第17話『シャルとグラーティア』
長方形の長いテーブルに、青いテーブルクロスが敷かれている。
その上にはリリオデール国王様が言っていた通りのご馳走が並んでいた。
リオヴァ城の大食堂にてパーティーが始まり、俺はシャル達とそのご馳走を頂いている。
なんかでっかいエビや、キャビアが盛られたものなど、いかにも高価そうなものがあちらこちらに並んでいる。
適当に食べたくなったヤツから選んで食べているが、正直なところ落ち着かない。
回りで同じくパーティーを楽しんでいるのは知らない大人達ばかりだからだ。
みんな俺達のことをチラチラ見ては何か喋っているが、話しかけてはこなかった。
まぁ話しかけられても何を話せばいいか分からないから、簡単な受け答えしかできないのだが。
「いやぁ良かったよね。パーティー始まったらステージに立たされて何か一言! って展開になると思ってたから」
ドレス姿のシャルがチキンを片手に言う。
「そうだな。こうやってただワイワイするだけで助かったぜ。それにしても‥‥‥」
俺はリリオデール国王様を、視線を泳がせて探したがどこにもいない。
『暴君タイラント』の挑戦を受けたい旨を伝えたいのだが、困った。
「だ~れだ?」
「きゃあっ!?」
誰かの声がして、次いでシャルの悲鳴が上がった。
振り向けばシャルは両目を誰かの手で覆われている。
その手の持ち主を見て、俺はおもわずギョッとした。
「その声、お母さんでしょ!?」
「あら? 私の声覚えてたの? うれしいわぁ」
笑いながらシャルの両目を解放したのはグラーティアだった。
シャルの、そしてリエルとロシェルの母親である。
顔はシャルを少し大人にした感じで、ウェーブのかかった桃色のロングヘアーが特徴的である。
「なんでここにいるの?」
シャルはムスッとした態度でグラーティアに聞いた。
親に対する態度ではないが、俺はシャルがグラーティアを嫌っている理由を知っている。
グラーティアはシャルが家出する原因になった張本人なのだから。
「なんでって、ここ私とあの人の現場だもの。いない方が不自然じゃない?」
そう。
グラーティアは俺が将来入団したい王国の正騎士団で働いている。
ソールブレイバーで構成された騎士団で、グラーティア本人はその魔女要員の一人だ。
現に今、グラーティアは魔女専用の軍服を着ている。
「じゃあこんなところで油売ってないで仕事に戻りなよ」
「そんなつれないこと言わないでよシャルちゃん久し振りに会うのに。お母さんあなたの彼氏さんが大活躍してるのを見てファンになっちゃったの。これから応援させてもらうわ」
「勝手にどうぞ。早くどっか行ってよ」
「その前に一つだけ聞きたいんだけど?」
「なに?」
「シャルちゃんあなた‥‥‥あなたが『奇跡の魔女』だって話は本当なのかしら?」
「え? ‥‥‥あ、うん。そうだけど?」
シャル自身は忘れていたらしい『奇跡の魔女』のこと。
当のグラーティアは「あは、そうなの」と小さく笑いながら俯く。
『なんで、あなたなの?』
それはあまりにも小さいグラーティアの掠れた呟きだった。
俺はなんとか聞こえたが、シャルは聞き取れなかったようで首を傾げている。
「――『スターエレメント』の名は『ゼロ・インフィニティ』だったかしら?」
「なんで知ってるの?」
「リリオデール国王様に聞いたのよ。どういう効果なの?」
「さぁ?」
とぼけるシャル。
実際『ゼロ・インフィニティ』は俺とシャルが魔法を使えるようしてくれて、妙に威力の高いフレイムが撃てるだけ。
他の効果はよく解ってない。
「魔力のなかったあなたとレヴァンくんに魔力を提供しているとオープ先生さんも言ってたけど?」
「それは間違ってないと思う。現に魔法使えるようになったし、あとやたら魔法の威力が高い設定で発射されてる」
「他には?」
「解らない」
グラーティアを嫌う態度は崩さないが、質問にはちゃんと答えるシャル。
グラーティアはふーんと腕を組んで何か考えている。
そして目を開けた。
「そういえば『暴君タイラント』から挑戦状が来てるんだったわね。レヴァンくん受けるの?」
