第211話【死線】
「考えを改めてほしい、か」
眉ひとつ動かさずグランヴェルトがこちらの言葉を繰り返した。
ジフトスは通常兵器であるライフルと大盾を両手に下げたまま口を開く。
「はっ! あの小僧レヴァン・イグゼスから聞かされました。大陸を沈めるつもりだと」
「その通りだ」
まるで否定すらしない。
それどころか嗤ってさえいる。
「どうかそんなことはお止めくださいグランヴェルト様! なんの得があると言うのです!」
「損得なのではない。一時の快楽のためだ」
「一時の快楽!? ……本気で仰っているのですか?」
「冗談は得意だが、今回は本気だ。無駄な説得はよせ。お前も長らく俺を見てきた身だ。俺が一度言い出したら聞かん事ぐらいは知っているだろう?」
確かに、ジフトスは小さき頃のグランヴェルトを見てきた身だ。それはゴルトも同じ。
言い出したら聞かないのは、とうの昔に分かっていた。
「……っ! しかし!」
「よさんかジフトス。もういい」
ジフトスの肩を掴み、そのまま前に出てきた大男ゴルトがグランヴェルトを見る。
「グランヴェルト様。あなたが国を捨てるというのなら、我々はそれ相応の対処をせねばなりません。あなたはもう一国の王ではなく、この大陸の脅威として排除せねばなりませんが、よろしいか?」
「ああ、それでいい。お前たちの行動は何一つ間違ってはいない。この俺を倒そうと動いてくれた事には、むしろ感謝する」
今の一言でジフトスだけでなくゴルトやノア達も戸惑いの気配を見せてきた。
「あなたは……なぜ?」
本当に何を考えているのか分からないから、ジフトスは問うていた。
こちらの行動を決して否定せず、むしろ受け入れるかのような言動。
そしてトドメの感謝という言葉。
わからん。なぜだ。
この御方は、やはり計り知れん。
「迷うな。かかって来い。悪いが俺は止まらんぞ」
こちらの問いに答える気はさらさら無いようで、グランヴェルトは闘気を高めていく。
ただの闘気が覇気に変わっていく。
覇王はやる気だ。
「くっ! やむを得ん! きさまらフォーメーションだ!」
ジフトスが武器を構えて叫んだ。
「了解」と周りで待機していたノア達が散開する。
「ほう?」
散開するノア達を見やり、不敵に嗤うグランヴェルト。
その覇王の正面に立ったジフトスは大盾を構えながら口を開いた。
「レジェーナ!」
『『ブロークン・ハート』!』
ピンクの閃光がジフトスから発せられ、グランヴェルトの両目を襲った。
「!」
「魔法は効かずとも光は無効化できまい!」
ジフトスの言葉通りで、さすがのグランヴェルトもピンクの閃光には眼を閉じた。
当然ながら魅了される気配などない。
視力を奪ったこの隙を逃すまいと、サイスとノアがグランヴェルトの両サイドに現れ、長剣と大鎌を振り抜く。
しかしグランヴェルトはあくまで嗤っていた。
「お前達は攻撃の際に気が大きくなりすぎる。故に──」
振り抜かれたノアの長剣とサイスの大鎌は、いとも簡単に受け止められた。
「──丸見えだ」
「なっ!」
「馬鹿な!?」
自分の攻撃を受け止められたサイスとノアが驚愕した。
グランヴェルトは素手で、その両者の刃を受け止めていたのだから。
その光景を目の当たりにし、血の気が引く思いをしたジフトスだったが、それに拍車を掛けるようにグランヴェルトはサイスの大鎌とノアの長剣を握力のみで破壊して見せたのだ。
馬鹿な!
素手で武器を受け止め、あげくに破壊だと!?
ジフトスが驚くが、サイスとノアもそれは同じで、そのせいでグランヴェルトから距離を取るのが遅れてしまっていた。
『『ダイヤモンドストライカー』』
その逃げ遅れた二人を逃がさんように、魔女ルネシアが魔法名を唱えてきた。
あれは氷魔法『ブルーストライカー』の強化版。
通常よりも氷柱が大きく輝きも美しい。
そこから放たれる青の光線は太く、威力の大きさが窺える。
ジフトスはなんとかその光線の弾幕を避けて下がる。
しかし武器を壊され、退却が遅れたサイスとノアは回避し切れず肩や足を射抜かれてしまう。
「うわあ!」
「ぐぅっ!」
倒れるノアとサイス。
その二人を盾変わりにして飛び越え『ダイヤモンドストライカー』の弾幕を潜り抜けて来たのはゴルト!
「ぬおおおおおおおおおお!」
ゴルトの鉄拳がグランヴェルトに向かって打たれる。
それを握り止めた覇王は、その拳に力を込めて、ゴルトの拳に圧力を掛けていく。
「ぐ、ぐぅ! ぅう! ぐ、ぁああああああああ!」
メキメキとゴルトの拳にグランヴェルトの指がめり込んでいく。
「どうしたゴルト? その筋肉は飾りか?」
まずい!
ゴルトがやられてしまう!
