第182話『今後の在り方』
リリーザの『首都エメラルドフェル』についたのは夜の9時を回ってからだった。
こんなにも遅い時間だと言うのに、駅のホームには俺たちを迎えようと待っていてくれたリリーザの人々の姿があった。
みんな激しく手を振って俺たちの帰国を祝ってくれている。
「おいおい。こんな時間なのにマジか」
「凄い人数だわ……」
まだ列車内のエクトとレニーが席を立って窓を覗きながら言った。
さすがに帰国の出迎えはないと思っていたらしく、二人とも驚いている。
よく見れば、やはりテレビ局の人間まで待機している。
何人かの兵隊まで配置されていて、ロープで仕切りまでされて大勢の人間を抑制している。
まだ俺も列車内にいるが、俺達の帰国を祝うために来てくれた人々の歓声はすでに響いており、俺の耳に入ってくる。
それだけの大音量で俺達を迎えてくれていると思うと、妙に胸が熱くなった。
そして俺達は荷物を持って下車しホームへ。
同時に沸き起こる出迎えはの声。
「お帰りー!」
「おつかれさまー!」
「『ディオンヌ』を取り戻してくれてありがとう!」
「キャー! レヴァンさああん!」
「エクトさああん!」
どうやら女性ファンの方々もいらしたようで、俺とエクトに盛大なラブコールを贈ってくれる。
俺は先行して歩きながら、それに手を振って笑顔で応えた。
対して後ろのエクトは何もしないのかと思ったらそうでもなく、意外と軽くだが手を振って返していた。
「どうしたんだよエクト。サービス良いじゃないか」
「レニーが嫉妬でもしてくれりゃ面白いと思ってな」
なるほど。
「今さらするわけないでしょ。ねぇシャル」
「そうだよ。レヴァンとエクトくんのことは信じてるもん」
真面目にレニーとシャルに返されて、エクトは顔を赤くして面白くなさそうに「あっそ」と吐き捨てた。
俺も少し照れくさかった。
そのやりとりを見てた最後尾のシェムゾとグラーティアがクスクスと笑う。
「ご覧ください!『剣聖』と『戦狼』を倒し、『ディオンヌ』を取り戻した我らが英雄たちの帰国です!」
テレビ局の人だ。
マイクを持って大きく俺達のことを中継している。
もう何度も見てきた人達だし、さすがにカメラにも慣れてきたな。
大勢の人前に立つことさえ慣れてきている。
おそらく俺だけじゃなく、シャルもエクトもレニーもそうなんだろう。
現に三人ともみな涼しい顔をしているし、普通に雑談しながら歩いているのだから。
それにしてもシャルの妊娠の件については誰も触れてこないな。
まだ報道されてないのか。
良かった。
※
シェムゾとグラーティアと別れ、エクトとレニーとも別れ、俺とシャルは自宅へと向かった。
そしてやっとついた自宅の前へ。
なんの変哲もない我が家は、光を何一つ発せず佇んでいた。
『やっとついたね』
リンクしているシャルの声が響き俺は「ああ」と返事した。
「この家との付き合いも残り僅かだな」
『……そうだね」とシャルはリンクを解いて出てきた。
普通の一軒家だが、何年も俺とシャルを住まわせてくれていた場所だ。
建設中の新しいマイホームが完成したら、この家ともお別れになる。
そう思うと、なんだか、何とも言えない、不思議な気持ちになる。
ありがとうって気持ちと、少し寂しい気持ちが混じったような、そんな気持ちだ。
俺とシャルはしばらく家を見つめてから、鍵を開けて入った。
※
「はぁ~」
全身を湯船に浸けた俺は無意識に息を吐いていた。
身体の疲れが抜けていく。良い気持ちだ。
俺は帰ってすぐに風呂を掃除してお湯を貯めた。
晩御飯は列車の中で食べたから良いものの、俺もシャルも風呂だけはまだだったからだ。
「おまたせレヴァン」
浴室にシャルが入ってきた。
起伏のあるしなやかで美しい母体を、一糸纏わぬまま晒している。
