第200話『天空』
何度かの休憩を挟み、ようやくリコリスを過ぎて国境を越えた。
辺りはすでに暗くなり、広大な草原は虫の鳴き声だけを奏でる。
至るところに飛び交う蛍火が美しいこの草原は、月明かりに照らされ青白く染まる。
俺達が乗るリムジンは草原を割る一本道を走り、途中で停まった。
「着いたよ。『城』が来るまでしばらく待機だ」
一方的に言い放ってノアは運転席から降りて行った。
相変わらず俺と目すら合わせようとしない。
そこまで避けんでもいいのに。
「あ~やっと着いたか」と続けて助手席のエルガーも出ていく。
「ほら。みんな降りるわよ」
言ったライザが先に降りて、リビエラも降りていく。
「『城』が来るまでってどういうことかな?」
シャルに聞かれ、俺も首を傾げてみせる。
グランヴェルジュの主城はガーネディアだ。
あれがこんなところまで来るというのか?
いったいどうやって?
まさか四足歩行になって蜘蛛みたいに歩いてくるのだろうか?
有り得るかもしれない。
なんだろう、ちょっとワクワクしてきた。
けど、そんな城が存在するのか?
うちの『リオヴォ城』でもそんな話は聞いたことないが。
「……とりあえず降りようみんな」
「うん」
「おう」
「ええ」
エクトとレニーが降りて、俺もシャルと降りた。
眼に優しい青白い光に照らされた草原が風に揺れている。
車内の空気から解放されて、外の新鮮な空気に触れる。
それがやけに気持ちくて、思わず深呼吸をしてしまった。
「はー、長かった」と俺は全身をんんっと伸ばす。
今日はほとんど使ってない筋肉が歓喜を上げるようにキシキシ唸っている、ような気がする。
「ほとんど寝てたじゃねーかお前」
「なんだよ。エクトだって寝てたろ」
「一回も寝てねーよ」
「なに嘘ついてんのよ。最初から思いっきり寝てたくせに」
ずっと起きていたらしいレニーがエクトに指摘する。
エクトはやれやれと肩を竦めて溜め息を吐いた。
ネクタイをキュッと絞め直す。
「護衛が寝るかよバーカ。寝たフリに決まってんだろ」
「な! あくまで嘘つくの?」
「嘘じゃねぇって。敢えて無防備を装えば何かしらしてくるかもしれねぇって思ったんだよ……ま、無駄骨だったけどな。マジで寝りゃ良かった」
「上手いこと言って。信じられないわよそんなの」
「お前あのライザって女とずいぶん楽しそうに喋ってたじゃねーか」
「っ!?」
レニーが硬直した。
へぇ、俺が寝てる間にレニーがライザさんと喋ってたのか。
なんか意外だな。
レニーはライザさんを良く思ってなかった様だし。
「それはともかく『城』が来るって言葉が気になるな」
エクトが言ってシャルは頷いた。
「だよね。城なんかが街を通ったらメチャクチャになっちゃうよ」
「ん? どういう意味だシャル?」
俺が聞くとシャルは珍しく腕を組んだ。
「だって車みたいにタイヤとかで走ってくるんでしょう? 道路に収まり切らないし、どう考えても街を無傷で通れないよ」
「バカだなシャル。四脚になって街を避けて走ってくるに決まってるだろ?」
「なにそれ気色悪っ!」
「なんでだよカッコいいだろう!? なぁレニー!」
「え!? まぁ……」
「ぜんぜんカッコよくないよ! レヴァンのセンスちょっとおかしいんじゃない?」
「わからん奴だな! 城がタイヤで走ってくる方がよっぽとダサいって!」
「いや四脚の方がメチャクチャダサいよ! ねぇレニー!」
「へ!? うん、まぁ……」
「これだから貧乏人どもは困るぜ。発想まで貧困なんだからよ。城ごと地面に潜ってここまでやってくるに決まってんだろ?」
「いや、その発想はないわ」
「モグラじゃんそれ」
手をヒラヒラさせながら俺とシャルが応える。
「はぁ!? 地面なら街とか気にせず直行できるだろうがよ! なぁレニー!」
「なんでイチイチあたしに振るのよみんなして!」
「おいどうした? さっきからうるせぇな」
リムジンに寄りかかってたエルガーが面倒くさそうに言いながらこちらにやって来た。
一緒にリビエラもやってくる。
目前のエルガーに向かって俺は聞いた。
「エルガーさん。『城』が来るまで待機って、本当のところどういう意味なんです?」
「あ? そのまんまの意味だぜ?」
「そのまんまって……城ごとこっちに来るんですか本当に?」
「そーだよ。あ? なんだもしかして知らねーのか? リリーザの『リオヴォ城』だって飛べるんだろ?」
「え!?」
俺とシャルとエクトとレニーの声が綺麗に重なった。
『リオヴォ城』が飛ぶ!?
そんな話は聞いたことがない。
学校の授業でもそんなこと聞いたことないぞ?
「エルガー様……城の機能は今や城の僅かな人間しか知りません。リリーザもそれは同じなのではないでしょうか?」
リビエラが囁くとエルガーは「なるほどな」と納得の声を発する。
「『リオヴォ城』が飛ぶなんて……」
さすがのレニーでも知らなかった様だ。
そしてエクトも。
「おいレヴァン、シャル。軍人のお前らなら聞いてたんじゃねぇのか?」
「え? ……レヴァン聞いた?」
「いや、まだ聞いたことないな。新人だし」
「ですよね~」
「おいお前ら」
突如エルガーに呼ばれ、俺達は彼を見た。
エルガーは「来たぜ」と上を指差す。
同時に月光を遮り、何かの影が俺達どころかリムジンさえ覆い出した。
なんだ?
と上を見上げると、遥か上空で月を背景に黒く染まった巨大な城があった。
「ほ、本当に来た……」
隣でシャルが驚愕の声を漏らす。
すると周囲の風が荒ぶり始め、蛍たちが吹き飛んでいった。
城がゆっくりと高度を落として来ている。
城を支える地盤の裏面が見えてきたが、そこには何もない。
ただ平らな地盤が広がるだけだ。
おいおい、いったいどうやって浮いてるんだ!?
それは四脚じゃなかったガッカリ感を消し去るほどの衝撃だった。
城の裏面は何かが噴射しているわけじゃない。
でも風を荒ぶらせる何かの力が働いているのは確かだ。
城は草原のど真ん中に見事着地した。
開いた口が塞がらない俺達の前に、ちょうど良い位置に正門がある。
その正門が盛大に開かれた。
そこにいたのは。
「ようこそガーネディアへ。会いたかったぞレヴァン・イグゼス。シャル・ロンティア」
不敵に嗤うグランヴェルジュ帝国の『覇王』グランヴェルトと、その魔女ルネシア・テラ。
その二人だった。
最後の敵である二人を前に、俺とシャルは緩んでいた気を引き締めた。
※完結する前にノクターン版を書こうかと考えています。
主にレヴァンとシャルのものですが、エクトとレニーも少々。
このペアのも見たい!
というリクエストも受け付けております。




