第198話『妊婦には優しい』
グランヴェルジュのリビエラさんから連絡を受けた。
明日の昼までに俺とシャルの自宅前へ、車で迎えに来るとのこと。
そしてもちろんエクトとレニーの同行も許可された。
仮に許可されなかったら、今回の件は危険を感じざるを得なかったが、その点の心配はいらないようだ。
「へぇー、わざわざここまで迎えに来てくれるのか。ご苦労なこった」
「そこまでするなんて……ますます胡散臭いわね」
ノア将軍とリビエラさんが迎えに来る当日の昼。
護衛のために合流したエクトとレニーがそう呟いた。
ここは俺とシャルの自宅前で、歩道と大通りがある。
この大通りにリビエラさんの言っていた車が迎えに来るはずだが、そのまえに一つ疑問があった。
「お前ら……なんでまたスーツ姿で来たんだ? 普通の私服で良かっただろ?」
俺とシャルはいつもの軍服だが、それはいいと思う。
でもエクトとレニーが未だスーツ姿のままで来たのは何故なのか?
付き添いという名の護衛なのだし、服装は自由だが。
「いや、母さんがこれ着てどこへでも行けるように慣れとけって言ったんだよ」
「そう。出張とかもほとんどの場合このスーツで行くことになるらしいから、とにかく着慣れなさいってお義母さんが」
「なるほど」と俺とシャルは頷いた。
何故なら俺とシャルもグラーティアさんに同じ事を言われたからだ。
軍服は仕事服だから、とにかく着慣れなさいと。
今思えば確かに私服姿のシェムゾさんやグラーティアさんをあまり見たことがない。
特に見たいわけでもないけど。
「あ、来たよみんな。アレじゃない?」
俺の傍らに立つシャルが大通りの奥を指差す。
昼だから人通りも多く、車の往来もかなりある中で一際目立つ車があった。
以前も乗った覚えがあるリムジンだ。
俺とシャルの自宅前まで来て停まる。
するとエクトとレニーが、俺とシャルを守るように前に立つ。
次いでリムジンのドアが二つ開けられると、見覚えのある二人が現れた。
それはノア将軍とリビエラさんではない男女だった。
男はシルクハットを被ったあの『戦狼』の名を冠する将軍の一人エルガー・ベオウルフで、女の方は俺と同じ赤髪が特徴の『戦狼』の魔女ライザ・ベオウルフだった。
「あれ? あの人たちは……」
ノア将軍とリビエラさんではないことに疑問を抱いたらしいシャルが小さく首をかしげた。
「下がってろシャル」
片手を上げながら言ってエクトは前に出る。
レニーも彼に続いた。
エクトとエルガーが互いの視線を交差させる。
「予定の人間と違う奴が迎えに来るとはな。やっぱり何か企んでやがるなこのクソハゲ野郎」
「はぁ? いきなり何言ってやがるこのクソガキ。いっちょまえにスーツなんか着やがって。まるで似合ってねぇーんだよ。カッコいいとでも思ってんのかそれ?」
「あ? てめぇこそいつまでハゲ隠してんだよ。まさかそのハット帽似合ってるとか思ってんじゃねぇだろうな? 見苦しんだよ隠しハゲなんて。とっとと諦めて頭丸めるなりするんだな」
「んだとこのクソガキ! 本気で叩き潰してやろうか!?」
「上等だこの野郎!」
一触即発とはこの事か。
いきなりの煽り合いからさっそくケンカになっている。
俺はエクトを止めようと前に出る。
「ちょ、エクト!」
レニーが俺より早くエクトの腕をひっ掴んで止めた。
それとほぼ同時にあの魔女ライザが、エクトとエルガーの間に割って入ってきた。
「やめなさい」
「ライザ!?」
いきなり自分の魔女が割って入ってきたからか、エルガーがバツの悪そうな顔をして止まった。
「今ここでケンカするのはアタシが許さないわ」
低いトーンのその口調は真剣で、他人の言葉を受け付けない迫力があった。
「何でだよライザ! いきなり突っ掛かってきたのはコイツだったろう!?」
「場所を選べって言ってんのよ。そこのあんたもよエクト・グライセン」
