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第166話『リリーザ最強の魔女』

 青く輝く夜空の下。

 レニーはグラーティアに呼ばれて帝国ホテルの屋上へ来ていた。

 少し冷える夜風が優しく吹いている。


「グラーティアさん」


 先に屋上へ来ていたグラーティアの後ろ姿を見つけてレニーが呼んだ。

 振り返ってきたグラーティアが笑う。


「来てくれてありがとうレニーちゃん。ごめんなさいねこんな夜中に」

「大丈夫ですよ。どうしたんですかいったい?」


 グラーティアの隣に来てレニーは問う。

 自分なんかにいったい何の用だろう?


「ええ、あなたの腕を見込んで明日の特訓でシャルをお願いしたいの」

「え?」

「私よりあなたが適任だと思うの。もうあなたは私を越えてる。今では間違いなくリリーザ最強の魔女はあなたよ。レニー・エスティマール」


 一瞬、自分が何を言われたか、理解できなかった。


「あたしが、最強の魔女?」

「そうよ。『同時詠唱』どころか『全同時詠唱』まで使いこなすもの。もう私より十分あなたが上よ。きっと誰も否定しないわ」


 グラーティアが苦笑混じりに言う。

 レニーは嬉しくもあるのだが正直、実感が沸かないのが本音だった。


 いきなり最強の魔女と言われてもピンと来ないのである。

 でもリリーザで最強だった魔女グラーティアがそう言うのならそうなのだろう。


「レニーちゃん。今だから言うけど、悔しいわ正直」

「え?」

「私ってとことん無能なんだなって、思い知らされるの。親として、師として、シャルを最後まで導いてやることもできなくなるなんてね」


 欄干に手をつけてグラーティアは大きくため息を吐いた。

 レニーは何と言葉を掛けてやればいいか分からず、ただ立ち尽くして迷った。

 

「あの、えと……」

「ふふ、ごめんなさいレニーちゃん。ちょっと愚痴りたくなっただけよ。聞いてほしかったの」

「そうですか……あ、でも『同時詠唱』を考えたのはグラーティアさんですよね? 魔女の可能性を広げたグラーティアさんは誰よりも偉大だとあたしは思います」


「そうかしら?」とグラーティアは振り向いた。


「そうですよ。少なくともあたしは『思考』と『動作』の切り離しなんて発想自体持てませんし、そう考えて実行して、1つの技として昇華できるのは本当に凄いと思います」


 現に自分の『全同時詠唱』だってシャルの考えたものだ。

 自分は教えてもらってそれを実行しただけ。

 新しいことなど何一つとしてやっていない。


 柔らかい発想力が無いとこんなことは思い付かないだろう。

 そしてグラーティアがもし『同時詠唱』を発明しなかったら、娘のシャルが『全同時詠唱』を派生させることはなかったかもしれないのだ。


 長い経緯を辿ればグラーティアが『同時詠唱』を考案したのはとてつもなく偉大だと言える。

 魔女の可能性を切り開く大きな入口を作ったのだから。

 誰にでもできる事ではない。


「グラーティアさんの『同時詠唱』があたしという魔女を完成させた。そう言っても過言ではないと思います」

「……ありがとうレニーちゃん。救われる思いだわ。本当に」


 グラーティアは笑って、目を閉じて、またゆっくりと目を開けた。

 その瞳は先ほどとは違って真剣な色を放ちながらレニーを見つめ返してきた。


「レニーちゃん。……シャルちゃんをあのルネシアに対抗できるほど成長させるには、あなたの協力なしでは不可能だわ。ルネシアも今頃あなたの『全同時詠唱』を修得しようと躍起になってるはずだから」


「ルネシア……グランヴェルトの魔女が『全同時詠唱』を?」


「間違いなくね。あの女はそういう女なの。私の『同時詠唱』もあっさりものにしてきたわ。だから今回もあれだけ派手に見せた以上、あの女が指を咥えて待ってるとは思えない」


 なんてことだ。

 自分の技が、まさか敵の強化に繋がってしまうとは。

 いや、手の内を晒すというのはそもそもこういう事なんだろう。


 でも、あのベオウルフ戦ではああでもしなければ勝てなかった。

 どうしようもない。


「お願いレニーちゃん。私に代わってシャルちゃんを最後まで導いてあげて。私じゃもう力不足だから」


 身の程を弁えて自分を越えた魔女に後事を託す。

 母親ならば、我が子を最後まで導きたいと願うはずだが。


 やはり大人だなとレニーはグラーティアに対して思った。


「わかりました。その役目、引き受けます」

「ありがとうレニーちゃん」


 嬉しい回答だったのかグラーティアは微笑んだ。

 すると彼女はそのまま夜空を見上げ出した。


「……シャルちゃんは表には出さないけれど、きっと内心では焦りを感じていると思うの」

「焦りを?」

「『全同時詠唱』どころか『同時詠唱』すらまともに使えてないでしょあの子」

「それは……」

「レヴァンくんは凄く強くなった。あなたも『全同時詠唱』をものにした。エクトくんも一気に強くなった。これだけ周りで成果を出してるんだもの。焦りを感じてない方がおかしいわ。現にシャルはさっきも返事は良かったけど目がいっぱいいっぱいだったもの」


 この人、よくシャルを見ている。


「あの子の場合、レヴァンくんの子供を身籠ることで強くなろうとしたのにその成果がまるで見られない。レヴァンくんも優しいからシャルにその事を絶対に言わない。心で思っていても絶対にね」

「それは同感です。でもあれこそがレヴァンとシャルだと思います」

「そうね。でもこのままだとシャルが精神的に追い詰められていくわ。精神的な負荷はお腹の子供に良くないの。早めに解放してあげないとね」


 そうか、だからこの人は自分を頼ってきたのか。

 シャルとお腹の子供のために。


 自分とエクトの役目もベオウルフ戦が最後だと思っていたが、まだ大好きなシャルの力になれるところがあった。


 初めて出来た友達で、初めての親友を助けることができるなら、これほど嬉しいことはない。

 

「そうですね。シャルの指導はグラーティアさんからあたしが責任を持って引き継ぎます。安心してください」

「本当にありがとう。シャルもあなたとの方がやりやすいと思うから、どうかお願いね」

「はい!」


 グラーティアから『リリーザ最強の魔女』の名を継承した以上、その名を継いだ者の役目としてシャルを最強へと導く。


 これが青春での、本当の最後の大仕事になりそうだ。

 これ以上にないほどやりがいのある大仕事である。


 シャルには時間がない。

 たぶん、自分にもない。


 明日から忙しくなりそうだ。

 レニーはお腹を撫でながらそう思った。


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