……一迅の閃光が横を通りすぎ、次の瞬間にはシェムゾが全身から光の粒子を血の如く吹き散らして吹き飛んでいた。


「ぐぁあ! こ、これは!」

『あなた!』


「えっ!? シェムゾさん!」

『シェムゾさんが、吹き飛んだ!?』


 あまりに突然過ぎて、何が起きたか分からない。

 何をされたんだシェムゾさんは!


 何かがシェムゾを切りつけている。

 あまりの速さに微かにしか見えないそれは、光の残像?

 助けようにも速すぎて狙いがつけられず、もたついていると目の前にグランヴェルトが沸いたように現れた。


「あ……っ!」

「遅いな」


 一言呟いてからの鉄拳が、エクトの腹にめり込んだ。


「……っ! が!」

『!? エク──』


 レニーの言葉を遮るように今度は頬を殴り飛ばされた。

 続けざまに顎をかち上げられ、かと思ったら頭部を殴り落とされる。

 反撃の隙は与えんとばかりの拳打の猛襲だった。


 手加減なのか『魔女兵装ストレイガウェポン』は使わず素手のみでこちらをいたぶってくるグランヴェルト。

 重すぎる鉄拳はエクトを吐血させ、あっという間に膝をつかせた。


 強い……手も足も出ねぇ……。

 何もできねぇじゃねぇかよ……。


『エクト!』


 レニーの悲鳴に近い裏返りかけた声が聞こえる。

 大丈夫、と強がってみせたいが、打撃をくらい過ぎて脳が揺れている感じがする。

 視界が揺れて、意識さえ朦朧としている。

 もう、倒れそうだ。


「どうだエクト・グライセン。レヴァンを呼ぶ気になったか?」

「……! だ、だれが……げほっ、げほっ!」

「やれやれ……ならば、少し眠ってもらおうか」


 グランヴェルトが拳を鳴らしてエクトに接近する。


『や、やめて!」


 エクトとのリンクを解除してレニーが出てきた。

 両手を広げてエクトの前に守るように立つ。


「バ、バカ野郎! なんで出てくるんだよレニー!」

「だって!」


 グランヴェルトがレニーの目前で足を止めた。


「どけ」

「……!」


 涙目になり、震えながらも、レニーはどかずにエクトの前で両手を広げ続ける。

 さすがのグランヴェルトもため息を吐いた。


「困った事をする。さすがに女を……ましてや妊婦を殴る気にはなれんな」

「え?」


 レニーが意外すぎるグランヴェルトの言葉に身を固めた。

 大陸を沈めようと企む男が吐く言葉とは思ってなかったようだ。

 しかし当のグランヴェルトは不敵に嗤い、視線をレニーから外していた。

 その視線の先は。


「心地良い殺気だな。サイス」


 グランヴェルトの視線の先。

 そこには血だらけになったレナード・サイスの姿があった。


 彼は切っ先の折れた長剣を握り、剥き出しの刃のような殺気を滾らせ、敵意に満ちたパープルの瞳をグランヴェルトに向ける。


 あいつは確かレヴァンと戦った『死神』。

 何とか繋ぎ止めてる意識の中でエクトは確認した。

 サイスは武器を持っている。

 ということは今はあの『フルウェポンズ・カオスブレイカー』が発動されてないということか。


「グランヴェルト! お前は……お前だけは絶対に殺す!」

「随分とご立腹のようだが……そうかガーネディアか。ベルエッタに操作させていたのか。計算して破壊したつもりだったがダメだったか? 残念だったな」

「きさまああああっ!」


 サイスが地を蹴りグランヴェルトに肉薄する。

 グランヴェルトは『魔女兵装ストレイガウェポン』である銃剣を召喚してサイスの長剣を受け止めた。

 バチィンと光の粒子がスパークする、


「お前には少なからず同情していたんだがな。サイス」

「黙れ! きさまと話すことはない! 死ね! 今すぐ!」

「ふ、やってみろ。レヴァンが来るまで遊んでやる」


 覇王と死神の剣戟が、エクトとレニーの前で勃発した。



「サイスのバカめ! 敵うわけなかろうに!」


 ジフトスが悔しげにグランヴェルトと戦うサイスを見て吐いた。

 サイスの気持ちは痛いほどわかる。わかるのだ。

 だが相手が悪すぎる。


 加勢しようと歩を進めるが、止まってしまう。

 恐怖しているのか、加勢しても無駄だとわかっているのか、身体がグランヴェルトに向かない。


 情けない自分に悔しさが止まらない。

 

「ダーリン! サイスは止まらないわ。私たちはベルエッタを探しましょう! まだ生きてる可能性はあるんだから!」

「ぁ、ああ……そうだな」


 ベルエッタの捜索は駆けつけたヴィジュネールを加えて五人でやっている。

 しかしガーネディアの瓦礫の山を見れば、ベルエッタが生存している可能性は限りなく少ない。

 瓦礫の間に隙間らしい隙間がなく、人間が入れるスペースなどはない。

 これでは運良く生きてても呼吸すらままならないだろう。

 

 ジフトスは瓦礫の山を上り、不意に踵を返してサイスとグランヴェルトが戦う場を眺めた。

 血と涙を流したサイスが一心不乱にノアの長剣を振っている。


 それを嘲笑うかのように弾くグランヴェルトは、すでに悪魔のように見えた。


「ぬお!?」


 無心で眺めていた時、足元の瓦礫が崩れてジフトスは無様にも転倒してしまう。

 勢い良く尻を打ってしまった。

 尻の痛みに歯を食い縛ったその時、背後で瓦礫が弾け飛んだ。


「ぶっっはああああ! はああああ! し、死ぬかと思いましたわ! お花畑が見えましたわああああ!」


 !?

 こ、この声は!


 ジフトスは全力で振り返った。

 そこにはボロボロになった金髪碧眼の女がいた。


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