第204話『覇王との対談』
食事が終わった頃には夜も遅く、俺はグランヴェルトに呼ばれ、彼のもとへ来ていた。
場所は城のバルコニー。
蛍火の飛び交う草原と、青みかかった夜空が一望できる。
大食堂を抜けてバルコニーへ来た俺は、欄干の前で立ち尽くすグランヴェルトの背を見つける。
「御馳走ありがとうございます。美味しかったです」
敵とは言え、礼儀を欠くわけにはいかないと思ってそう言った。
当のグランヴェルトは振り向きもせず「ああ」とだけ返してきた。
そんな事はどうでもいいと言わんばかりの素っ気なさだ。
先ほどとは違う空気を纏っているグランヴェルトの背に、俺はこれからの対談に妙な胸騒ぎを感じ始めた。
理由は分からないが、おそらく相手が何を考えているのかまるで分からない覇王だからだと思う。
俺はグランヴェルトの近くまでくるとそこで立ち止まる。
さすがに彼の隣に行こうとは思わなかった。
「カオス・インフィニティについて、まだ話してなかったな」
いきなりの話題に俺は驚き「ぇ、ええ、まぁ……」と曖昧な返事をしてしまう。
しかしグランヴェルトは構わず。
「あれは無限の魔力と共に無限の魔法を扱える『スターエレメント』だ」
「無限の魔法?」
「ルネシアが見て知っている魔法ならどれでも使える。例え炎の魔法だろうと氷の魔法だろうとな」
「自分の属性と関係なく魔法が使えると言うことですか!」
「その通りだ。魔法ならばどれでも使える」
なるほど。カオス・インフィニティと言うだけあって本当にカオスだ。
まさか炎・氷・風の『三大エレメント』を全て使ってくるとは。
しかも覚醒の毎に火力が上がっていく無限の魔力もオマケつきだ。
「魔法を無力化するのはシェムゾから聞いているだろう?」
「ええ、それはもう」
答えながら俺は考えた。
シャルの『ゼロ・インフィニティ』が勝っている部分がない。
『カオス・インフィニティ』に手数でも火力でも負けている……いや、待てよ。
「ルネシアさんは、どれほど同時に魔法を唱えられるんです?」
手数なら『蒼炎全家族魔法永久無限詠唱』を扱えるシャルが圧倒的のはず。
たとえ炎しか使えなくても、この無限の手数は最強のはずだ。
「ルネシアならあのレニー・エスティマールと同じく『全同時詠唱』までを修得した。さすがにシャル・ロンティアほどの詠唱能力を得るには時間が足りないようだが」
まさか、もうレニーに追い付いていたとは。
負けず嫌いだとは聞いていたが、これは相当だな。
レニーだってあの『全同時詠唱』を完成させるのにはかなり苦労していたようだし、この短期間でそれを修得してしまうのは敵の魔女ながらさすがとしか言いようがない。
とは言え『カオス・インフィニティ』の豊富な魔法種類と、ルネシアの『全同時詠唱』のコンビネーションはさすがに脅威を感じる。
やはり一筋縄ではいかない決戦になりそうだ。
「ところで、どうして俺に手の内を明かすんです?」
前々から気になっていた事を聞くと、グランヴェルトはフと小さく笑った。
「お前とは限りなくフェアに戦いたいだけだ」
「なぜそこまで……」
「分からんか?」
「分かりませんね。敵側に強敵が現れて喜ぶというのが共感できません」
「俺の前にお前という逸材が現れた。お前は俺の期待に答えるかのように強くなり、ここまで来た。それが俺にとってどれほど幸福な事だったか」
……まるで戦闘狂のような発想だ。
戦いに娯楽を見出だしているとでも言うのか。
この男の……グランヴェルトの底の浅さが垣間見えた気がして、どこか冷めるような思いが胸の内に沸いた。
「お前という存在の出現。そして現代に蘇った二つの『インフィニティ』。俺からすれば運命を感じずにはいられんさ」
現代に蘇った二つの『インフィニティ』?
シャルとルネシアさんの事か。
限りなくフェアに戦いたいのなら、確かに魔法火力も互角なほどいいのだろう。
「だが、二つ目の『インフィニティ』を持つ魔女が、まさかあのグラーティアの娘だとは思いもしなかったがな」
「無能だから、ですか?」
「それもある。だがそもそも自分の妹とからそんな魔女が産まれるとは思ってなかっただけだ」
妹?
あぁ、そうか。そうだった。
グランヴェルトとグラーティアは兄妹だったな。
ということはシャルにとってグランヴェルトは叔父ということになる。
今さらどうでも良いことだが、シャルはリリーザとグランヴェルジュのハーフになるのか。ロシェルやリエルも。
血の繋がりというのは切っても切れないものだから、なかなか複雑な気持ちになる。
「レヴァン。お前はこの国グランヴェルジュをどう思う?」
この男はいつも突然だ。
グランヴェルジュをどう思う?
そんなもの。
「言って良いのですか?」
「構わん」
「はっきり言って、哀れな国だと思います。潜在能力の低い男の子や、『スターエレメント』を持たない女の子はみんな神に選ばれなかった者たちだと断ずるこの国は、哀れです」
「なるほど。哀れか」
「先ほどの地図での話が本当なら、魔力濃度の低いこの大陸ではもう『スターエレメント』を持った魔女は産まれてこなくなるのでは?」
「ああ。それも時間の問題だろうな」
「だったら。もうこんな過激な才能主義なんてやめて、新しい文化を築くべきでしょう? 才能に恵まれた将軍達だってそこまで幸せそうじゃなかった。むしろこの才能主義に振り回されてる人間ばかりだった」
娘の将来を思い、国を裏切る真似を続けるヴィジュネール。
才能主義ゆえに引き裂かれたサイスとセルシス。
その悲恋に巻き込まれたベルエッタ。
愛しい人との子供なのに、才能主義ゆえに愛することもできず、自分を押し殺していたリビエラ。
才能主義ゆえに子供を平気で棄てる男に成り下がっていたノア将軍。
才能に恵まれた彼らでさえ幸せに過ごせていないこの才能主義は、やはり間違っていると言わざるを得ない。
「才能主義の破綻はもうすでに起きている。お前という潜在能力値『78』のイレギュラーな活躍によってな」
「俺?」
「無能でも努力すればここまで成り上がれると、お前はグランヴェルジュの民に証明して見せた。そのうち反乱の1つでも起きてくれれば面白いのだが」
「改善する気はないのですか?」
「必要ない」
「……なに?」
必要ない?
才能主義の破綻はもう起きてるというのに、その価値観の改善が必要ないだと?
意味が分からない。
「俺はなレヴァン」
グランヴェルトがこちらに振り向き、月を背にした彼の顔が闇へと染まる。
「『自分』のいない未来など興味ない」
それは影に覆われた顔から発せられた、耳を疑う一言だった。




