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第186話『幸運の女神』


「シェムゾ団長、それは本当か?」


『リオヴァ城』にあるリリオデールの自室で聞かれたシェムゾは「はい」と歯切れ良く頷いた。


「『リリーザ』『グランヴェルジュ』の互いの全領土を賭け、レヴァンとのソルシエル・ウォーを最後の決戦にする。グランヴェルトは確かにそう言っていました」


 聞いたリリオデールはソファーに腰を下ろし、一息だけ吐く。


「……互いの全領土を賭けた最後のソルシエル・ウォーか。レヴァンくんとシャルくんが勝てばこの戦争は『リリーザ』の勝利で終わる。だが負ければ……」

「全ては水の泡。『リリーザ』の名は消え去り、才能主義の『グランヴェルジュ』がこの大陸を統治することになります」


 直立の姿勢を維持したままシェムゾは淡々と事実を告げた。

 才能主義の導入。

 グランヴェルトの支配。

 なんと恐ろしいことか。


「シェムゾ団長。これはとんでもない博打だぞ。『リリーザ』全国民の運命がかかっている。レヴァンくんとシャルくんにこんな重いものを背負わせる気か?」

「しかし、他に背負える者がいません。あのグランヴェルトとルネシアに対抗できるのは『ゼロ・インフィニティ』を持つレヴァンとシャルだけなのが現状です」


 確かに、その通りだ。

 魔法を無力化するなんらかの『スターエレメント』をルネシア・テラが持っている以上、その無力化をさらに無力化できる可能性があるのは『ゼロ・インフィニティ』のみ。


 ならばそれを持つレヴァンくんとシャルくんしか勝てる見込みがないのは当然の事。

 しかし。


「……この勝負、どうしても受けねばならんのか? このまま保留にしてやり過ごすという手も」


 それをして何の意味があるのか?

 わからないリリオデールでもなかった。

 保留にして先延ばしにしても、レヴァンが成人すれば、グランヴェルトは動ける。

 どのみち避けられない戦いなのだが。


「それなのですが、レヴァンとシャルがこの勝負を受けて立つと言ったのです」

「な、なに?」


 この件をすでにレヴァンくんとシャルくんが知っている事実に驚かされた。


「レヴァンとシャルは、生まれてくる子供のためにも早くグランヴェルトとルネシアの脅威を排除したいとのこと。事の重圧に押し潰されそうな気配はありません。特にレヴァンが」

「そ、それはいいのだが……負けてしまっては『リリーザ』が」

「はい。ですからこのグランヴェルトとの勝負の判断は、やはり明日の結果次第だと考えています。まずは私を越えてもらわねば話になりませんから」


 シェムゾの顔付きが一気に険しくなった。

 彼が本気になったときにだけ見せる鬼のような表情に、さすがのリリオデールも息を呑んだ。


 明日の入団試験という名の決闘は、もはやただの入団試験ではない。

 国の一存を託せる戦士であるかどうか、それを推し測るための重大な決闘だ。

 全ては明日で決まる。


「……そうだな。シェムゾ団長、この全領土を賭けたソルシエル・ウォーの事は他に誰が知っている?」

「私とグラーティア。そしてレヴァン・シャル・エクト・レニーの計6名のみです」


 グランヴェルジュに出ていたメンバー全員が知っているのか。


「よし。ならばこの事は他言無用で頼むぞ。それ以上の人間にはまだ知らせるな。報道するかどうかは、明日の勝敗次第だ」


 リリオデールはシェムゾがレヴァン達にそれを伝えていないとは思ってもいないが、とりあえず指示だけは出しておく。


「心得ています」とやはりシェムゾは頷いた。



 虫の鳴き声が聞こえる夜。

 俺は自宅の自室で寝ていたが、ふと一緒に寝ていたシャルがベッドから出ていく気配を感じた。

 ゆっくり目を開けると、たしかに寝間着姿のシャルが部屋から出ていくのが窺えた。

 時計を見れば深夜の0時。


 こんな時間に珍しいな。

 どうしたんだ?


