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第183話『ついに確定』

 翌日。

 両親がまだ眠っている朝5時に、レニーは自宅のトイレへ駆け込んだ。

 片手には『妊娠検査薬』を持って。


 用を済ませ、両親がまだ寝ている間に急いで部屋に戻った。

 こんな『妊娠検査薬』を持った姿をまだ両親に見せるわけにはいかない。

 

 机とクローゼットしかない狭い自室に戻り、ドアをしっかり閉めて、敷き布団に正座する。

 一度だけ深呼吸して、これからの結果のために己を落ち着かせた。


「どうか……エクトとの子供が出来てますように!」


 小声で、それでも力強く願いを込めた呟き。

 瞳を閉じて、しばらく祈る。

 

 小鳥のさえずりだけが聞こえてくる。

 今日の午前中に、エクトと病院へ言って妊娠しているかどうかの診察を受けにいく予定だ。


 だが今日で『あの日』からちょうど一週間が経った。

『あの日』が来る気配もなければ、ここのところずっと高温期が続いている。かれこれ二週間ほどもだ。


 これならば可能性は充分にあると考え、先んじてレニーは『妊娠検査薬』を購入し、今日いよいよ使用したのだ。


 エクトをガッカリさせたくない……お願い!


 意を決してレニーは目を開けた。

『判定窓』と『終了窓』。

 そのどちらにも赤紫色の縦ラインが映っていた。

 はっきりとこの上なく綺麗に。


「……っ!」


 全身が小刻みに震えた。

 目の奥が熱くなり、じわりと涙が浮かんだ。


「陽性……良かった……」


 ポロポロと涙が溢れる。


 まだ確定ではない。

 わかっている。

 それでも、この結果は嬉しかった。

 

 大好きなエクトとの子供が、今このお腹に宿っている。

 その可能性がある。

 そう考えると、半端じゃないくらい嬉しい気持ちになった。


 レニーは優しく自分のお腹を撫でる。

 自分とエクトの赤ちゃんが育まれ始めているかもしれないこのお腹を。


 まだ16歳の身だが、妊娠でこんなにも嬉しいと感じるのはエクトのおかげだろう。

 何も心配しなくていいと言ってくれた彼だからこそ、自分は今、早すぎる妊娠をこんなにも幸せに感じていられるのだ。


 普通ならこうはいかない。

 自分は、本当に幸せ者だ。



 昨日の夜、エクトの元にオープ先生から手紙が来ていた。

 何でもレヴァンとシャルの『妊娠おめでとう会』をするから顔を出してほしいとのこと。


 やれやれ、なんて御人好しな先生とクラスメイト達だろう。

 これだからあの『一年一組』は嫌いになれない。

 バカみたいに居心地の良い場所だから。


 だがその居心地の良い場所へも、今日の診察結果によってはもう戻れなくなる。

 子供ではなく、学生でもなく、一人の社会人として巣立たねばならない。

 それは自分が決めた事であり、今さら後悔なんてない。

 レニーもいてくれるから不安はない。

 

「おはようエクト! おまたせ!」


 小さな一軒家から当のレニーが出てきた。

 朝一にレニーを迎えに来たエクトは「おう」と返事をする。

 レニーの格好は長袖の黒い服と、白のスキニーパンツだった。

 やたら地味なコーディネイトだが、身体のラインがもろに出ている。

 バスト・ウエスト・ヒップの起伏が艶かしいレニーにはとても似合っていた。


 そしてさすがに『産婦人科』へ行くのに学生服という愚行は犯さなかったようで安心もした。

 オレもその点はミスしない。

 ちゃんと学生服ではなく私服で来ている。

 

 ブラウン色のボトムスにグレーのTシャツ。

 そして黒の袖シャツを羽織り、首にはアクセントとしてペンダントを垂らしている。

 ダサい旦那になるわけにはいかないから、オシャレにも気は使っているのだ。


 ……良く見ると、アスファルトを駆けてくるレニーはやけにご機嫌だった。


 左腕にレニーが両手を絡ませてきて引っ付いてきた。

 服越しでも分かるレニーの大きな胸がエクトの左腕を包む。

 さすがにこの胸の感触には慣れたが、回りの通行人たちの視線が気になって恥ずかしい。

 

