表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
216/255

第184話『ジュース炸裂』

「ふんふんふふふーん」


 青空の下、鼻歌をしながらシャルは『首都エメラルドフェル』の歩道を歩いていた。

 学校へ向かう途中のシャルは、とても機嫌が良かった。

 もちろん彼女の隣を歩く俺もである。


 お互いに機嫌が良すぎて、歩道で手を繋いでルンルン歩いている。

 周りの通行人の視線?

 気にしない気にしない。

 

 そんなのどうでも良くなるくらい俺もシャルもハッピーな気持ちなのだから。


「心拍・胎嚢・胎芽の全てを確認。正常妊娠の確定診断だね」


 シャルがウキウキしながら呟いた。

 キュッと繋いだ手を強く握り締めてくる。


「ここまでくれば一安心だな」

「うん!」


 そう。

 午前中の間に俺とシャルは『産婦人科』に行っていた。

 診察を受けて、シャルのお腹にいる赤ちゃんの様子を確認してきたのだ。

 そしたら見事に心拍を確認できた。

 これでかなり安心できるところまで来た。


 あと俺とシャルがやるべきことは、これから行く『一年一組』のみんなとの、オープ先生との対話だ。


 決して祝いの言葉がくることはない。

 それは分かっている。


 まして『おめでとう』など……。



「「「おめでとおおおおう!」」」


 歓声とクラッカーがこの教室『一年一組』に弾けた。

 

「へ?」と間の抜けた声を俺とシャルは上げていた。

 突然の出来事に思考が追いつかなかったから。

 教室へ入室するなり何故か歓迎されたのだが、どういうことなんだ?


 見れば教室には色んな装飾がなされていて、机などが後ろへと片付けられている。

 そして何より黒板にはカラフルに大きく『妊娠おめでとう会』と派手に書かれていた。


 これは、嘘だろ?


「よく来てくれたなレヴァンくんシャルくん」


 オープ先生が俺とシャルの前まで来て、優しい笑顔でそう言った。

  

「せ、先生……これはいったい?」

「驚いたか? お前さんとシャルくんの間に子供が出来たと聞いてな。みんなでお祝いしようと、今日準備しておったのだ」

「ぇ、いや、そんな、普通は……なんで?」

「意外か? まぁそうだろうな。普通ならお前さんとシャルくんには説教せねばならんところだこれは」


 そうだ。

 説教されるとばかり思っていたのに。

 クラスメイトのみんなにだって、どんな罵声を浴びせられるか不安だったのに。


 だからそれなりに覚悟してシャルとここまで来た。

 だけど。


 みんな笑っている。

 険悪な雰囲気など微塵も感じない。

 シャルもこの意外すぎる雰囲気に虚を突かれたのか、目をパチパチさせている。


「だがな、クラスのみんなと話し合ったんだよ。ここまで勝ち抜いてきて、実力も実績も兼ねたお前さんだ。そんなお前さんのたった一つの『若気の至り』くらい大目に見ようとな」


 顎を撫でながら、オープ先生はシャルを見た。


「そしてそれが『子供』だと言うなら祝ってやろうじゃないかと、みんなでそう決めたんだ。そうだろうみんな?」


「オープ先生の言うとおりだぜレヴァン、シャルさんおめでとう!」

「本当におめでとう!」

「妊娠おめでとう!」

「お腹の子に幸あれ! ってね!」


 みんなが口々にお祝いの言葉を贈ってくれる。

 盛大な拍手と共に。

 まるで夢を見ているような気分になった。


 覚悟して張り詰めていた心が、一気にほどけていく感じだ。

 目の奥が熱くなる。

 涙が出そうだ。


「……っ! み、みんなぁ、ぁ、ぁありがとぅ……っ!」


 俺の隣のシャルがついに泣き崩れた。

 俺は慌ててシャルを抱き止めた。

 大泣きするシャルの顔を俺の胸にうずくませ、頭を撫でてやった。


 シャルもきっと俺と同じで不安と覚悟で心がいっぱいになっていたのかもしれない。

 そしてそれがクラスメイトのみんなからの意外すぎる祝いの言葉によって溶けた。

 それが涙のダムを決壊させたんだと思う。


「バカ! 泣かないでよシャル!」

「こっちまでもらい泣きしちゃうじゃない……」


 シャルの大泣きに感化されたらしい女子生徒たちの何人かが泣き始めてしまう。

 よく見れば男子達も何人か声を殺してもらい泣きしているようだ。


「みんな、本当にありがとう!」


 俺は涙を堪えて、何とかお礼の言葉を絞り出した。


「いいってことよ!」

「子供ができたってのは、実際めでたいことだからな」

「無能だったのに、今じゃもうお父さんだなお前」

「おい、そろそろみんなで飲もうぜ?」

「エクトとレニーさんがまだ来てないぞ?」

「あの二人は後でちゃんと来るってさ」

「マジで? なんかまた持ってきてくれんのかな」

「知らね。ほらみんなに紙コップ配れ」


 用意してあったらしい紙コップやお菓子、ジュースなどをみんなして開けたり配ったりし始めた。


 その時。

 ガラリと教室のドアが開いた。

 俺の真後ろだから慌てて振り向く。

 そこにいたのは見慣れたトンガリ頭と金髪。


「遅れました~すみません」

「すみません!」


 学生服を着たエクトとレニーが来た。

「おぉ!」とクラスのみんなから声が上がる。


「おおエクトくんレニーくん。待っとったぞ。昨日の今日で疲れてるところすまんな」


 オープ先生の言葉にエクトは「いえ」と短く返した。

 すると何を思ったのか、エクトはレニーを連れて黒板の前まで来た。

 みんなのいる方を向いて、エクトはレニーと手を繋ぐ。


 俺もシャルも、オープ先生も、クラスのみんなも、エクトの堂々としたその謎の行動に疑問の目を向けた。


 レニーの顔が赤らんでいる。

 エクトはポーカーフェイスを装っているが、少し緊張している気配を見せた。


 どうしたんだろ?

 何をする気なんだ?

 ……まさか。


「みんな聞いてくれ。当然で悪いけど、オレとレニーにも子供ができた」


 ブファアアアアアアッ!


 ジュースを口に含んでいたオープ先生と数人のクラスメイト達が盛大に吹き散らかした。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