思い立ってジフトスは彼を助けようと発砲するが『ダイヤモンドストライカー』の弾幕と、もう一つの魔法『アイスシールド』の強化版『クリスタルシールド』が邪魔で割り込めない!
いつの間にシールドを……『全同時詠唱』か!
おのれルネシア!
これでは攻撃が届かない。
だが、攻撃の手は緩めない!
グランヴェルトを守る氷の盾どもを全てこちらに向けさせる!
『このぉ!』
膝をついて倒れかけているゴルトの中から魔女ヴィジュネールがリンクを解除して飛び出してきた。
ヴィジュネールは腰に差していた拳銃を瞬時に取り出し、グランヴェルトにその銃口を向ける。
刹那、一枚の『クリスタルシールド』が彼女に体当たりした。
「あぐっ!」
『ヴィジュネール!』
レジェーナが叫んだ。
ヴィジュネールのその幼い容姿を突き飛ばされ、草原に転がる。
しかし、おかげでシールドに隙ができた!
グランヴェルトの正面はがら空きだ!
今ならば、奴の狙撃が通る!
射て! エルガー!
※
戦闘が開始されてからすぐ後方に下がったエルガーは、通常兵器のスナイパーライフルを構えて隙を窺っていた。
たった数秒でノアとサイス。そしてゴルトとヴィジュネールをやってしまうとは。
やっぱり奴は化け物だ。
「逝けよ皇帝。お互い勝手だったな」
スコープでグランヴェルトを捉え、エルガーはトリガーを引いた。乾いた発射音が鳴り響き、鋭い弾丸が空気を裂いて飛んでいく。
その弾丸は、難なくグランヴェルトに避けられた。
しかも最小限の動きで。
「な!?」
『避けた! 嘘でしょ!?』
中のライザまで驚愕する。
この距離で分かるのかよ!
くそったれ!
『エルガー。弾避けがキサマに出来てグランヴェルト様に出来ないとでも思ったか? 自惚れるな無能が』
魔女ルネシアがライザを介してテレパシーで罵ってきた。
グランヴェルトの犬が! 偉そうに言いやがって!
『『カウンタースナイプ』。お前の得意技だったなエルガー』
グランヴェルトの声が聞こえたと思うと、巨大な火球がすでに目前に迫って来ていた。
「っ!」
『エルガー!』
※
『ぐああああ!』
『エルガー!』
ライザの悲鳴は爆発音によってかき消され、テレパシーが途切れた。
『エルガーちゃんがやられたわダーリン!』
「わかっている!」
やはりグランヴェルトは化け物だ。
エルガーが狙撃した瞬間にその位置を割り出し、ヘルブランドでフレイムをカウンターした。
あっという間にノアとサイスとエルガーがやられた。
掴まれているゴルトも痛みに苦しむままで、戦えそうもない。
こうまで何もできないとは!
しかもまだ、彼は本気じゃない。
やはり『ガーネディア』を使うしかないか!
ベルエッタよ!
急いでくれ!
するとグランヴェルトはゴルトを片手で放り投げてきて、ゴルトの巨体がジフトスに直撃した。
「うおわっ!」
ゴルトの巨体を受け止める形になったジフトスは大きく倒れ、無様にもゴルトの下敷きになってしまう。
そんな無様な二人にグランヴェルトが銃剣ヘルブランドを肩に乗せながら近づいてくる。
「どうした? こんなものか? 歴代最強が聞いて呆れるぞ」
『呆れたのはこっちですわ! グランヴェルト様!』
突如に響いたベルエッタの声。
ジフトスはゴルトを押し退けて、きたか! と内心で呟く。
グランヴェルトが声の方へ振り向くと、そこにはガーネディアがバリアを展開し、主砲をグランヴェルトに向ける光景があった。
「ほう、それを使うか」
『わたくしたちを捨てた事を反省なさい!』
ベルエッタの怒声を期に、胸壁に潜む大砲が一斉に射撃を開始した。
グランヴェルトに向けて放たれた砲弾は草原に直撃して爆発を生んでいく。
その爆発に巻き込まれまいとジフトスは慌ててゴルトを引っ張り撤退した。
その撤退の最中で、ジフトスは見てしまった。
降り注ぐ砲弾の嵐を意に介することもなく避けて進み、ガーネディアの真下に飛び込むグランヴェルトの姿を。
「一つ教えてやろうベルエッタ」
グランヴェルトはヘルブランドを頭上のガーネディアへと向けた。
まさか!
「この城の展開するバリアは、真上と真下が弱くなっている。つまり」
『終わりだ。『ヘル・プロミネンス』』
ルネシアの唱えた炎の『魔法最上階層詞』。
地獄の業火の放流とも言える火柱がヘルブランドから解き放たれ、ガーネディアをバリアもろとも呆気なく貫いた。
その火柱は、ベルエッタがいるであろう城の天辺の操縦部屋さえも貫いていた。
『ぁ、あの子が!』
「ベルエッタアアアアアアアアアアアアア!」
レジェーナとジフトスは、呆気なく地に落ちていくガーネディアを見せつけられた。