「あ?」
「あ? じゃないわよ。自分の女が身重だってこと忘れてんじゃないでしょうね? 目の前でケンカされたらストレス感じるくらい分かるでしょ?」
「!」
まさかの相手に指摘され、エクトは思い出したかのように舌打ちをして身を引いた。
エクトとエルガー。
どちらも締まりの悪い顔は同じ。
しかしレニーはライザの対応に驚きを隠せない様で、目をこれでもかと見開いて驚愕している。
俺は構わず、とりあえず疑問点をライザさんに聞いた。
「あ、あのライザさん。俺はノア将軍とリビエラさんが迎えに来ると聞いていたのですが?」
「あの二人なら車の中にいるわ」
「あ、いらっしゃるんですか。でもなんでお二人までお迎えに?」
聞けば答えたのはライザではなくエルガーの方だった。
「ノアの野郎に頼まれたんだよ! お前らと顔を合わせるのが嫌だから付いてきてくれって!」
「おいエルガー! 言うなって言っただろう!?」
突如響いた男の声。
車から飛び出てきたのは他でもないあのノア将軍だった。
「あ、ノア将軍!」
俺は彼を見つけてそう言うと、ノア将軍はハッとなって顔を赤くしリムジン内にそそくさと戻っていった。
その代わりにとでも言うようにリビエラさんが出てくる。
「リビエラさん!」
シャルが歓喜を窺わせる声音で叫んだ。
小走りでリビエラに近づき抱きつく。
細い目をニコリと緩ませてリビエラは笑い、抱きついてきたシャルを抱きしめ返した。
「お久しぶりですシャル様。御元気そうで何よりです」
「リビエラさんこそ。この前は見送りありがとうございました!」
「お礼を言うのは私の方ですよシャル様」
シャルの背を優しく叩きながらリビエラは言った。
それを見て俺は微笑ましく感じる。
シャルはヴィジュネールさんやベルエッタさん。そしてこのリビエラさんと、敵の将軍魔女と仲良くなるのが本当に上手いなと思ったからだ。
「リビエラ、そろそろ」
ライザに言われ、リビエラはシャルと身体を離して頷く。
「それではこちらにお乗りくださいみなさま。少し長いドライブになりますが」
「少しでも体調が悪くなったら言いなさい。そこは遠慮しなくていいから」
態度こそ素っ気ないが、ライザはシャルに念を押すように伝えた。
「あ、はい。ありがとうございます」
お辞儀するシャルを尻目に、ライザはレニーの方へと目をやる。
「……あんたもよ? レニー・エスティマール」
「え?」
目が合って、虚を突かれたレニーが怪訝な顔をする。
「何か不調を感じたらすぐに言いなさい。アタシが嫌なら、そこのリビエラでもいいから。わかった?」
腕を組んでレニーを睨みながらライザは言う。
当のレニーは困惑している。
「は、はぁ……ありがとう、ございます……?」
ライザの対応にやはり驚きを隠せないレニーは、声も歯切れが悪くなっていた。
あのレニーがここまで驚くということは、やはりこのライザという女性は普段は気性の激しい女性なのかもしれない。
俺とシャルはこのライザという女性の過去をエルガーから聞いているから、妊婦であるレニーに対するライザの対応は納得のいくものだったが、知らないレニーはそうでもないという事なのだろう。
「なんか、まるで別人だな……あの女」
「……うん。あれ本当にライザ・ベオウルフ本人なの?」
エクトとレニーが俺とシャルに問うてくる。
「本人だよ。ね? レヴァン」
「ああ。『今の』シャルとレニーに対してあの態度なら間違いない。本当にライザさんだよあれは」
「そ、そうなの? なんか、最初に会った時と180度性格が違うんだけど……」
「どうしたの? 顔色悪いけど大丈夫?」
駆け寄って来たライザに顔を覗き込まれてレニーがビクリと身体を震わせた。
「ぁ、や……だ、大丈夫です!」
「……あっそ」
本当に大丈夫そうだと確認したらしいライザはリムジンの元へ。
レニーはホッと胸を撫で下ろした。