「エクト! 早く病院に行きましょう!」

「ああ……なんでそんなウキウキしてんだ? 何か良いことでもあったのか?」

「ひ・み・つ」


 頬を赤くして幸せそうな笑みを見せながらレニーはウィンクしてきた。

 このタイミングでこの機嫌の良さ。

 まさか。


「お前まさか、昨日の帰りドラッグストアで買ってた『妊娠検査薬』で陽性って出たのか?」

「え? ぁあアレ? あれはまだ使ってないわ。忘れてた」


 余計に顔を赤くしてレニーが肩を竦めた。

 挙動がぎこちない。

 顔にバレたと書いてあるようだ。

 隠し事が下手にもほどがある。


「おいレニー正直に言えよ」

「あぁいいから早く病院に行きましょうよ。昼には学校行かなきゃならないんだから!」

「おいバカ走んな! 赤ちゃんのこと考えろよ!」



 病院に着いて受付を済ませ、レニーは診察室に入って行った。

 オレが先に予約を入れておいたからスムーズだ。


 しかし何故かオレはレニーに同行を拒否されて、いま待たされている。ここ旦那の診察同席は良い場所なのに。


 院内は白とブラウンを基調にした清潔感ある雰囲気で、白い椅子が廊下の隅にたくさん並べられている。

 その一つに腰を下ろし、レニーの診察が終わるのを待った。


 回りの患者さんは成人女性だらけでお腹が出ている妊婦の方もたくさんいた。

 一人だけ学生でしかも男のエクトはやけに浮いて見える。

 現にみんなチラチラとこちらに視線を向けてはゴニョゴニョ喋っていた。


 それもそうだ。

 こんな朝早くに、学生のオレとレニーが『産婦人科』に来ているのだから。

 おまけに『要塞』と有名人だから余計に人目を集めてしまう。

 もし騒がれたら面倒だが、まぁそうなったらそうなったで、その時考えるか。



「旦那さま。診察が終わりましたので、こちらへどうぞ」


 診察室から女性の医師さんが顔を出してそう言ってきた。


 まだ旦那ではないが「あ、はい」とエクトは慌てて立ち上がり、招かれるまま診察室へと入った。

 その先にはレニーが一枚の写真を持って立っていた。


 今にも泣き出しそうで、嬉しさをも孕ませたレニーの顔がそこにあった。

 その顔を見ただけで、オレは結果を察する事ができた。

 同時に、ドキドキしてきた。


「レニー」

「エクト……これを見て」


 赤くなるレニーに渡された一枚の写真。

 エコー写真だと分かる写真を手渡され、胸がさらに高鳴り始めた。

 オレはゆっくりと写真に視線を落とす。


 モノクロ写真のように白黒で、扇状の白いのが写っている。

 なんだこれ?


「これ、あたしの子宮の中なの」


 キョトンとしてたオレを見てか、レニーが教えてくれた。

 オレの隣に来たレニーが写真のある部分を指差した。


「ここを見てエクト。黒い点があるの見える?」


 確かに穴のような小さな黒い点がある。

 これは?


「これが胎嚢たいのうって言って、赤ちゃんを包んでいる袋なの」

「赤ちゃんを包んでいる袋……」


 赤ちゃん……赤ちゃん!?

 赤ちゃんを包んでいる袋!

 このエコー写真はレニーの子宮内を写したもの。

 そこに写る赤ちゃんの袋という胎嚢。

 ということは!


「じゃ、じゃあレニーお前……やっぱり!」


 オレの問いにレニーは涙目のまま頷いた。

 釣られてオレまで泣きそうになる。


「でかした!」


 オレは喜びのあまり無意識にレニーを抱き締めていた。

 そしたらレニーも抱き返してきた。

 一体化してしまいそうなほど強く抱きしめ合った。

 

 こうやってレニーと抱き合っていないと、嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ。

 とても暖かいレニーの身体。

 この身体に、いま確実にオレの子供がいる。

 確定したのだ。

 オレとレニーだけの赤ちゃんの存在が。


 レヴァンが泣いた理由が、今ならわかる。

 オレもすでに泣いているのだから。

 堪えろって方が無理な代物だった。

 

「ありがとう……レニー! 本当に良くやった!」

「うん……うん!」

 

 ついにオレは父親に、レニーは母親になったんだ。


 この後、まだ心拍確認ができないから来週までは油断できないと医師に言われた。

 なんでもいい。

 きっと大丈夫だ。

 オレとレニーの子なら、このまま大きくなってくれると信じてる。


 ありがとうオレとレニーの子よ。 

 オレとレニーのもとに来てくれて、本当にありがとう。

 これから、よろしくな?



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