第211話【死線】続々
『グランヴェルトが城内に侵入しました!』
パイプだらけの操縦室に焦りを帯びた騎士の声が弾けた。
こうもすぐに門前の騎士たちを全滅させられるとは。
最悪の流れになったことを嘆きつつ、リリオデールは操縦室を飛び出して王の間へ降りた。
王の間には騎士たちが多数揃い、数人が入り口付近でライフルと盾を構えてグランヴェルトを待ち構えている。
「すぐにシェムゾ団長を呼び戻せ! 迎え撃つのだ!」
「間に合いません! 国王様! あなたは逃げてください!」
数いる騎士たちの中で一人だけ場違いな男のオープが叫んだ。
ただ夜にお喋りをしようと城に来ていて、レヴァンとエクトが心配だとそのままついてきた馬鹿者だ。
彼にリンクしている魔女アノンもまた同じく。
「奴からは逃げられん! それより陣形を整えよ!」
『あ、あなた! 来ました!』
フレーネが開いた入り口と共に声を張り上げた。
見ればそこには覇王グランヴェルトの姿が!
「派手なお出迎えを感謝するリリオデール国王よ」
「っ! 撃てぇ!」
隊長の騎士が叫んだ。
それを合図に、入り口付近で待ち構えていた騎士たちが一斉に発砲する。
『『エアフォース』』
魔女ルネシアが魔法を唱え、グランヴェルトを覆う緑のベールが現れた。
そのベールは降り注ぐ弾丸の嵐を全て反射させた。
なんだあれは!?
緑のベール……まさか風の魔法『エアクッション』の強化版か!
「ぐあ!」
「うわあ!?」
「弾が跳ね返って!?」
「ぎゃあ!」
反射された弾丸は撃った騎士たちに襲いかかる。
威力を緩和するだけの魔法が、反射する能力を得たのか!
通常兵器まで無効化してくるとは!
「銃はダメだ! 剣で応戦しろ!」
またも隊長クラスの騎士が命令を出し、残りの騎士たちがグランヴェルトに勇ましく斬りかかっていく。
あの覇王を前に、怯む騎士たちは一人もいない。
なんと頼もしい騎士たちであろうか。
「覇王! 覚悟!」と気圧されずに突き進む騎士たちに、グランヴェルトは嗤う。
嗤ったグランヴェルトが一歩前に踏み出した時、斬りかかっていた騎士たちが一斉に吹き飛んだ。
「な!?」
何が起きたか分からず、リリオデールはグランヴェルトを再度見た。
緑のベールが弾けて消えた彼は、二本の銃剣を握って立っていた。
あれはレヴァンの『ブレイズティアー』に良く似ている。
まさかあれで剣圧を巻き起こし騎士たちを吹き飛ばしたのか!?
「化け物め!」
ここに来る前にガーネディアが墜ちる光景を見た。
あのグランヴェルジュの将軍達が倒れているのも何人か確認している。
彼等の間に何があったかは知らないが、それらを相手にして未だに無傷で立っているグランヴェルト。
こんなもの化け物と呼ぶ他ない。
「国王よ。レヴァン・イクゼスはどこだ?」
武器を二本の銃剣から一本の巨大な銃剣へと変えてグランヴェルトがリリオデールに問う。
やはり奴の狙いはあくまでレヴァンとの対峙。
そうまでして『インフィニティ』の悪夢を見たいか!
