第199話『レニーとライザ』
※完結する前にノクターン版を書こうかと考えています。
主にレヴァンとシャルのものですが、エクトとレニーも少々。
このペアのも見たい!
というリクエストも受け付けております。
『首都エメラルドフェル』から国境まで移動する。
それが今のところの目的だった。
そしてその移動手段は、もちろんリムジンに乗ってすることになった。
運転手はあのノア・ノブリスオージュ。
助手席にはエルガー・ベオウルフが座った。
高級車によるドライブは順調で、特にトラブルもなく進んでいた。
なのに、どうしてこうなるのよ……。
レニーは、今のこの状況を脳内で嘆いた。
なぜなら何時間にも及ぶ長距離ドライブはレヴァン・エクト・シャル・リビエラの睡魔を見事に煽ったらしく、みんなそれぞれ寝てしまっている。
エクト!
護衛のあんたまで寝てどうすんのよ!
起きなさいよ!
いや、起きてお願い!
一人にしないでよ本当に!
レニーの右隣で、腕を組んでうつむき眠るエクトに、脳内で怒鳴るも声には出さない。
起こそうと思ったが、昨日エクトが夜遅くまで仕事をしていたのを知っている。
父の仕事の資料などをまとめ、目を通して、必死に仕事を消化
していたのをこの眼で確認したのだ。
それに対しレニーは、エクトほどの仕事がまだそもそも無く、昼には片付けてしまえる程度の量。
そしてエクトが仕事を片付けている間に、自分はシャルとのうのうとショッピングをしていた身だ。
いくら許可を取っていたとはいえ、そんな自分が、昨日の疲れが残していたであろうエクトをどうして起こせようか。
左隣で座って眠るレヴァンも、リビエラから連絡を受けた後に仕事が舞い込んできて大変だったとか。
そして彼の肩で眠るシャルは妊婦特有の眠気に襲われた結果だろう。今のレニーになら共感さえできるから、それこそ起こす気にはなれない。
旦那エクトと友達レヴァン・シャルに眠られ、一人にされたレニーは向かいに座る人物を見た。
高級ソファーを2つ向かい合わせに並べたような車内。
その片割れに腰を下ろすレニーの向かいには、他でもないあのライザ・ベオウルフが座っていた。
彼女は暇つぶしなのか、料理雑誌を読んでいる。
この人、料理なんてするのだろうか?
とてもそんな風には見えない。
やはり暇つぶしに読んでいるだけなのだろう。
会話もなく、特に楽しくもないレニーは思わず溜め息が出そうになった。でもそんな無礼は犯さない。
ただ、顔に嫌という感情が出てないか心配で、レニーは視線をリビエラの方へ移した。
まさかの正式な案内人であるリビエラまでスヤスヤ寝てしまっている。
しかもライザの膝枕で。
相当仲が良いのか、ライザも別に気にしてない様子だ。
「育児で睡眠不足なのよ。許してあげて」
レニーの視線に気づいたのか、ライザが雑誌を閉じて言ってきた。
「あ、いえ別にそんな……育児って、やっぱり大変なんですね」
「そうね」
ライザはレニーの全身をまじまじと見てきた。
レニーもまたライザを見つめる。
最初に会った時と違って雰囲気が柔らかい。
『アカシエル』で会った時はお世辞にも育ちの悪さしか目立たない女性であった。
なのにこの差はなんだろう?
