第197話『まだでした』
翌日になると、エクトから一本の電話があった。
話があるから会おうって。
待ち合わせはどこがいいかと聞かれたので、俺はレストランを指定した。
もちろん高級ではない普通のレストランである。
いくら高級レストランへ行き損ねたとは言え、親友に連れてって貰うのは情けない気がするのだ。
あのエクトならば、言えば当たり前のように連れてってくれるだろう。
そして俺がひぃひぃ言うような金額でさえ涼しい顔して支払ってしまうだろう。
懐の格差を見せつけられるので普通のレストランを指定したのだ。
俺とシャルは今日1日だけ簡単な『首都エメラルドフェル』のパトロール仕事を与えられた。
明日またグランヴェルジュに行かねばならないため、今日は比較的簡単な仕事を割り当てられたと言っていい。
パトロールも昼に差し掛かり、エクトとレニーが待っているであろうレストランへ向かった。
現地に着いて、軍服のままレストランの中へ足を運ぶ。
そこには相変わらずしっかりスーツを着こなしたエクトとレニーの姿があった。
互いに挨拶を交わし、互いに仕事服のままで初の食事を取る、そして。
「一緒に来る!?」
テーブルを挟んだボックス席の向かい。
そこに座るエクトに向かって俺は驚きの声を上げていた。
「え、なんで?」
俺の隣のシャルも分からないと首を傾げた。
「シェムゾさんから話は聞いた。オレとレニーがお前らの護衛として同行する」
これだ。
正直驚いた。
グランヴェルトとの食事の件についてエクトとレニーはシェムゾさんから聞いたらしく、俺とシャルの護衛を買って出たらしい。
これ以上にないガードマンだが。
「一緒に来てくれるのは嬉しいけどさ、今さら護衛なんていらないだろ?」
俺の正直な感想はそれだった。
あれだけの演説をかました後だ。
グランヴェルトが俺とシャルに何か手を出すとは思えないから。
「バカお前ら油断してんじゃねぇよ。平気でソルシエル・ウォーを無下にしようとした奴だぞ」
顔をしかめたエクトが言ってレニーが続いた。
「そうよ二人とも。あの演説を見る限りグランヴェルトはまともじゃないわ。信用するのは良くないわよ」
言われて、シャルは困り顔で人差し指を頬に当てた。
「んーでも、あんな演説しといて今さらそんな油断させて後ろから刺すような真似するかな?」
「俺もシャルと同意見だな。今さらグランヴェルトがそんな卑怯な事をするとは思えない」
言い終えて俺は桃色の炭酸水を飲み干した。
目前のエクトが肩を竦める。
「オレとレニーだってただ疑ってねぇよ。可能性があるんだ。シャルは『全同時詠唱』と『連続詠唱』を使いこなすリリーザ最強の魔女。それに比べてあのグランヴェルトの魔女ルネシアはどうだ? いくら『スターエレメント』のカオスなんちゃらがあるからって、シャルとの差は歴然なんだぜ?」
「エクトの言うとおりよ。魔女に差がありすぎて勝てないから、食事に誘って後ろから刺す可能性だってある。最悪、その食事に毒を盛られる可能性だってあるんだから」
「待て待てエクト、レニー。さすがにそこまで疑わなくてもいいんじゃないか? それにそのつもりならウダウダ言わずに戦争起こしてたと思うぞ?」
腕を組んで俺が言うと、レニーは首を横に振った。
「自分に抵抗しうるレヴァンとシャルだけを殺すなら、こうやって食事に誘って好意的に見せかけた方が効率的よ? 少なくとも戦争を起こすよりは」
「レヴァン、シャル。お前ら食事に誘われて警戒が緩んでねぇか? あいつらは敵だぞ? 気を許していい相手じゃねぇって」
あくまで真剣に、エクトとレニーは言ってくる。
それは俺とシャルのことを心配してくれているからに他ならない。
それに言われてみればそうかもしれない。
シャルが強すぎるからという線は考えていなかった。
あのルネシアという魔女は、相当に負けず嫌いだとグラーティアから聞いている。
最悪な展開は、決して有り得ないことではない。
「そうだな……用心するに越したことはない、か」
「そういうこった。シェムゾさんにはもう話は通してある。終わるまでしっかりオレとレニーが護衛してやるよ」
「仕事はいいのかエクト?」
「親父と母さんらに許可はとってある。気にすんな」
片手をヒラヒラ揺らすエクトは気さくに笑った。
俺も釣られて笑ってしまう。
「そうか。ありがとな心配してくれて。護衛、よろしく頼むよエクト、レニー」
「おう」
「まかせて」
「問題は迎えにくるノアさんとリビエラさんだね。なにで来るのかな? 車? エクトくんとレニーも乗せてもらえるかな?」
残りのポテトを食べながらシャルは問題を指摘する。
シャルの言うとおり、まだ何で来るのかも分からない。
まして途中参加のエクトとレニーをいきなり加えてくれるのだろうか?
