第174話『冷めた熱は孫のため』
敵の全滅を確認したらしい【SBVS】がフィールドを囲むバリアを解除した。
100人の敵を掃討したせいか、見物に来ていたギャラリー達が唖然としている。
さすがにたった2人で100人を蹴散らすなど、誰も思っていなかったようだ。
しかも最後は2つの魔法だけで軽く40人ほどの敵部隊をあっさり全滅させている。
観客席の彼らが唖然となるのは無理もないのだろう。
正直、俺もシャルの魔法攻撃力には驚きを隠せないのだから。
当のシャルが眠ってしまったせいか、身体から出ていた蒼い光はゆっくりおさまってきた。
『レヴァン! シャル!』
レニーの声が聞こえてきた。
その方へ振り向けば『アイスオーダー』を肩に乗せたエクトが歩いて来ていた。
「もう終わったのか?」
エクトに問われて「ああ」と親指を立てて見せた。
「速すぎだろ。さっきの【メテオレイ】もシャルのか?」
「そうだ。『ゼロ・インフィニティ』で強化されて【メテオディザスター】って名前になってるけどな」
『【隕石の災厄】か。あの物量と破壊力なら納得の名前だわ』
言ってレニーがリンクを解除してエクトから出てきた。
エクトの『アイスオーダー』が消えて、出てきたレニーは草原だった床に足を着ける。
「あ、そうだレニー。シャルが『連続詠唱』を完全に修得したぞ」
「え?」
「凄いんだ。どの魔法もいつでも好きなときに発動できるのがシャルの考えていた『連続詠唱』の正体だったらしい」
「いつでも好きなときに!? それってずっと詠唱を続けてなきゃできないんじゃないの?」
「そうだ。シャルにはそれが出来たんだよ」
「凄い……あんなにレヴァンの脳内イメージで苦戦してたのに」
「やり方を変えたんだ。俺だけじゃなくて、これから産まれてくる子供たちのイメージを作った。そしたらシャルはあっという間に『連続詠唱』を成功させたんだ」
俺の言葉にエクトとレニーが「「ああ子供! なるほど! その手があったか!」」とハモった。
仲が良いことで。
「『全同時詠唱』と『連続詠唱』の組み合わせでシャルの秘技が完成したよ。その名も
『蒼炎全家族魔法永久無限詠唱』だ!」
「なげぇな」
「長いわね」
「いやいやカッコいいだろ!? てか『氷魔法全同時詠唱』だって長さは大概だろ?」
言うとレニーは笑った。
「それもそうね。こんなに凄いの考えてたなんて。やっぱりシャルは凄いわ! ……シャル?」
「ああ、ごめん。いまシャル寝てるんだ。俺の中で」
「あ、そうなんだ。とにかくこれならグラーティアさんに良い報告ができるわね」
「そうだな」とエクトが言うと、そのまま俺を見てきた。
「シャルは魔女として完成した。あとはお前がシェムゾさんを越えるだけだぜレヴァン」
「ああ、わかってる」
戦士として、あの人を越えねばグランヴェルトには届かない。
そしてシェムゾさんの本気を俺はまだ見たことがない。
おそらくリリーザの『首都エメラルドフェル』に戻ったら、シェムゾさんと戦うことになるだろう。
俺の、最後の試練として。
シャルは結果を出したんだ。
次は俺の番だ。
必ず乗り越えてみせる!
※
何十年ぶりの『帝都ノルアーク』だと言うのに、まるで感情の高ぶりがなかった。
グラーティアはその自分の心境に逆に驚いていた。
もう少し感傷に浸るものだと思っていたから。
でも特にない。
子供のころ、そもそも良い思い出がないせいもあるのだろうが。
『帝都ノルアーク』の街並みを一瞥しては、前を歩くシェムゾに視線を戻した。
暗殺されかけて、彼に召喚され、助かり、しかしリリーザで居場所のなかった自分の唯一の寄り所だった彼の背中。
プライドを捨てきれなかった自分を、母親にもなりきれなかった自分を、最後まで見捨てなかった彼には本当に感謝しかない。
シェムゾがいなかったら、自分はあのまま殺されていたのだろう。
暗殺者に刺されて、冷たい城の床で、国を呪い、誰にも悲しまれず、看取られず、この世を去っていたはず。
『無能が消えただけ』と両親に嗤われながら。
そんな運命だったならば自分は、シャルやロシェル・リエルを産むこともなく……今こうして孫を授かることもなかった。
孫を抱ける日が、こんな自分に来るなんて。
「グラーティア? 大丈夫か?」
不意にシェムゾに話しかけられグラーティアはハッと我に返った。
いつの間にか俯いて歩いていたようだ。
「あ、ごめんなさい。大丈夫よ」
「そうか……無理はするなよ? お前にとって居心地の良い場所じゃないだろう」
「ふふ、それはあなたも同じでしょう? 敵の本拠地なんだから」
「それは、まぁ、そうだが」
「私なら大丈夫よ。それに意外と冷めてる自分がいるの」
「冷めてる?」
「ええ。不思議と、何とも思わなくなってる」
遠くのグランヴェルトがいるであろう城『ガーネディア』が見ても、あの忌々しい記憶が疼く訳でもなく、ただ敵の城という眼で冷静に見ている自分がいた。
もうあそこは自分の故郷ではない。
孫の未来を脅かす、倒すべき敵がいる城というだけだ。
そう、孫だ。
孫の存在が、自分をこんなにも冷静にさせてくれたんだと思う。
孫の誕生が、楽しみで仕方ない。
自分の子供の子供。
命の繋がりを感じる喜び。
今はこの気持ちを大切にしたい。
「……そうか」とシェムゾは笑って、再び前を歩き出した。
「いくぞ」
「はい」
そう返事をして、その愛しい夫の背中をグラーティアは追いかけた。