そんな事を考えていると、不意にライザと目が合ってしまってレニーは慌てて目を逸らした。
「あんたっていくつだっけ?」
「え? ……16ですけど」
「やること早いわね。その歳でもう子供つくるなんて。やり過ぎて出来ちゃったってやつ?」
「ち、違います! エクトとあたしが望んだ事です」
というより、エクトが子供をあたしに望んでくれたから、というのが正しい。
望んでくれたから応えたくて、身を重ね、温かい彼の熱をこの身で受け止めた。
受け止めた熱は1つの命となり、今あたしのお腹で確かに存在している。
エクトと自分だけの、世界でたった一つの宝物として。
「そうまでして子供欲しかったの?」
「欲しかったです。その、ずっと一緒にいたいって気持ちになると、不思議とそんな気持ちも芽生えてくるんですよ。彼の子供も欲しいって」
「ふーん……」
まったく共感できてないライザの顔に、レニーは慌てて付け足した。
「……す、好きな人との子供なら、欲しいって思いませんか? ライザさんも」
「思わないわね。アタシは」
「そ、そうですか」
まさにバッサリと、共感する気すらサラサラないといった声音でライザに答えられ、レニーは苦笑するしかなくなった。
するといきなりライザが助手席に座るエルガーを指差す。
「あんなのがお父さんだなんて子供が可哀想でしょ?」
「あ? ぁあ!? ライザ! この! てめぇにだけは言われたくねぇぞコラ!」
「はいはい」
怒鳴るエルガーを笑いながら軽く流すライザ。
そのやりとりにレニーは小さく笑ってしまった。
「ところであんた身体は大丈夫?」
不意を突かれたようにライザからコンディションを問われた。
その表情は優しく、安心さえ覚えるほど。
本当にこちらの身体の事を心配してくれている顔だった。
こんなにも優しい顔が出来る人だったなんて……いや、それとも。
「……あの、ライザさん」
「ん?」
「し、失礼な事を聞きます。あなたは……本当に、あのライザ・ベオウルフなんですか?」
そのレニーの言葉に前に座るノアとエルガーが驚く気配を見せた。
当のライザは。
「は? どういう意味?」
言ってる意味がサッパリ分からんみたいな、怪訝な顔つきになった。
「お、お気を悪くしたらすみません! その、以前会った時と、なんか雰囲気が全然違うなって、思ったんです……」
「そんなに違う?」
「違います。なんか、凄く優しいですし……」
本当に違う。
少し前までは嫌悪感すら抱いていた相手だ。
そんな相手に今は安らぎと安心さえ感じている。
とても同一人物とは思えなかったのだ。
「あんた妊婦じゃない。当たり前でしょ?」
「当たり前、ですか。でも、どうして妊婦ってだけで、そこまで良くして下さるんですか?」
「妊婦に良くしない奴って、そもそも人としてどうなのよ?」
「そ、それはそうですけど」
どうにも腑に落ちない。
いくらなんでも変貌し過ぎだから。
「……アタシの性格よこれは。あんたみたいな妊婦見ると放っておけなくなるの」
「性格?」
「そうよ」
それ以上は語らず、ライザは再び料理雑誌を開いて読み始めた。
これ以上聞くなと言われた気がして、レニーは仕方なく窓の外を眺めることにした。
しかし、一分もしないうちにライザは雑誌を閉じた。
「あんた母親は?」
いきなり聞かれたレニーは驚き、それでもすぐに答えた。
「いますけど」
「父親は?」
「? いますけど」
「仲良し?」
なんでそんな事を聞いてくるんだろう?
「い、良い方だと思いますよ、たぶん。お父さんはハゲちゃって昔みたくカッコ良くなくなったとか、お母さんは太ってしまって昔みたく色気なくなったとか、お互いに文句言ってますけどね」
「へぇ~良いじゃない。普通の家族って感じで」
「あはは、そうですね」
ライザと、初めて一緒に笑った。
何なんだろう?
この人はいったい?
「……ねぇレニー。余計なお世話かもしんないけどさ」
「え?」
「男に尽くすのも良いけど、ご両親のことも大切にしてあげなさいよ?」
それはどこか切なげで、それでも本心から言ってくれていると分かる言葉の重さを感じた。
「それは、もちろんです」
「ならいいけど」
「あの、どうしてそこまで?」
「別に深い意味はないわよ」
「そ、そうですか」
やっぱり最後は素っ気ない。
ライザ・ベオウルフという人間を完全に把握はできなかったが、前にシャルが言っていた「ライザさんが良い人で良かった」という言葉は、今なら少しだけ理解できた。
「体調悪くなったらちゃんと言いなさいね?」
「……はい。ありがとうございます」