感触を知り尽くしたシャルの大きな胸も、美しい曲線を描くお尻もバスタオルすら巻いていないので丸見えだ。
何より俺の子供が眠っているシャルのお腹には神秘的な魅力を感じてしまう。
まだ全然膨らんですらいないが、そこに命があると思うと、何とも愛しい気持ちになった。
「お邪魔しまーす」
「どうぞどうぞ」
俺の浸かる浴槽にシャルが片足を突っ込んで、そのまま入ってくる。
シャルは俺の股の間に腰を下ろし、そのまま俺の胸に背中を寄りかけてきた。
「はぁ~気持ち良い~」
うっとりするシャルが妙に色っぽい。
思春期真っ盛りの男子にとって、この女の子とお風呂というシチュエーションは普通なら理性がぶっ壊れる。
ましてやシャルほどの美女なら尚のこと。
しかし俺はもう何度もシャルとお風呂に入っている。
『あの夜』からずっと入っているから、さすがに理性を保つのには慣れた。
それでもやはりシャルは可愛いから、油断するとすぐ興奮を覚えてしまう。
「やっぱり自分の家のお風呂が一番落ちつくね」
「確かにそうだな。二人っきりだから気楽だし」
俺はシャルの脇から手を伸ばし、お腹に優しく添えた。
自分の子供がここで、今でも育まれている。
そんな愛しさを感じながら撫でいく。
お腹を撫でられたシャルはクスリと笑ってこちらを見てきた。
悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「おっぱい触ってもいいんだよ?」
「バカ。俺の理性が飛ぶよ」
正直、このまま思いっきり揉みしだきたい衝動はあった。
あったが、ここは我慢する。
こうして湯船で身体を密着させているだけでも、凄く満足感はあるのだから。
「それよりシャル」
俺はシャルの裸体のせいで気づかなかったが、シャルが片手に何か封筒のようなものを持っていることに気づいた。
「お前、風呂場に何持ってきてるんだ?」
「あぁこれね。さっきポスト覗いたら入ってたの。ちょっと一緒に読もうかと思って」
「なんでわざわざ」
「オープ先生からだから」
「え、マジで?」
「うん。読んでみるね」
「頼む」
俺はシャルのお腹に手を添えたまま。
シャルはお腹に手を添えられたまま、封筒を開けて中の手紙を読んでみた。
『レヴァンくんとシャルくんへ。『剣聖』と『戦狼』の撃破おめでとう。明日お前さんたちにみんなから話がある。どうか昼に『一年一組』へ顔を出してほしい。待っている』
「──オープ・トスターよりだって」
「話がある? みんなって……」
「なんだろう? 妊娠の件かな?」
「……たぶん、そうだろうな。オープ先生には知られてるし」
「そっか。仕方ないかな。怒られても」
「怒られるのは俺の役目だよシャル。お前は何も心配しなくていい。決意したのは俺だし、お前に子供を頼んだのだって俺だ。お前は俺の願いを受け止めて、ちゃんと孕んでくれた。そして強くもなってくれた。そんなお前を誰にも批判なんてさせない。受けるのは俺だけで十分だ」
「ダメだよレヴァン。それじゃダメ」
シャルが身体の向きを変えて、俺の方に顔を向けてきた。
彼女の豊満な胸が俺の胸に当たる。
「シャル?」
「何を言われても一緒に二人で受け止めて前に進まなきゃダメ。私とレヴァンはもうお父さんとお母さんなんだよ? 籍はまだ入れてないけど夫婦なんだから一緒に受け止めていかないとダメだと思う」
シャルの真剣な眼差しは16歳の少女のそれでなく、妻としての、母としての光を放っていた。
一人で全てを背負い込む必要はない。
共に分かち合っていこう。
シャルが言いたいのはそういう事なのだろう。
「……そうだな。一緒に受け止めて、前に進もうシャル。ありがとう」
「うん!」
俺とシャルの今後の在り方を再確認する。
そして互いの愛も再確認するように、温かい湯船の中で俺とシャルは自然と唇を重ねていた。