 俺も気になって身を起こし、シャルの後を追う。

 当のシャルはリビングの窓を開けて、夜空を見上げていた。

 月の光に照らされたシャルの肌や瞳、長い髪は綺麗で、目が覚めるほどの美しさだった。


 しかし、夜空を見上げるシャルの顔はどこか暗く、しまいにはため息を吐いていた。

 何か悩んでいるのかもしれない。

 直感的にそう思い、俺は歩き出していた。


「シャル」

「あ、レヴァン!」


 シャルがこちらに気づいて驚く。


「ご、ごめんね。起こしちゃった?」

「いや、いいんだ。それよりどうしたんだ? そんな暗い顔をして」

「……うん、ちょっと、今更ながら怖くなってきてさ」

「怖い?」

「……レヴァンは、怖くないの? ずっと平然としてるけど」

「え、なんの事だ?」

「グランヴェルトとの決戦の事だよ。全領土を賭けたソルシエル・ウォー」

「ああそのことか。正直、怖くないな俺は」

「どうして? だって、みんなの明日が掛かってるんだよ? 私たちが負けたら、みんな酷い目に遭うかもしれないのに」


 そういえばシャルは『あの時』さほど乗り気じゃなかったな。

 俺に合わせてシェムゾさんの話を──グランヴェルトの決戦を受けて立つと言ってくれていた気がする。

 

 迂闊だったな、と反省した。

 大切な妻の、パートナーの心の準備を問わずに先走り、返答をしてしまったことに、俺は深く反省する。


「シャル、俺は、負ける気がしないんだ」

「え?」

「ずっと幸運の渦の中にいる。そんな気がしてならなくて、今の俺達ならずっと進んでいける。グランヴェルトにも勝てる。そんな自信があるんだ」

「そんな……そんなの無根拠だよレヴァン。幸運なんて、そんなずっと続かないよ」

「幸運の根拠ならある」

「あるの?」

「ある。まずシャルを自分のパートナーとして召喚できたこと。シャルが『ゼロ・インフィニティ』を持っていたこと。そのおかげで俺達は魔法が使えるようになってここまで来れたこと。そして──」


 俺はシャルのお腹をそっと撫でた。


「あ……」

「俺が幸運の渦の中にいることを確信させてくれたのが、この子だ」

「赤ちゃんが?」


 俺は頷く。


「タイミング的に逆算して、俺達の初夜でお前が受精してくれたのは間違いないと思う。最初の一回でお前は子供を宿してくれた。これがどんなに幸運なことか、分かるだろ?」


 どんなに願っても、どんなに頑張ってもなかなか赤ちゃんが出来ない人はたくさんいる。

 どれだけタイミングを合わせても、赤ちゃんが出来る確率というのは25%が限度のようなのだ。


 それを一回で。

 リウプラングのホテルで行為に及んだあの日に。

 シャルは幸運にもその25%を引いて受精したのだ。


 シャルは俺にとって幸運の女神と言ってもいい。

 シャルが側に居てくれれば、俺はなんだって乗り越えられる気がする。


「分かるよレヴァン。私だってこんなにすぐ妊娠できたのは運が良かったと思ってる。だけど、幸運はずっとは続かないと思う」

「そうだろうな」

「だから、その、ごめん。私やっぱり、ちょっと怖い。もし負けちゃったらって、考えちゃって。レヴァンの実力を信じてないわけじゃないの。ただ、重すぎるって言うか、話が大きくなりすぎてるって言うか……」


 シャルは俯いた。

 国の一存が掛かっているという重圧に耐えかねている。

 一番最初の『エメラルドフェル』での戦いでも、国の一存が大きく掛かっていたじゃないか、と言いそうになったが、今のシャルに必要なのはそんな言葉じゃない。


 それが分からない俺ではない。

 シャルがこの重さに耐えられないのなら。

 耐えられる俺が持つまで。


 俺は思い至ってシャルの手を取って、両手で優しく包み込んだ。 

 顔を上げたシャルに向かって俺はまっすぐ見つめて口を開く。


「シャル、俺だけを見ろ。俺を信じて、俺にしっかりついてこい」


 それだけでいい、と付け加えて言葉を締めた。

 シャルは大きく目を見開いて、そして安堵したのか「はい」と微笑み返してくれた。


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