「ええ、受けますよ。全国制覇を目指す以上は避けては通れない相手ですから」
「全国制覇? まさかグランヴェルトを倒すつもりなの!?」
グラーティアにしては大袈裟な驚き方に見えた。
それもそうか。
グラーティアは、そのグランヴェルトに敗北した過去を持っているのだから。
リリーザに住むものなら誰もが知っている。
リリーザ最強の魔女の敗北。
リリーザ最強の戦士の敗北。
俺が生まれる前の話で『リリーザの絶望』と呼ばれた日だったらしい。
「倒すつもりですよ」
俺はハッキリと答えた。
グラーティアは険しい顔をした。
これは制止する言葉をぶつけられると予測したが、グラーティアは険しい顔を崩して笑った。
「そう、それなら私も協力してあげなきゃね。全国制覇を目指すならシャルちゃんと、そこの金髪の子がどれだけ成長できるかで決まってくるだろうし」
金髪の子とはレニーを指しているようだ。
「協力? なによ‥‥‥今さら私のこと見るつもり?」
片手に持ってたチキンを皿に戻したシャルが、怒を籠めた声音で言った。
シャルの赤い目がグラーティアを睨む。
静かに、でも確かにシャルは怒っている。
対するグラーティアもシャルの怒りに気づいているらしく、困った表情を浮かべている。
シャルの怒りは当然と言っていい。
グラーティアは母親としてロシェルとリエルは可愛がったが、魔力のない無能なシャルにはまるで見向きもせず、愛してやらなかったのだから。
無能だろうが何だろうがグラーティアは自分の娘を大切にするべきだった。
その娘にしてきたツケが、今まさに回ってきている。
「‥‥‥そうね、ごめんなさい。今さら許してなんて言わないわシャルちゃん。どうすれば協力させてくれる?」
「なんでそこまでして協力するわけ?」
「利害の一致。グランヴェルトを倒してほしいだけよ」
「私とレヴァンにお母さんの仇をとれってこと?」
「そうね」
「‥‥‥」
シャルはしばらくグラーティアを睨んだ。
そして。
「一発殴らせて」
シャルの言葉に、さすがの俺も驚いた。
エクトとレニーもシャルの発言に目を丸くしている。
グラーティアは。
「それであなたの気が済むのなら」
シャルの正面に立ち、いつでもいいと言わんばかりに目を閉じた。
シャルは右手を上げて大きく振りかぶる。
止めるべきか、俺は一瞬だけ悩んだ。
さすがに親を殴るのはどうなのだろう。
でもこれはシャルの問題だ。
俺はただ、見守るしかない。
シャルは意を決してグラーティアに平手打ちを――
――しなかった。
シャルの平手はグラーティアの頬に触れる寸前で止まっていた。
その光景に、パーティーを楽しんでいた他の方々が気づいて唖然としていた。
窒息しそうなほどの沈黙が、大食堂を覆う。
「もういい」
シャルはそれだけ言って、片手を引っ込め城のバルコニーへ。
「シャル!?」
俺はそう呼び止めるとシャルは「頭冷やすよ」と返した。
長年の付き合いでの勘か、シャルの背中は俺についてきてほしいと訴えていた。
それに応えるように俺もシャルを追って再びバルコニーへ駆けた。
エクトとレニー。
そしてなぜ殴られなかったのか理解できずに立ち尽くすグラーティアを、その沈黙の場に残した。
※
「シャル」
バルコニーの欄干でぐったりするシャルに呼び掛けた。
俺はシャルの隣まで来て背中を擦った。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
寒くない程度に夜風が冷たく、熱くなってたであろうシャルにちょうど良い冷し風だ。
奥の大食堂ではようやく沈黙が回復し、再び賑わいを見せている。
それに安堵し、俺はシャルに聞いた。
「よく堪えたな。でも、なんで殴らなかったんだ?」
「うん。お母さんムカつくけど、お母さんがいたから私は今ここにいるんだって考えちゃってさ」
シャルは顔を上げて、リリーザの夜景を眺める。
俺はシャルの背中を擦るのをやめて、同じく夜景を見ながらシャルの次の言葉を待つ。