「そこは今日中に連絡くるってさ。今は待つしかない」
言って締め括ろうとしたが、俺は思い出しを口にする。
「ああそれとシャルとレニーは少しでも体調が悪くなったらすぐに言うんだぞ? 二人ともお腹に子供がいるんだ。無理は絶対にダメだ。最悪引き返すことも視野に入れるからな」
念を押すようにシャルとレニーに伝える。
何においても、これだけは最優先だ。
「はーい」
「了解よ」
二人の妊婦はしっかりと返事した。
※
昼食を終えたシャルとレニーは『首都エメラルドフェル』の商店街でショッピングを楽しんでいた。
レヴァンは連絡が来たらしく、シェムゾの元へ。
エクトは残りの仕事を片付けに会社へ。
残されたのはもう仕事らしい仕事を残していないシャルとレニーだけだった。
二人は歩道をゆっくり歩きながら会話を楽しむ。
「最近調子はどうレニー? 身体は大丈夫?」
「実は昨日つわりが来たのよ。いきなりでビックリしたわ」
「おお! レニーにもついに来ましたか! けっこう早いね! ん~ママ友って感じがするね~いいねぇ~」
ドレス状の軍服を着たシャルと、スーツを着たレニーのペアは人目を集めた。
それも仕方なく、シャルは今リリーザ最強の魔女として有名で、傍らのレニーでもリリーザで2番目に強い魔女として有名になっている。
そんな二人が雑談しながら歩道を歩いているのだから、目立たない方がおかしかった。
「ふふ、そうね。ほんと妊娠したらどんどん身体が変わっていく感じがするわ。なんて言うのかしら、こう……」
「お母さんになってく感じ?」
「そうそれ。本当ならさ、この歳で妊娠したら怖くていろいろ悩んで、世間の目に苦しまなきゃならないんだろうけど」
「そこはレヴァンとエクトくんがクリアしてくれたからね。幸せ者だよ私たちは」
選んだ相手に間違いがなかったという自負も含めてシャルは言った。
「うん。本当にそう思う。エクトに出会えて、召喚されて本当に良かった。……見てシャル。これ、エクトにプレゼントされたの」
レニーが左手を上げてきた。
見れば薬指には指輪がはめられている。
「指輪じゃん! レニーも婚約指輪もらったんだ!」
しかもシャルがレヴァンからもらった指輪と同じ宝石『蒼のダイヤモンド』の『リリーザブルー』が埋め込まれた指輪だ。
『リリーザブルー』は超高級で、容易く買える代物ではないのだがそこはエクトくん。
さすがである。
「うん……──ん? レニーもって……?」
「えへへ~、私も昨日レヴァンからもらっちゃったんだ指輪。プロポーズもされたんだよ?」
「え?」っとレニー。
「え?」っとシャル。
「プロポーズしてなかったの!?」