「ここにはおらん!」
覇王の圧倒的な覇気に堪えながら応えるのは、これが精一杯だった。
グランヴェルトはフッと少し残念そうに顔を下げて、そしてリリオデールを見据えた。
「ならば、もうひと暴れするか」
グランヴェルトが血を払うかのように銃剣をひと振りした。
「させるかああああ!」
リリオデールの前に叫びと共に飛び出したのはオープだった。
彼は『魔女兵装備』である二丁のガトリングを召喚し、目前のグランヴェルトにぶっ放し始めた。
もちろん、魔法の産物である『魔女兵装』の弾など『カオス・インフィニティ』で護られたグランヴェルトに効くはずもなく、無数の弾丸は見えない壁のようなものに当たっては光の粒子となって溶けていく。
『『アイスレイザー』!』
オープの魔女アノンが唱えると、二つの青き球体が現れ光線を発射した。
『『グランドフレア』!』
我が魔女フレーネもアノンに合わせて魔法を発動する。
青き光線がグランヴェルトに直撃し、彼の足元からは赤いサークルが発せられ、次の瞬間には爆発を起こした。
魔法による同時攻撃だが、やはり手応えは感じない。
無効化されているのが、空気で感じる。
『あなた! 今ですよ!』
フレーネに怒声で叩かれ、リリオデールは手にしていた通常兵器のライフルを咄嗟にグランヴェルトへ発砲した。
ありったけの弾を叩き込む。
グランドフレアによる煙が薄れ、グランヴェルトの姿が見えてきた、が──
『『ジェノサイドフレア』!』
刹那、魔女ルネシアの声が弾け、リリオデールやオープ、生き残りの騎士たちの数名に真紅のサークルが足元に浮かび上がった。
これは!
「に、逃げ──」
※
何かが大爆発する音が多段になって響いた。
身体が痛いと感じる程には意識を取り戻したサイスは、ゆっくりと目を開けた。
うつ向けで倒れていたらしい自分を自覚し、何かの破片などで身体が傷つき血だらけになっている事にも気づいた。
ルネシアの『ダイヤモンドストライカー』に射たれて気を失った自分を思い出し、何とか痛む身体を起こした。
先程の爆発音のした方角を見れば、リリーザの主城である『リオヴァ城』が見えた。
中で爆発でも起きたのか、城の上階が爆砕して吹き飛んでいる。
火の手が上がり、黒煙が登っていた。
この自分の身体を傷つけた破片はあの爆砕したリオヴァ城のものか?
いや、それはない。
飛んで来るには距離が有りすぎる。
ではこれは、なんの破片だ?
サイスはリオヴァ城の反対の方角に視線を移した。
そこには墜落し、瓦礫の山と化したガーネディアの悲惨な姿があった。
「────…………ぇ?」
ガーネディアには、たしか、ベルエッタが……。
ドクンと心臓が過剰な血流に反応して大きく鳴った。
ベルエッタは? と辺りを見渡す。
確認できたのは近くで倒れるノアと、瓦礫を掻き分けているゴルトとジフトスとレジェーナとリビエラの姿だけだった。
さらに聴こえてくる彼等の叫びに、サイスは耳を疑った。
「ベルエッタ! 返事をして!」
「ベルエッタアアアア!」
「返事せんかベルエッタ! どこだああああ!」
「ベルエッタ様! ベルエッタ様ああああ! お願いです! 返事をしてください!」
半泣きの声のリビエラを最後に、サイスは脳内で何かが弾けた。
「嘘だ……ベルエッタアアアアアアアア!」
狂ったように、断末魔のようにサイスは叫んだ。
叫んで駆けて、身体の痛みなどどうでも良く、ただ瓦礫の山に向かって走り出した。
それに気づいたジフトス達が顔を引きつらせる。
「サイス!」
「ベルエッタ! ベルエッタ! ベルエッタアアアアアアアアアア! くそ! なんで! なんでこんなことに! ベルエッタ! ベルエッタ! ベルエッタアアアアアアアアアア!」
「サイス! 落ちつけ!」
「落ちついてくださいサイス様!」
「うるさい! ベルエッタ! ベルエッタ! 畜生! 畜生! 畜生おおああ! ベルエッタアアアア! 俺はまだ! あいつに何も! 死ぬなベルエッタアアアアアアアアアア!」
瓦礫を必死に掻き分けていくサイスは、たとえ指が切れようが、そんなもの構いはしない。
ただ1人、やっと愛する事ができた女を助けたい一心で、瓦礫を掻き分け続けた。