「もし、お母さんが普通に私を愛してくれていたら、私は家出なんかしなかった」
「そうだな」
「‥‥‥でも家出したからレヴァンと出会えた」
「‥‥‥」
「家出したから、レヴァンのことこんなに好きになれた」
俺もそうだった。
シャルと出会わなかったら、きっと腐っていたと思う。
全国制覇を目指そうともしなかった。
こんなに強くなれなかっただろう。
シャルを好きにならなかったら、仮に高校生になってシャルを召喚しても俺は弱いままで、今のような活躍はできなかったはずだ。
「そう考えたら、なんか、どうでも良くなっちゃって。でも心のどこかでお母さんを許せなくてさ。複雑な気持ちになるよ」
「そうか」
「とりあえず殴るのはやめといた」
「それがいい」
「お母さんの協力は受けるよレヴァン」
「いいのか?」
「うん。ドレスに着替えてるときにレニーと話してたんだ。普通にやってたらレヴァンとエクトくんには付いていけない。なんとかして魔法のレベルを解放していかないとって。でもどうやって早く解放できるかわからないから、誰かに指導してもらうしかないじゃない? だから大っ嫌いだけどリリーザで最強だった魔女のお母さんが適任だと思う。幸い向こうから協力するって言ってきてるし」
たしかに魔女の指導者として、これほどの人材はいないだろう。
しかしシャルとレニーに無理をさせている感は否めない。
「悪いなシャル。なんか無理させて‥‥‥」
「気にしないでレヴァン。私とレニーが勝手に決めたことだから。それに私にとってはお母さんは越えなきゃいけない壁みたいなものだし」
「え?」
「お母さんはグランヴェルトに負けたんだよ? つまりグランヴェルトの魔女、えっと、ルネシアって人だっけ? その人に勝つにはお母さんは越えなきゃダメだってことじゃん」
「なるほど。ルネシアに勝つにはグラーティアさんに負けてるようじゃ話にならないってことか」
「そうだよ。レヴァンはお父さんに勝たなきゃね」
シャルの父親。
名前はたしかシェムゾ・ロンティアだったはず。
グラーティアのパートナー。
リリーザで最強と呼ばれていた戦士だ。
彼もまたグランヴェルトに敗れた者である。
シャルの言うとおり、戦士として彼に遅れをとっていては駄目だ。
彼を越えてその先へ行かなければ、グランヴェルトには辿り着けないだろう。
「俺は勝つさ。強くなる努力なら得意だからな」
「そうだね。ヒマさえあれば特訓してたもんねレヴァンとエクトくんは」
「お前のおかげだけどな。ずっと特訓を続けられたのも。ここまで強くなれたのも」
「レヴァン‥‥‥」
シャルに恋をしたから、俺は健全に生きてこれた。
シャルとなら憧れの家族を築きたいと思った。
全国制覇して早期結婚なんて無茶も考えなかっただろう。
だから全部シャルのおかげだと思っている。
俺と出会ってくれて、ありがとうシャル。
さすがにこの言葉をシャルに贈るには、今はまだ早すぎる気がするから言わない。
「中に戻ろうシャル。リリオデール国王様に挑戦状の件で話さなきゃならない」
「え、あ、そっか。で、でももうちょっと待ってよ。ね?」
言いながらシャルは俺に身を寄せて来た。
おもわずドキリとしたが、俺は無意識に周りを確認して、シャルを迎え入れるように肩を抱いていた。
「ありがとうレヴァン」
「いいよ。せっかくこんな良い場所にいるんだし、少しくらいはな?」
「うん。私もそう思ってたの」
俺もシャルもタキシード・ドレスという礼装しているこの状況で、何もしないのは確かに勿体ない。
シャルは俺の肩に頬を当てる。
俺はシャルの体温を感じ、シャルの甘い女の香りを堪能しながら、シャルと共にリリーザの夜景を眺める。
それだけなのに、凄く満たされた気分になった。
それから少し経って、シャルは身体を離してきた。
「レヴァン」
俺の名を呼んで正面に立つと、シャルは顔を少し突きだして瞳を閉じた。
シャルが何を求めているのかは、その仕草ですぐにわかった。
俺はシャルの露出した両肩をそっと掴む。
美しい夜景をバックに、俺はシャルと口を重ねた。




