第207話『決意の将軍』
リビエラとベルエッタが血相を変えて全将軍と全将軍魔女を呼び集めてきた。
もちろんジフトスも呼び出され、誰もいなくなった食後の大食堂へ足を運んだ。
ジフトスが最後で、他の将軍や魔女たちはすでに集まっている。
「どうしたのよリビエラ。いきなりみんな集まれなんて」
我が魔女であり妻のレジェーナが眠そうな声音で言った。
対するリビエラは申し訳なさそうにお辞儀する。
「申し訳ありませんレジェーナ様。ですが、皆様にどうしても御伝えせねばならない事があります」
「そうなんですの! みなさんしっかり聞いてほしいですわ! 実はグランヴェルト様とルネシア様が──」
前に出てきたベルエッタが慌ただしい口調で説明を始めた。
その内容は、グランヴェルト様とルネシア様がこの大陸を沈めようとしているとの事だった。
レヴァン・イグゼスとシャル・ロンティアを戦わせてはならないとのこと。
「大陸を沈めるだと!? そんな馬鹿な! グランヴェルト様がそんな事を!」
信じられず、ベルエッタとリビエラに詰め寄りかけたが、ゴルトの片手によって阻まれた。
「よさんかジフトス。あの御方なら分からんでもない話だ」
「なんだとゴルトきさま!」
主君に対する聞き捨てならないゴルトの発言におもわずカッとなってしまった。
おかげで「落ち着いてダーリン」とレジェーナに宥められてしまう。
「いつからだったかしら……あの御二人が、国の未来なんてどうでもいいって、そんな空気を纏う様になったのは……」
ゴルトの傍らに立つヴィジュネールが悲しい表情を浮かべながらそう口にした。
「……グランヴェルト様とルネシア様が子宝に恵まれていないことはみんなも知っているだろう?」
ゴルトが言った。
それは確かに知っている。
未だあの御二人には子供ができたことがないのだ。
「え!? やっぱりそうなんですの!?」っとベルエッタ。
「お前はもう少し周りに興味を持て」っとサイス。
仲睦まじいグランヴェルト様とルネシア様だったが、本当に子宝にだけは……それだけには何故か恵まれずにいる。
それが今回の、大陸を沈める動機なのだろうか。
全てがどうでもよくなっているのだろうか。
子供が出来ないという辛さを、娘を二人も持つ身のジフトスにはなかなか上手く共感できない。
「おいおい冗談じゃねーぜ。そんな理由で大陸沈められたらよぉ」
「じゃあ君は裏切るのかいエルガー?」
「おいノア。先に裏切ってんのはあっちだぜ? その言い方はねぇだろ」
「ノア……あんたはグランヴェルトに付くわけ?」
ライザの問いにノアは片手で顔を覆いながらため息を吐いた。
「……もう勘弁してくれ。家を裏切って、今度は主君まで裏切らなきゃいけないのか僕は?」
「ノア様……」
裏切る裏切ると、こやつらは!
「キサマらという奴は! なんて忠誠心の無い! 主君の間違いを正すために説得の一つでもしようとは思わんのか!」
ジフトスが怒鳴ると、エルガーが肩を竦める。
「だったらあんたが一人でやってろよ。あの覇王が耳を貸すとは思えねぇけどな」
言ってエルガーは踵を返して大食堂を出ていった。
彼の魔女ライザもそれに続く。
「おいエルガー、ライザどこへ行く。まだ話は終わっとらんぞ」
ゴルトが出ていった二人を追いかけていき、それにヴィジュネールもついていく。
残ったベルエッタとサイスを見やり、ジフトスは口を開いた。
「……サイス、ベルエッタ。お前たちはどうする気だ?」
「申し訳ありませんリベリオン将軍。俺はレヴァンの方へ付きます」
少しは迷うのかと思ったが、サイスはきっぱりと寝返りを宣言してのけた。
少し、いやかなり意外だったが、最近のサイスとベルエッタを見ていたジフトスにはやはりなという気持ちもあった。
「大陸を沈めようというのなら、俺はそれを受け入れるつもりはありません。抵抗させてもらいます。行くぞベルエッタ」
「あ、はい!」
サイスとベルエッタが大食堂を出ていく。
その背中を見れば、未来へと向かう若い夫婦の姿がジフトスの目に焼き付いた。
それを見て、ジフトスは近くにあった椅子に腰を下ろし、大きく肩を落とした。
「……どうしてこうなるのだ」
「ダーリン……」
「わしは長年グランヴェルジュに仕えてきたが、あのグランヴェルト様ほど類いまれなる才能を有した王はいなかった。ルネシア様もだ。あの方ほどの魔女もそうはいなかった。グランヴェルジュの歴史においても、あの御二人以上に完璧な戦士と魔女などいない」
「そうねダーリン。あの二人は本当に、グランヴェルジュ歴史上最強のソールブレイバーだと思うわ」
レジェーナの言葉に胸を救われる思いを感じながら、それでも溢れる泣きそうになるネガティブな気持ちを吐露する。
「ああ……なのに、どうしてこんな愚かな道を選んでしまわれたのだ……」
「理由が理由なだけに、咎める気にはなれないわ。でもダーリン。私たちも娘が二人いるわ。この大地を沈めさせるわけにはいかないと思うの」
「……わかっている」
レジェーナの言うとおりだ。
もはや無能などとは関係ない。
娘二人の命が、この大陸に住む全人類の命が巻き込まれようとしている。
やはり主君殺しの汚名を、負わねばならないのかもしれない。
「ノア様……私たちは……」
「わかってるよリビエラ。もう僕は……君とリンヴェルと、そしてセアトを守ると決めている。行こう」
「……っ! はい!」
まだ大食堂に残っていたノアとリビエラが決意し、その足を出入口へと向かい始める。
「待てノア将軍!」
強めの口調でジフトスが呼ぶと、ノアは足を止めたが振り返らず。
「待たないよ。グランヴェルジュより、僕はもう家族が大切なんだ」
「わかっている。お前の選択を責めたいわけではない」
言うと、こちらの言葉が意外だったのかノアが怪訝な顔でこちらに振り向いてきた。
ジフトスは構わず続ける。
「あの方を敵に回すのだ。我々がバラバラでは話にならんだろう」
「どういう意味だい?」
「ノア。もう一度みなを集めてくれ。グランヴェルト様とルネシア様を止めるために、全将軍で事に当たる」




